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第二十三話 『主人公が別れる話。』

少女との同居生活が一週間続いた頃。

夏休みもあと十数日で終わりであり、利一は既に宿題を済ませてしまった。


利一には自分の相手をしてくれる暇な友人が居らず、利一はその日何もすることが無かった。

出掛けるにも遊ぶための資金は無く、出来ることと言えばゲームくらいだ。


「起きてすぐ悪いが今日は昼まで二度寝する。今日は何もやること無いしなー。」


そんな利一は駄目人間を代表できるほどにだらしなかった。


環境適応能力が良くも悪くも高い利一は、世話をしてくれる人がいると果てしなく怠ける。

両親がこんな姿の利一を見たら泣くだろうが、今利一の両親は出張中で不在である。


家に居るのは利一と居候の少女のみ。


少女は呆れきった顔をして何度目かも分からないため息をつくと、籠に入れた洗濯物を持って洗濯機のある脱衣場へ行く。


部屋から出ていく少女の後ろ姿を見つめていた利一は、何も言わずに自分の部屋へ戻る。


利一はデスクトップパソコンの電源を入れると、エクスプローラーを起動した。

調べるのは誰かが人探しをして居ないかという情報。


確かに昼間の利一は傍目から見るとだらしなかったが、見えないところでは少女についていろいろと思案していた。

単に少女を保護者に突き出したいからではなく、少女のことを心配した両親が捜索願いでも出していたら大変な事件になるからである。


利一は十全の優しさで行動していた。


寝むそうにしていたのも、本当は少女に見つかりにくい深夜に調べていたからで、ここ数日間の利一の睡眠時間は少ない。


そんな無理が長く続くわけも無く、画面を眺めながら体力の限界に達した利一はパソコンのキーボードの上に伏して寝てしまった。


昼食が完成したので呼びに来た少女によって起こされたのは午後一時。

覇気のない利一はチャーハンを五分で食べきって、もう一度パソコンの前に座る。


人探しの情報が載っているサイトは残り二件なので、今日頑張れば少女の保護者に連絡を取れるかもしれない。

そう思った利一はもう一度気合いを入れ直し、画面に集中する。


「身長150センチで十二歳、これは違うな。次は十五歳か…」


利一は失語症の家出少女がこれほど多いとは思っていなかった。

年齢で絞り込みたいところだが、少女は言葉の読み書きが一切できないために、年齢を聞くことが出来ない。

結局利一は一件ごと確認する作業を余儀なくされるのだった。


「まさか見逃したとかじゃないよな。二百件も遡るとか冗談じゃないぞ。」


焦りが出て冷静さを失い始めた利一は、上手くいかないのは眠いせいだと決めつけ仮眠をとることにした。


疲れていた体は予定した十分の睡眠では満足できず、二時間ほど寝てしまった。

その途中で少女が買い物に出ようと利一を起こしに来たのだが、利一が起きそうにないので少女は一人で買い物に出た。


________________________________________



「何で日がこんなに低い位置に有るんだ。」


目覚めた利一は随分と傾いた太陽を見て仮眠のつもりが熟睡してしまったことに気付いた。


水分を補給しないままいた利一は、酷く喉が乾いていたので部屋からでて冷蔵庫から麦茶を取り出す。

グラスに注いだ麦茶は良く冷えていて、利一から眠気を取り払ってくれた。


いつもと同じ部屋を見渡して、利一は気付く。


「あいつはどこに行ったんだろう? 」


いつもこの時間は二人で買い物に出る時間だ。

利一は少女一人では危ないので自分も付いていくと決めていたのだ。


(一人では行かないように言い聞かせてあったはず。)


しかしこの状況は明らかに一人で買い物に出てしまったとしか思えない。


利一はマンションを飛び出した。


きっと何もないだろうと思ってはいた。それでも走らずにはいられなかった。

少女のことが心配だったからだ。


「いつも行くスーパーに居てくれればいいんだが…」


利一が『嫌な予感』を抱いたとき、その的中率は五分五分である。


スーパーについた利一は入店する前、遠くの方で不良が溜まっているのを発見した。


その辺りは人目の少ない路地裏になっていて、普段から柄の悪い人の溜まり場になってるがそれは夜の話。


昼間から不良が集まっていることは珍しいことだ。


少女が巻き込まれているのではないか、と思った利一の行動は速い。


おもむろにバックから取り出したのは現代人の必須アイテム、携帯電話。



利一は緊張した面持ちで一、一、〇を押した。



一通り事情説明したのち、利一は警察が到着するまで自分で時間を稼ごうと不良たちに挑む。


「なあ、お前ら何やってんだよ。」


現れた利一を睨みつける不良たち、その中心で虐められていたのは一匹の野良犬だった。


(………涙もでないな。喧嘩の経験とかないし、殴られて終わりか。)




十分後に警察が到着すると、そこにはいくつかの血痕が残るのみだった。


________________________________________



「手加減したって良いじゃねぇか。」


スーパーで買い物を終えた少女は外で待っていた傷だらけの利一を見て驚いたが、どうしたのかと目で尋ねても利一が答えないので、気まずい空気が流れるだけだった。


消毒液を切らしていることを思い出した利一は帰り道、駅前にある薬局に寄った。


利一は無駄な出費が増えてしまったことに落ち込んでいて気付かなかったが、その隣を歩く少女は駅で呼びかけをしている人たちを見て、何かを決心したようだった。


その日の夕食でどこかいつもと様子違う少女をみた利一は、今日が最後なのかもと直感した。


「困ったなら、頼ってくれて良い。」


寝る直前、利一は一言だけ少女に言ったのであった。


次の日の朝、少女の姿はなく、利一は自分の作った料理を食べながら「悪くもないじゃないか」と呟いた。


その後暇な夏休みを過ごした利一は、出張から帰ってきた両親から思いもよらない言葉を聞くことになる。


「引っ越しするから荷物まとめて!」


夏の初めから利一に秘密で計画されていた引っ越し。

今のマンションから遠くない場所なので不便はないが、少しだけ利一は反対もしたのだった。

思い出の残るマンションから出ることに、抵抗が有ったから。


だが我儘を言っている場合ではなく、学校が始まってしまうと引っ越す機会を失ってしまうと家族に説得され、利一は渋々荷造りを始めた。


引っ越しが無事終了し荷物を解いたとき、重い荷物を足の上に落とした利一は骨折してしまう。


新学期そうそう病院通いとなった利一は通院四回目の病院で少女を見つけた。






彼女は両親と思われる人と、楽しそうに会話していた。






利一はその場にいた看護士に事情を聴いた。


彼女は原因不明の脳障害で失語症になっていた。

しかし少し前に原因か解明され、手術が可能であることが分かったのだ。


その手術費用はなかなかに高額だったが、彼女の両親の努力により集まったらしい。


手術費が用意できないという不甲斐なさから手術について彼女に伏せていた両親は、彼女に報告しに行った。

けれどその場に彼女の姿はなかった。彼女は病院から脱走したのだ。


彼女は両親の見舞いに来る日数が減ったことから、自分の病気は悪化し、もうすぐ死んでしまうのではと推測した。

彼女は自分と同じくらいの年齢の人と過ごしてみたいという夢を叶えるために、脱走したという。


看護士は最後に少し残念そうな表情になって、こう付け加えた。


「その後の記憶は手術の影響か思い出せずにいるみたいだね。術後の記憶も安定しなくて大変だったよ。」


利一はそれだけ聞いて、家へ帰った。


________________________________________



あれは中学三年の春だったろう。


少女の一件を忘れようと必死になった利一はとにかく体を鍛えていた。


利一が所属していない部の備品を使っていると報告を受けたクラス委員の由香里は、利一を咎めようと声を掛けた。

だが由香里は利一が何で体を鍛えているのかの方に興味がいってしまい、とうとう注意をそっちのけで質問をしてしまった。


「そう言えば、なんで利一君は体を鍛えてるの?」


利一は逡巡した。


本当の理由を話したら、明日から笑いものではないかと思ったのだ。


「いつか金を貯めて、叶えたい夢があるんだ。きっとバイトをしたりするだろうし、多少の無理が効くよう、今の内から鍛えてるんだよ。」


少し嘘が混じっていたが、大体本当のことだった。


いつも生活費がぎりぎりなのでは高校生活を楽しめないだろうから、バイトはする予定だったし、無理もする予定だった。


だが体を鍛える本当の理由が『不良に絡まれても大丈夫なように』だとは、到底言えなかった。


「夢って、どんな夢?」


本当の夢は、次に夏現れた少女のように困った人がいたときは、自力でその人を守り抜きたい、などという実に歯痒い夢なのだが、夏の出来事を一から説明できる訳がない。


つまり嘘をつくほかない。

だけど百パーセントの嘘をつくのは、どうも利一の人生観として許せることではなかった。


そんな利一が考え抜いてだした答えは、由香里の想像を超えていた。


「彼女を作って豪遊するんだ。」


由香里は利一からそっと距離をとると、自然に会話を終わらせて逃走した。


利一の振り回される立ち位置が確立されたのはこの時だろう。



(あの時もっと考えて答えをだせばな…)


利一は意識が現実に引き戻される感覚を感じながら、そんなことを考えていた。

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