第二十五話 『主人公が再会する話。』
商業連合国は昔、大国に囲まれた小国達が自衛のために集まって出来た連合国家だ。
その領土は大河を境に二つに分けることができ、王国側と川の向こう岸である帝国側のそれぞれで代表となる首相を選出している。
レイビットは商業連合国・王国側の中央に当たる都市で、街門から続く市場には各地から集まった行商人たちによっていろいろな名産品・特産品が並べられる。
利一達は途中立ち寄った町で物資を補給・休憩しては出発、そしてまた……と繰り返し、一か月の過酷な旅を終えレイビットにたどり着いた。
(何でこんなに暑いんだよ。)
利一は王国と連合国の気温の差に、日本を思い出していた。
春は寒いのに、夏になると異常に蒸し暑いというのは日本の気候だが、王国から連合国へ渡った旅は進めば進むほどに夏に近づくような錯覚を利一は得た。
王国の気温は夜の冷え込みに差はあるが、日本でいう春に似ていた。
そして連合国・王国側の気候は日本の夏。
日差しが強く、ジメジメとした空気がとにかく暑い。
エイリから聞いた川に面している影響で雨が多いという特徴も、利一に日本を思い起こさせる要因になっているかもしれない。
雨が降ると少しだけ涼しくなるのだが、そうなると今度は豪雨に悩まされるとあって、利一には過ごしにくく思えた。
そんな連合国の主な産業は、元の世界では運輸技術の発達に伴い廃れつつある中継ぎ貿易である。
川幅・全長共に地球では考えられない規模を誇る大河『ロジギー川』を安全に渡るには、連合国内にある巨大な橋を利用しなければならないので、王国と帝国間の貿易に掛ける関税から利益を上げるのは容易いのだ。
また科学技術に秀でた帝国と、魔法技術に特化した王国の両方から技術を盗んだ商業連合国は、王国、帝国に並んで『三大国』と呼ばれるようになった。
そんな商業連合国の説明を恵人に対してするルフナの話を、リナティアの隣を歩く利一は盗み聞いた。
だが今の利一にとってはそんな情報は重要ではない。
利一はすぐにでも町の隅々まで探索してフキリを見つけ出さねばならないのだ。
町に活気があるだの、新たな発見だのは、もう旅の途中で立ち寄った町だけで十分だった。
とにかくフキリを見つけ出して一・二時間ほど文句を言ったら、後は町を自由に観光して、久しぶりに触れ合う科学技術に感動だのをして、お告げなんて嘘は誤魔化して帰ってしまおうと利一は考えていた。
(暑いからやる気もでないし、さっさと帰ろう。それが一番だ。)
実際、悪戯をされたのはずっと前の話で、説教する気も無くなってきている利一がフキリを探すのは、自分の知らない間に別れも告げず去って行ったフキリに対して、何か出来ないかという善人的思考が本人の無意識のうちに働いているという理由があった。
利一本人は、ただやられっぱなしが気に食わないだけだと思い込んでいるが。
レイビットでの活動拠点になるのはまたも教会である。
以前泊まった教会よりも規模が大きく、なにやらこの世界では主要な教会の一つらしい。
「すいません。挨拶しなければならない方が居りますので、今日は別行動をとらせて頂きます。」
教会に着くと同時にルフナはそう言って、教会の奥へと居なくなった。
それに対して誰も言及しなかったことを利一は疑問に思いリナティアに聞いたが、巫女としての仕事だろうからそっとしておいてあげて下さい、と頼まれた。
利一は詳しい事情を知らず、そのままで済ませられなかったので、こっそりエイリにも同じ質問をした。
するとエイリは、この教会が『火の女神』を祀る教会であることと、その最高権力者である司祭がこの町に訪れていることを教えてくれた。
(巫女さんもいろいろ大変なんだな。)
利一は自分を邪険に扱う人の社会関係にまで首を突っ込むほどお人好しではないので、他人事として聞き流すことにした。
ただルフナが単独行動を宣言してくれたおかげで、利一も一人で出かけることを言いだしやすくなった。
「我儘を言って申し訳ないのですが、さっき気になったものがありまして、自分も一人で町を見て回りたいと思います。」
残る四人は問題なしと判断したようで、何も言わなかった。
利一はリナティアから活動資金を受け取っているので、迷うことなく教会を出た。
この世界を利一が一人で自由に歩くのは初めてだったが、少し見た目が違うだけで人の流れは元の世界と変わらない。
(おっさんに聞いておいたこの世界での情報収集の基本、酒場を目指すか。)
利一は訓練していたとき、槍術の師匠であるダルドからこの世界で必要そうなことを少し聞いておいた。
ダルドは酒場には町の噂を教えてくれる親切な(店舗差あり)マスターがいて、一般人がものを尋ねる際には兵士よりも酒場を頼るのだと教えてくれた。
大通りに出た利一は目についた酒場へ入る。
まだ昼間なので客は少なく、カウンターの奥には暇そうなマスターが居た。
しかしマスターは入ってきた利一を見ると表情を引き締め、情報を求めていることを気配から察知し、「何を知りたいんだ? 」と利一に言った。
(流石プロだな。)
利一はマスターに感心しつつ、フキリのことを聞こうと話を切りだした。
「フキリという女性について、どこに居るかおしえ……なんで店の裏から目つきの悪いお兄さん方が湧いてくるんだ? 」
カウンターの横についている扉から十数人の大男が出てきて、距離をとって利一を囲んだ。
召喚された時の五倍、暗殺団に襲われた時の三倍の恐怖だった。
利一は自分が何かしてはいけない質問をしたのかと焦った。
マスターの視線が、ネズミ程度なら塵も残さず消し去れるほどの圧力をもって、利一を捉えている。
「お客さん。フキリ嬢とはどんな関係で? 」
利一はマスターから目を離すことが出来ない。
後ろを気にして振り返りでもしたなら、目の端に映る刃物で殺されることを直感したからだ。
「俺は彼女の元同僚だ。彼女が家の手伝いのために仕事を辞めたので、何か手伝えることがあればと思い休みをとってこの町に来た。だが彼女の住所が分からず困ったので、この店で聞こうと思ってな。」
嘘でも、殺されないためには仕方なかった。
マスターは男たちに顎で後ろへ戻るよう指示すると、利一を再度見た。
「商業連合内で女性は、福を呼ぶものとして神聖視されているんだ。間違っても美人さんを泣かせるようなことがあったらいけないから、その種になりそうな奴は片っ端から脅しておく。これは慣例だから許してくれ。」
もちろん何か起こった時には、という意志が利一には十二分に伝わった。
「ああ、仕方ないな。そういう女性に迷惑をかける輩が居るのは間違いないし、協力しよう。」
汗を流しながらの協力宣言である。
言わないと生きて帰れないような気がしたのは利一の勘違いでは無い。
言葉を聞いたマスターからの圧力が薄れたので、利一は安心した。
「フキリ嬢なら、この店を出て大通りを北へ行くといい。三つ目の角を右に曲がった所にある孤児院に彼女はいる。」
マスターからフキリの居場所を聞き出せた利一は静かに酒場を出る。
恐怖から解放された利一はいつもの調子を取り戻すのに二十分かかった。
落ち着いてからマスターの言葉を思い出した利一は、それを頼りに歩く。
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歩き出して三十分、辿りついたのは一軒の小さな孤児院だった。
高めの塀が有るためすぐに敷地内を見ることは出来なかったが、正面玄関に立つと中から子供たちの騒ぎ声が聞こえてきた。
「ここに居るって話だったよな…にしてもフキリの実家が孤児院だったとは。」
手伝いも大変な重労働だろう。
そう思った利一に、元の目的が何だったのかを教えてくれる人はいない。
本人もどうでも良くなっていた。
暑い中歩いたせいか、大きなプレッシャーを掛けられて緊張したせいか、利一は喉が渇いていた。
利一はなかで水でも飲ませてもらおうと正面玄関をノックする。
奥から今行きますという声が聞こえてきて、扉が開く。
だが孤児院の中から現れたのはフキリではなかった。
「どうなさいましたか? 」
茶髪の若い女性だ。
利一は昔匿った少女の面影を彼女に見て、そして頭を振る。
良く見ればこの少女の髪は明るめのライトブラウンで、昔あった少女は日本人的なダークブラウン。
顔も全然似ていない。
一瞬似ているように感じたのは、暑さのせいと、表情が柔らかな微笑みだったからだろう。
「すいませんが、フキリさんはここに居ますか? 」
利一はいつもの態度で聞いた。
「私ならここに居ますよ、トシカズさん。」
だが返答は前にいる少女からではなく、後ろに立つフキリ本人から返ってきた。
利一はフキリになにか言おうと思い、ここに来た理由を思い出そうとした。
(……あれ、俺何しに来たんだろう? )
この時やっと正気に戻った利一は、フキリにとりあえず水を恵んでほしいとだけ頼むのだった。




