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第二十七話 『主人公が手伝いに行く話。』

フキリと再会した日から一週間が経ち孤児院の手伝いを頼まれた利一は、早朝であるにもかかわらず容赦なく射す直射日光を建物の影をつたって出来るだけ避けながら孤児院に向かった。


暑さで既に半分気を失っている。


(それにしても、平和すぎて逆に新鮮だな。もう東京の方が危ない街に思えてきた。)


流石に人ごみの中でスリが横行する異世界よりも東京の方が安全であるはずだが、この街に来てからというもの大きな事件が起こらないので、利一はそんなことを思っていた。


この街には有志による自警団その他ローカルな警備システムが根付いているため、暴力事件が起きにくい傾向にある。


この街は法に基づかない平和を築いているのだ。


それが政府によって妨害されないどころか支援されているのは、集まる商人たちの思惑が絡んでいるのはもちろん、そうして自警意識が高く有ってくれた方が政府も財政に専念できるという利点があるからである。


この街は純粋に利益を求めた結果の『正の面』と言えるだろう。


利一が外に出た時間帯は街の店が開店する時間と丁度同じくらいのようで、歩くにつれ次々と街が騒がしくなってくる。


(あの変な魚、今日も入荷したのかよ……)


街に出るたびに見かける、緑と紫色が『たべられません』と言わんばかりの毒々しさを醸し出している魚を見て、利一は顔を引きつらせた。


その魚はこの世界では一般的な食材で、気付いていないだけで利一も口にしている。

知らない方が良いことはこの世にいくらでもあるのだ。


この街は人の活動時間の間、途切れることなく騒がしい。


昼寝をするのには向かない街だろう。


そんな街を利一は気に入り始めていた。


何処に居ても人の笑顔が有るというのは、疲れるようでいて嬉しいものだと利一は思う。



一人で俯く暇も無いなら、人は深く悩まずに生きていけるのかもしれない。


人間は考えるから悩むのである。いっそ何も考えないで生きることが出来たのなら、それはそれで正しい生き方なのだろう。



利一は暑さに頭をやられてしまい、無意味な哲学に浸ることで自分が暑さに弱い現代人であるという現実から逃避した。


「こ、こんにちは…水を恵んでくだ……死ぬ…」


熱中症になるぎりぎりで孤児院に着いた利一は、初めて来たときと同様、水を求めた。


扉の中に入った時点で体は床に横たわっている。


そんな状況で三十分放置された利一は、遠くから様子をうかがっていた孤児院で最年長である十歳の男の子に水を貰い、飛んでいた意識を呼び戻した。


「ありがとう。助かったよ。」


男の子は利一に感謝されると、自分が正しい行動をしたのだという確証を得たのか、誇らしげに胸を張った。


「兄さんが誰だか知らないけど、フキリねぇなら居ないよ。早いうちに出て行ったみたいなんだ。」


フキリは母親の病気が重い病であるということを子供たちに知られたくないため、黙って出て行った。


そのフォローを含めて頼まれているので利一は驚かない。


あとはサーシャと協力して今日一日頑張ってくれと言うのが、フキリの頼みだった。


朝から出て行ったのは、リナティアであっても治療に時間のかかる病であるからで、多忙なリナティアがどうにか作った休日を丸一日使うことになって申し訳ない、とフキリが言っていたのを利一は覚えている。


ちなみにここ数日利一は暇だった。


周りが皆忙しそうに働く中、異世界に興味がある恵人は外へ散歩に出かけていく。


だがそれは恵人に人とは思えないレベルの体力が備わっているからであって、利一に炎天下の中歩き続ける体力は無い。


よって一日中何もない教会の中で過ごしているのが利一の日常である。


現代社会で問題視されるニートよりも非生産的な生活を送る利一は、いい加減何かしないと廃人になってしまうな、と思いつつ毎日寝ていた。


そんな訳で、利一は最初に話を聞いた時点ではフキリの願いを面倒だと思っていたが、今はやる気が有る。


「フキリさんに頼まれて、君たちの面倒を見に来たんだよ。」


どういうこと? という顔で見上げてくる男の子に利一は説明したかったのだが、フキリから何も話さないように口止めされているために目を背け、孤児院内を見渡した。


「あれ…サーシャさんは居ないの? 」


孤児院での勝手が分からない利一は、ある程度サーシャに頼るしかない。


その頼りの綱であるサーシャが居ないのでは、どうしようもないのである。


「サーシャねぇなら朝食の買い物に行った。オレは留守番頼まれてんだー」


利一は知らないことだが、この街、あるいは商業連合の雨の多い地域では湿度が高く、主食であるパンの日持ちが悪いので食べる直前に買うのが一般的なのだ。


本来そういう地域では、湿気の多いところでも日持ちするものを食べる文化が育つはずであるが、商業連合は人の行き来が激しく、文化も平均化されている。


結果、この世界に多いパン食の文化が残り、このような生活様式が根付いた。


もちろん家でパンを焼く家庭も多くあり、この孤児院でも普段ならパンを焼いていた。


しかしフキリの母が居ない今、パン屋を頼る方が安全だろうということで、毎朝サーシャはパンを買いに出かけている。


奥にあるキッチンで利一が男の子からそんな事情を聞いた時、玄関から誰かが入ってくる音がした。


男の子が玄関へと駆けて行き、サーシャを迎える声が聞こえる。


利一も男の子に次いで玄関に歩いて行った。


「ああ、もう来ていたんですか、トシカズさん。おはようございます。」


のんきに挨拶をしてくるサーシャに、おはようと返そうとした利一は隣に立つ人物を見て、ナイフを探した。


「え、ああ…どうも。」


利一のサーシャへの返事は投げやりである。それよりも凶器の入手が重要だった。


槍は持っていると周囲の男たちから危ない視線を受けるので教会の部屋に置いてきている。


(有るのは花瓶くらいか…でもフキリに怒られたらなぁ…でも急がないと…)


利一が花瓶を使うかどうか迷っていると、サーシャの隣に立つ銀髪の男が見知った風に話しかけてきた。


「利一君じゃないか! なんでここにいるの?」


利一が反射的に殺意を抱く男。つまりは恵人である。


利一はサーシャを恵人の毒牙から守るべく…正しくは恵人に想いを寄せる人を増やさないため、純粋に花瓶で恵人を殴ろうとした。


(いや待つんだ。ここには子供がいる…だめだ、血は見せちゃあいけない。どんな腐れ外道の血であっても、純朴な子供の心に傷を付けちゃあいけないんだ…)


だが、たまたまその場に居合わせた男の子への気遣いによって、利一は自分を押さえつけた。


恵人に対しては何故か倫理観が狂う利一である。


利一はサーシャに事情を聞きたいと言って、話し合える部屋へと居なくなった。


________________________________________



サーシャは一昨日、ひったくりに遭ったところを恵人に助けられて、そのお返しがしたいから今日来てくれないか、と言ったらしい。


その時点ではフキリが居なくなることも知らなかったのだから仕方ない。


そして今日、謝るために待ち合わせ場所に行き事情を話した。


利一のことはサーシャ自身深く理解している話ではないので話していない。


大変そうである事情をきいた恵人は自分も手伝おうと孤児院に来たそうだ。


利一の冷静な判断によって、二人の証言を照らし合わせ、話をもう一度要約すると。


『ひったくりを捕まえた恵人さん、カッコいい、一目惚れ。お返しもしたいけど、そういや今日フキリさんいないな。どこの誰かも分からない男の人よりこの人頼ろう。』ということだろう。


利一は泣いた。


「え!? トシカズさん、なんで泣くんですか!? 」


サーシャは突然の反応に焦っている。利一の推測は間違ってないが、サーシャの思考は無意識のうちにされたものであるから、利一が泣く理由は分からないのだ。もちろん恵人にも。


利一は空気から浮かないためにも、一度泣き止むことにした。


(恵人が来たってことは俺の仕事が減るってことだよ。うん。素晴らしい。)


考え方を変えただけで泣き止むことができた利一は、残念ながらこれから始まる手伝いがどれだけの苦痛になるかを理解していなかったのであった。

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