第二十四話 『主人公が起きる話。』
利一は朝起きるとうっすら目を開いた。
雨戸によって光を遮られた窓から漏れ出す光はまだ無く、気温は夜の冷気をそのまま残している。
季節の移り変わりがないグラフォルト王国の気候は昼間は暖かく、深夜になると酷く冷え込む。
野宿をする際は凍死しないよう最大の注意を払わなければならないので、旅の荷物には厚めの毛布を積むのが常識であるほどだ。
そんな寒さにも利一はすぐ慣れたが、建築上の問題か吹き込んでくる隙間風だけはどうにかならないのかと少し不満を持っていた。
馬車で寝る時はそういうものだから仕方ないと納得もできる。
けれど自室でゆっくりと寝る時には雨風の心配なく眠りたいと、凶器にもなるであろう温度の隙間風に意識を起こされながら願うのだった。
(やけに目が汚いな…もしかして泣いてたりしてたか? )
寝ている間の自分の様子はそう思い出せるものではない。
利一は自分が泣いていたのではとは考えても、うなされていたとまでは気付かないだろう。
昨日見た夢は、忘れるものかと利一が思いつつ日常生活の忙しさに忘れ去った記憶であり、今の利一を作り出した原因の一つだ。
今更思い出して悲しくなることは無いが、懐かしさに泣いてしまうような思い出であるのは間違いない。
起きた利一は見た夢の内容を全ては思い出せないでいるものの、夏の日の思い出を大切にしようと思うのだった。
(さてと、そろそろ現実に向き合うかな。今日からレイビットへ向かう旅の始まりなんだから、湿っぽい気持ちじゃあだめだよな! )
窓を開けて昇ってくる太陽を眺め、心機一転頑張ろうと利一は張り切る。
部屋から窓の外へ乗り出すと、吹き付ける風が心地よく感じられた。
その風は冷たいけれど、利一には不思議と旅立ちを祝福しているように思えた。
(俺はフキリを見つけ出す。そしてきっと、受けた悪戯の仕返しをするんだ… )
利一の、私怨でしかない上にほぼ八つ当たりでしかない復讐の旅が始まる。
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出発する予定の一時間前。利一、恵人、リボルブが新たに用意された大型馬車の前に集まっていた。
恵人は早い時間に準備が済んでしまったから早めに来たというだけで、リボルブは馬の様子を確認し、馬車に異常がないかという仕事をするために来ていた。
そんな二人に対して、利一は女性陣を待たせては悪いだろうという男の気概から、集合場所に居る。
あくまで男の気概でいるのであって、誰かと二人きりに慣れたら世間話でもと思っていたのではないのだ。
利一の読みは外れ結局男ばかりが集まってしまったが、その日は雲一つない晴天で、馬車のある広場を通る風は涼しく爽やかだ。
部屋に閉じこもっているよりかは幾分マシだろうと、利一は自分を納得させた。
「あのさ、新島君。本当にお告げなんか受けたの? こっちは全然無かったんだけど…」
利一に他人行儀な態度で話かけてきたのは、光の勇者こと志木恵人である。
朝日に輝く銀髪と透き通る碧眼が特徴の美少年だが、その外見にそぐわず日本人らしいことを利一は聞いている。
だが異世界人の特殊な髪色に動じなかった利一は、逆に同じ日本人であるにも関わらず特殊な恵人の容姿に慣れることが出来なかったため、避けてはいないものの余り会話をしていない。
恵人も利一には話しかけづらい雰囲気を感じていたので、同じ世界出身である二人の間には大きな隔たりがあった。
利一は恵人の言葉使いが妙に硬いことを当然と思いつつ、新島と呼ばれたのはいつ以来かと思うほどに違和感を覚え、少しは関係を修復しようと思った。
「ああ、お告げね。受けたよ。それと俺のことは利一って呼んでくれ。名字で呼ばれるとくすぐったいんだ。」
しっかりと嘘をついた上で一方的なお願いをする利一は、恵人を信頼していないのだ。
だがそんな利一の心を知らない恵人は、利一に感じていた壁は気のせいだったのだと安心した。
利一は気付いていないが、実は恵人には人見知りをする癖がある。
初対面の相手に嫌われないために緊張していないフリをすることもしばしばだ。
そんな恵人は、何をした記憶も無いのに嫌われてしまったら何もできない。
互いに距離を置いた二人は、想像した以上に大きな亀裂を作った訳だ。
「なら利一君。お告げはどんな内容だった? これから行く場所で、何が起こるのかは分からないの? 」
恵人の質問に、利一はどう答えようか迷った。
嘘であることがばれない言い訳を思いつかなければ商業連合国へ行く理由がなくなり、国を巻き込んだ面倒なことになるからである。
「分かる訳ないだろ。適当に世界救ったら元の世界に帰してやるよ、とか言う奴らだぞ。」
「言われてみれば。」
雑な嘘になったが恵人は納得したようなので利一は一安心した。
そのまま会話が終われば利一は無事ピンチを回避できたのだが。問題はその後で発覚した失敗だ。
「…そういえば話し方がいつもと違うね。どうしたの? 」
いつも女性陣と話す時は体裁を取り繕っている利一は、その真面目な姿しか知らない恵人に真実の姿を晒してしまったのだ。
「そ、それはだな…」
利一は逃げ出したかったが恵人は見逃してはくれない。
それに正直者の恵人に格好つけたいだけという事実を話せば恵人から話が広まり、今までのイメージアップ戦略が台無しになる可能性がある。
久しぶりの詰み状態だった。
しかしそこは利一。どうにか抜け出すための言い訳を考えつこうと必死に考え、一つの解決策を見出した。
(こいつを亡き者にすれば…)
倫理的に許される策でないので利一自身が却下する。
答えられず唸っている利一に恵人は一言。
「まあ女性が居る場でちょっと口調が変わるくらい普通かあ。皆偉い人だからね。」
そういって自己解決していた。
真面目に考えていた利一が恵人を殴りたくなったのは仕方の無いことだろう。
また少しの時間が経って女性陣が馬車へと来た。
「お待たせしたでしょうか?」
集合時間通りに来たにも関わらず男性陣に気を配ってリナティアが言った。
「用があって早く来ていただけです。気にしないでください。」
とりあえず利一はリナティアにフォローをいれておいた。
全員乗り込んだ馬車は城門を抜け、城下町を走る。
町の中央通りには仕事を始める人が出てきて活気を増していた。
これから向かう商業連合国がどんなところなのか利一は知らないが、きっとそこにも自分の知らない世界が広がっているのだと思い、期待している。
町と外を遮る門を通り、また長い旅が始まった。




