第二十一話 『主人公が思い出す話。』
国王との対談から数日の時間が経ち、利一達は旅を始めようと準備を始めた。
間の日々で有ったことと言えば、暗殺団を仕向けたのが王家の失墜を狙った貴族であるころが判明し、処刑されたということくらいか。
旅のメンバーは前と変わらない六人で、今度は馭者が居ない。
商業連合は他国であるため、国の用事で入国する場合、相手国に入国人数を伝えなければならない。
また人数に応じた金銭を要求されるのが常識だ。
出来るだけ人数を減らすためにも、六人でリボルブが馭者を務めるというのが最善の選択だった。
自分の都合で今回の旅の行先を決めた利一は、その話を聞いて少し反省をしたとか。
(まあ、行った先でなんか起きるだろう! どうせそんなもんだ!)
今では反省したことも忘れているが。
出発は明日の明朝。今度の旅も前回同様に長旅となる。
準備と言っても荷物らしい荷物は無い利一は明日に備えて寝ようと思い、ベッドに転がった。
だが今日の利一は準備のためといって基礎訓練を減らしたせいかなかなか寝付けくことが出来ず、暇になる癖でしてしまう考え事が始まってしまう。
(こっちの世界に来てから、もう随分経つんだな。最初も今も変わらず良く分からない世界だが…案外過ごしやすい世界だ。食べ物はうまいし町は活気に溢れてる。多少面倒なことはあっても、それを補って余る自由がここにはある。それに魔法なんて不思議な力が実在して、自分で使える。まあ俺はいろいろと問題を抱えている訳だが・・・それでも前の世界と比べて悪いとはとても言えないな。)
そこまで考えた利一の意識が、一瞬だけ白くなって途絶えた。
利一の頭の片隅に残っているちょっとした夏の思い出が、眠りゆく利一の夢となって蘇ってくる。
________________________________________
今は夏真っ盛り。
空に昇る太陽は道行く人の体力を奪い、空気中に湿気を撒き散らす。
利一の通う私立中学は部活動が活発に行われていたが、利一は家族が忙しいこともあってどの部にも所属していなかった。
その日の利一は学校の図書室から借り出した本を返すために登校し、仲間に絡まれる前に下校した。
一度絡まれるとなぜか部員でもないのに活動に参加させられてしまい一日中拘束されるので、買い出しに出ている可能性も考え、学校外の道でも人目を避けて歩き自宅であるマンションの前に着く。
利一は自宅のマンションの入口を通ろうとして、不意に気配を感じ横へ飛びのいた。
無駄に練習の積み重なられた華麗なサイドステップだ。
誰に見られても恥ずかしい利一の突発的な行動は、見られた相手が年の変わらない少女だったので増して恥ずかしかったという。
「すいません。すぐに消えるんで今のことは忘れてください、お願いします。」
眼の端に涙まで浮かべて頼みこむ利一に、少女は微笑む以外に何もしない。
利一がとにかくそこから離れようとマンション内へ歩きだす。
一歩二歩と遅くも無く速くもない速度で、借りている306号室のある三階へ昇ろうと階段に足を掛けた時、利一は右の袖のあたりに妙な重さを感じた。
(うん? 何かに引っか掛かったかな。破けないように注意しないと・・・)
現在家に両親の居ない利一は、生活費を受け取って生活している。
制服を新調することにでもなれば新たに両親から費用を請求しなければならず、それは出来るだけしたくなかった。
利一はそっと後ろを振り向いて、袖が裂けていないかを確認した。
「あれ、気のせいだったのか。ここらに引っ掛かりそうな物はないな。」
利一はぐるっと見回してから足元を見た。
そこには有るはずのない四本の足が並んでいて。
「ってなんでついて来てるんですか! 怖いですよ!」
マンションの玄関で出会った少女が、利一の袖を小さくつかんでついてきていたのだ。
少女は声こそ出していないが、利一の反応を見て楽しそうに笑う。
袖は掴んだままだ。離してくれたのなら利一は走ってその場からいなくなるだろう。
もちろん、恥ずかしさのためである。
「君はここの入居者なんですか? 僕は見たことないんですが。」
このマンションはそれほど規模が大きくないのだが、利一は少女のことをまったく見たことが無かった。
利一の質問に対して少女は首を振って否定する。
「えっと、じゃあここに入るのはいろいろと問題がですね」
少女の説得を試みた利一は、泣き出しそうになっている少女をみて何も言えなくなってしまった。
利一の頭は状況が読み込めず停止した。
________________________________________
利一が少女が失語症であることに気付いたのはその日の夜のことだ。
気付けば少女は家に上がっていて、利一は警察に連絡をしようと考えた。
警察に連絡、というのは要は責任逃れである。
なにせ利一はまだ中学二年生。
他の同級生よりはしっかりしていると言われていようとも、こんな異常事態を単身で背負い込むことなど出来なかった。
(責任から逃れてしまっても、別に誰も責めないはず。)
そもそもがおかしい出来事なのだから、この際責められても関わりたくなかった。
110番を押そうとする利一の横では、少女が避難の眼差しを送る。
「すまないが、僕には君を保護する度胸は無いんだよ・・・分かって。」
利一がそこまで話しても、少女は見つめるだけで返答はしない。
いや、返答しないというよりかは言葉にならないようだった。
何度か口を開いてみても、声が出ない。
それを見た頃に、やっと利一は失語症という病気を思い出した。
「もしかして、話が出来ないのか?」
少女は迷いつつも頷く。
最初。利一は少女が頷くのを見て、絶対に警察に預けようと思った。
だがその後、利一は少し考えた。
少女はこの状況を説明できないのだ。
涙目の少女。
そして今彼女がいる場所は、両親の居ない利一の家。
警察は事情聴取で少女の味方になるだろう。
「ああ。人生って何かと上手くいかないもんだな。」
こうして利一は、出て行ってくれない謎の少女を居候させることにした。
これが利一が覚えている中で最大の、夏の思い出の始まりだ。




