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第二十六話 『主人公が叩かれる話。』

孤児院の中でフキリから貰った水を飲んだ利一は、元気に走り回る孤児院の子供たちを見ながら、暑い中頑張るな、などと高校生という若さを忘れたかのように思った。


本当は子供たちが元気なのではなく、思っている以上に自分が疲れているだけなのだが、それはこれからまた頑張らなければならない利一にとって気付かない方が都合のよいことだろう。


「トシカズさん……この街にはどのような目的で来られたのですか? 」


利一に話しかけるフキリはどこか不安げで、そしてメイドとして働いていたときよりもよそよそしい態度だった。


その態度の変化の理由を知らない利一はその質問に本当の目的を答えようか、それともまた嘘をつこうかと迷った。


笑顔で迎えてくれる雰囲気ならば本当の理由を話して、笑い話として終れたのだが、そんな雰囲気ではない。


ここに住む子供たちに、部屋にこもる悪い空気がうつらないよう気を付けているような状況なのだ。


(これなら嘘を吐いた方がいいんじゃないか。)


そう利一が思い、リナティアにも話した「お告げが……」という話をしようとしたところ、待っても話しださない利一を見たフキリが一つの話を始めてしまった。


「……私がこちらにきた理由をトシカズさんは知っていますか? 」


「実家の手伝いが必要だとかなんとかって話を聞いたけど。」


フキリは利一の答えを聞いて一呼吸置き、落ち着いた表情で話し出す。


それはフキリが利一を信用していいのかと迷い、そして信用していいだろうと判断するために必要な間隔だった。


「私が実家であるこの孤児院に戻ってきたのは、母から一通の手紙が送られてきたからです。体調が悪く、子供たちの面倒をみれないので、少し戻っては来れないかという手紙でした。」


さっきまで周りに居た子供たちは、最初に迎えてくれた少女に連れられて、話の聞こえないところへ行った。


恐らくは子供たちには聞かせたくない話なのだろうと利一は予想した。


「母は強い人で、私が王国に行く時も孤児院のことは心配しなくていいと言ってくれました。そんな母が私を頼りにしているのだから、よほどのことであると私は思いました。退職願を出し、すぐにこちらに帰ってきたのです。」


太陽は高い所から街を照らしている。


その光は屋根に阻まれて差し込まないので、孤児院の中は暗く、ひんやりとした風が流れていた。


「私が孤児院に着いたとき子供たちの面倒を見ていたのがここで育ったサーシャという、さっき留守番をしていた子です。私はそのとき初めて、母が病によって寝たきりの状態であることを知りました。我ながらなんて親不孝者なのだと思いましたね。母の病は薬が効かず、現在ある治療法は回復魔法のみ。しかし回復の魔法は私の使える属性、水属性の魔法ではありますが、難易度が高く、一部の人にしか使えません。この街にも使い手は居るものの、希少性から破格の治療費がかかってしまうのです。とても頼める訳も無く、私の母は今も病院で苦しんでいます。」


フキリの抱える問題があまりにも重かったために、話を聞いた利一は聞かなかったことにしたくなった。

「何か手伝えることが有ったら手伝います。」という一言を言いたいだけだというのに、それ以上の何かをしなければいけないような気がし始める。


そんな利一の葛藤は、話し手であるフキリにとって特に意味がないものであった。


そもそもフキリが利一に事情を話したのは彼女が悩みを相談したかったからではない。


ただ知人として、自分がここに来た理由と、戻れない事情を話しただけである。


フキリは利一の助けなどほとんど期待していなく、むしろ本命はその利一に着いてきているであろう、王国最高峰の水属性魔法使い━リナティアだ。


フキリとリナティアは私的な友好関係を持っている。母の事情を話せば助力してくれる可能性は高い。


フキリはリナティアを友人として頼る、ということが彼女をただ利用することと同じように感じられて、最初は躊躇った。


母の為ならば仕方ないと決意したものの、利一に戻ってきた理由を話しながら「リナティアを頼りたいからその旨を伝えてほしい」と頼まないのは、どこか後ろめたい気持ちが残っているからだろう。


せめて頼むときは直接会って話したかったのだ。フキリは友としての別れも告げられていないのだから。


フキリが利一にこの街に来た理由を聞いたのは、リナティアの元を訪ねるのが早い方が良いか、少し待った方が良いかを判断するためだった。



利一は一人の知人であり、一応フキリはその人柄も知っている。


ふざけているようで根は真面目であり、その本性は変態である。


これがフキリが下した利一の評価だ。


これで高評価であるのだからフキリの価値観に少しばかり大雑把な所があるのは間違いない。


あるいは利一の揺るがず諦めない根性を評価したのかもしれないが、それはフキリすら意識していない可能性に過ぎないので、結果的に利一はフキリにとって変態でしかない。


目の前にいる変態よりも、王女であり優秀な巫女である友人を頼るのはもはや人として当然のことで、例え利一がフキリの心中を知ったとしても責めることは出来ないだろう。



フキリが事情を話終えた後、また部屋に静寂が訪れてしまうのを恐れた利一は、最初の質問に答えようとした。


しかしそこで、フキリに嘘の理由を話して良いものか、と利一の良心が語りかけてきたのだ。


相手は母親が病床に伏せてしまい、悲しみの中必死に生きる女性。


そんな相手に、自分の下らないプライドを守るための嘘を吐くことが自分自身で許せるのか。

しかもその嘘の内容は、これから街に災いがあるかもしれないという縁起の悪いもの。



話そうと思えば、いくらでも嘘は吐ける。でも利一にはそこが限界だった。


いっそこの世界に来てからのすべてを話して楽になろうとすら思った利一だが、それは逆に迷惑だろうと思いとどまり、今ここに居る理由と経緯を話した。


旅の途中で悪戯を仕掛けられたことに気付き仕返ししようと決めたこと。

王城に帰るとフキリが辞職していることが分かり実家のあるレイビットへ帰っていると聞かされたこと。

旅の目的地が指定されていなかったので、適当な理由を付けて目的地をここにしたこと。


話を聞くフキリは冷たい目で利一を見ていた。


ただその表情は不機嫌と呼ぶには少し違う感情が混じっていて、怒られるか軽蔑されるだけだろうと思っていた利一はまだ関係修復の機会があるかもと希望を持った。


そんな明るすぎる想像をしている利一の対面で、フキリは感謝すべきか罵倒すべきか迷っていた。


利一が起こした行動は、友であるリナティアどころか長年暮らしていた王国全体に迷惑を掛ける行為でありその点だけを考慮すると、フキリとしては刑罰の一つや二つは受けるべきだという考えである。


しかしフキリ個人で言うならば話は別だ。


利一が自分の感情を抑えられるような大成した人だった場合、リナティアがこの街に来ることは無かっただろう。したがって母親が助かる希望も薄くなる。別れを告げるのだって多忙なリナティアに直接会えるわけも無く、手紙でという形になっていたかもしれない。


つまり、利一に感謝する要素がフキリにはあるのだ。


その利一への怒りと偶然が作り出した謝意がぶつかり合って、最終的に一発の平手打ちとなって利一に向けられた。


利一にフキリの事情を考える能力は無いはずで、フキリが救われたのは所詮偶然なのだ。


二か月ほど滞在するということも聞いていたので、これからも迷惑を掛けられる可能性がある以上引っ叩けるときに叩いておこうというのがフキリの出した結論だった。


頬をさする利一がもう一度ごめんなさいと謝罪すると、フキリはそっけなく「許します」とだけ答えた。


利一はその言葉が嘘でないことを数回確認すると、ほっと息をついた。


そして利一は最後に一つ、半分故意に忘れていた酒場での一件を話す。


「実は酒場でフキリさんの居場所を尋ねたとき、(脅されながら)同僚を名乗ったんだ……手伝いに来ただけですとか話しちゃって……」


フキリの目が一瞬丸くなった。


「それはまた大変なことをしましたね。彼らに嘘を吐いていることがばれれば、死にかねませんよ。」


知ってます、と口に出したならいつか殺されてしまうような気がしたので、黙っていた。


「口裏は合わせてあげますから。そうですね、その代わりに今度リナティア様にご挨拶に伺う際に、孤児院の手伝いを頼みます。そうすればトシカズさんも疑われにくくなることでしょう。」


日程は後日と言われ、その日は別れた。


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