第二十九話 『主人公が岐路に立つ話。』
恵人、利一が孤児院に通うようになり、旅の皆はそれぞれの日常を持つことになった。
巫女たちは近く開催されるという祭礼についての話し合いやその他教会の手伝いをし、リボルブは彼女たちのサポートをしながら、町の自警団たちとや騎士たちと協力して警備体制に万全を期している。
利一と恵人の異世界組は、元の世界で高校へ登校するように孤児院へ通うことを日常として受け入れた。
別にその日常が面白くなくとも、人は習慣に沿って生きていく生き物である。
滞在期間はあと二週間ほど。
彼らはその日もまた、変わらない日常を過ごしていた。
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「当主様、お客様がお見えです。」
そこはある没落貴族の屋敷であり、その中の執務室であった。
「通せ。お前はそのまま下がって良い。」
執事に当主様と呼ばれたその男は、誰からも良く思われていない、嫌われ者だ。
彼の名はダズ=サフ=ゴードという。
ゴード家は商業連合結成前から存在する貴族の一族であり、高潔さでは随一と呼ばれていた。
商業連合の歴史を紐解いてもゴード家の英雄譚を辿ることが出来るほどに、連合にとってゴード家は無くてははならない存在であったのだ。
そんなゴード家をたった一代で没落させたのがダズである。
ダズはそれまでの当主たちと異なり、不勤勉であり、強欲で、傲岸不遜な態度は他の貴族たちから嫌われる原因となった。彼は数年前まで自分の領地を持っていたが、あまりにも酷い圧政を敷いたために国を治める最高権力団体、連合会から『領地剥奪』を言い渡された。
今の彼の手元に残っているのは、落ちた家名と、体裁を保てるかどうかの資金のみである。
少なくとも、今日までは。
彼は大きな野望を成し遂げるため、今日まで必死に耐え、生きてきた。
もう一度権力を得るための準備を、ずっと続けていたのだ。
「ダズ様、『魔導兵器』を契約した数、到着致しました。現在外の森にて隠してあります。」
執事に案内されてきたのは、黒髪を持つ長身の男である。
ダズと男は、ある商談をし、男はダズに一つの知恵を与えた。
男がこの平和な町に運び込んできたものは、兵器である。
それもつい最近開発された、強力な対人兵器。
ダズは男の報告を聞いて口の端を上げた。汚い笑みだな、と男は思った。
「ご苦労だったな、ルガン殿。して予定通り、今夜一台だけ動かせるようにし、配置しておいてくれ。」
ダズは笑いをこらえたような表情で、男に命令した。
「ええ。動力に丁度いい人間も見つけました。万事うまくいっています。」
この時、男の顔を注意深く見る者が居れば、男の顔がダズ以上に欲にまみれた表情になっていることに気付けただろう。
だがその部屋には、慢心して大声で笑うダズと、ルガンという男の二人しか居ないのだ。
「はははは! 夜が楽しみだ! 私が王になる、偉大な一歩となる! 」
ダズは自分がグラフォルト王国の王権を奪い取る日を夢見て、笑うのであった。
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孤児院からの帰り道。
利一はフキリにリナティアとの関係が進展していないことについてなじられたり、恵人がサーシャと仲良さげに話しているにも関わらず、二人の間に温度差を感じて複雑な心情になったりした、そんな日だった。
初日に異世界の料理を作ってから子供たちに料理をせがまれるようになった利一は、完全に昼食係になっている。
今日も作った料理がなかなかの高評価を得ることができ、嬉しくなった利一は明日は何を作るかなどと献立を考えながら、教会へと続く道を歩いていた。
教会に着くと、利一はその大きな玄関扉を開いて中に入った。
「お帰りなさい、トシカズさん。あれ、ヤスヒトさんは一緒じゃないんですか? 」
笑顔で迎えてくれたのは、たまたま玄関に居たエイリである。
彼女は旅のメンバーの中で一番社交的であり、その姿勢は巫女どころか聖女のようだと巷で噂されているほどだ。ちなみに、リナティアにも同様の噂が流れているが、ルフナにはあまり良い噂がない。
「ただいま。恵人は今日、孤児院に泊まるらしいから、食事を一人分減らしてもらえるかな? 」
なにか人手の居る仕事が残っているらしいのだ。恵人が残ってくれるというので、利一は特に邪推もせず帰ってきた。
「はい、担当の人に伝えておきますね。」
エイリは教会内でも人気が高いらしく、こういう仕事は頼みやすい。
嫌な顔せずに引き受けてくれることも、利一にとっては嬉しかった。
(さて、部屋で一休みするか。今日は疲れた……)
自室のベッドに寝転んだ利一は、雲一つない夕焼け空を見上げながら、眠りに落ちていくのであった。
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夜も更けた頃。
夕食まで寝てしまった利一は寝つけずにいた。
しかし教会に居る人は皆、とうに寝静まっている時間である。
そんな遅くに、教会の扉を激しくたたく音が響いた。
シスターたちは起きたとしても人前に出られる姿になるには時間がかかるだろう。
利一は軽く身なりを整えると、念のため『風神の長槍』を持って、玄関へ向った。
「おい! 大変なんだ! 」
外に居るのは男らしい。さっきから異常に焦っている様子が言葉から伝わってくる。
「今鍵を開ける。少し待ってくれ。」
内側から鍵を開け、利一はいつでも戦闘できるように準備しながら扉を開いた。
扉の前に立っていたのは、以前利一を脅した酒場に居た男の一人だった。
「ああ、あんたか……どうしたんだ、こんな夜中に。」
男は息を整えると、必死な形相で利一に言う。
「大変なんだ! 孤児院のサーシャ嬢が誘拐された! 」
「はあ? 」
「あんたにも捜索を手伝って欲しい。どうやら孤児院に居たあんたの仲間が追っているみたいなんだが、俺たちじゃあとても追いつけなくてな、見失ってしまったんだ……」
利一はサーシャが攫われたと聞いた瞬間、体に力が入るのを感じた。
男の詳しい説明を聞く事も耐えられず、利一は直感を頼りに町へ繰り出した。




