第十六話 『主人公が龍に会う話。』
深い森に少し入ったところに、馬車は止まっていた。
『白龍の聖地』の周囲には、絶対不可侵の結界が張られていて、一般人は入ることが出来ない。
よって、召喚と一切関係のないリボルブは外で待機しなければならない。
「では皆さんお気をつけて。」
リボルブに見送られながら、三人の巫女と恵人、利一は結界の中へと入っていく。
結界を通った時の感覚が、透明人間だった時の感覚と重なり、利一は懐かしさを感じていた。
(やっと、ここまで来たのか。ここで元の世界に帰る方法が分かるはずだ。)
もうこの世界に来てからずいぶん経ってしまい、帰ろうと思う気持ちは薄くなっていたのだが。
聖地に来てことで、もう一度帰りたいという気持ちも蘇ってくる。
しかしそれと同時に、戻りたくないという気持ちも存在しているのだ。
利一の中では葛藤が起こっていた。
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結界内に入ってから二時間ほど歩いてみると、利一も聖地について何となく理解し始める。
(川は汚れ一つないし、小動物は居ても猛獣は居ない…)
そこは人が思い浮かべる聖地のイメージにぴったりだった。
それ以外にも聖地内にはもう一つ、特徴がある。
(あれは精霊かな?)
鹿の姿であったり、鳥の姿であったり、容姿・大小に差は有れど、実に多くの精霊が生きている。
生物たちの楽園がそこにはあった。
(これは神様も入る人間を制限せざる負えないだろうな。)
長くこの場所を守っていきたい、そう利一は思った。
休憩をはさみつつ歩くこと、さらに一時間。
「着いたようですね。」
自然溢れるこの『白龍の聖地』の中、唯一の人工物。
大理石よりも固い、謎の白い物質で作られ巨大神殿である。
「この神殿の中に、創世神と意思疎通出来る精霊がいます。」
説明をするリナティアからも確かな緊張が感じられる。
「精霊ですか…神と交信できるとなれば高位の精霊なのですか?」
利一もこれから会うものがどんな存在なのかが気になり、少し聞いてみる。
「はい、そうですね。今までで確認された精霊の中で最高位の精霊になります。」
一歩。神殿の中へと踏み入る。
外とは違う空気に、利一の緊張もいっそう高まった。
神殿の構造は、入口から中央までの一本道というシンプルなものだ。
しかし、道の壁には魔方陣に使われる特殊言語の文字が並んでいて、神殿自体に魔法的作用があることが分かる。
(もしかして、この神殿が結界を保っているのか?)
利一は神殿が聖地の中央に位置していることからそんなことを考える。
神殿の中央からくる光が大きくなり、利一はそこに何かが居るのを確認する。
(あれは…龍なのか? 鱗は白いな。なるほど、白龍の精霊が守ってるから『白龍の聖地』か。)
「えっと、あまり白龍様を怒らせないでくださいね? 気に入られるのも避けた方がいいと思います。」
「え、何でですか! せっかく精霊とはいえ龍に会えたんですよ? 仲良くなりたいじゃないですか!」
リナティアの注意に恵人がかみつく。
確かに元の世界には龍なんて居なかったので、利一も気持ちは分からなくはなかった。
「いえ、仲良くなるというのは難しいような気が…。まあ怒らせたとしても大きな問題にはならないと思いますが、念のためにと。」
「大丈夫! 動物には好かれる方なんです!」
(もういいや。恵人について考えるのはやめよう。)
真面目に考えていた利一があほらしくなるほど、恵人は能天気だった。
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神殿の中央、利一は白龍が思っていたよりも威圧を放っていないことに驚きを感じていた。
想像していた時の恐怖は、実際に会ってみると霧散していた。
(これが最高位の精霊、か。)
白龍も利一達に気づいたらしく、寝ていた体を起こす。
『来たのか? 待ちくたびれたぞ』
会話ができる精霊を見たことのない利一であったが、そもそも精霊自体のことをよく知らないために、驚きは薄い。
利一にとってはそれよりも重要なことがあった。
(この声、女性の声だな…)
変なところで唖然としている利一を置いて、実際に召喚を行ったリナティアは白龍と話を続ける。
「申し訳ありません。召喚した異世界人にもこの世界に慣れる時間が必要だと判断し、十分な準備をした後にこの地に向かった故、少々遅くなってしまいました。」
『いや、いいんだ。私が焦りすぎたのが悪いのだからな。ではまず…』
いよいよ元の世界へ帰る方法が分かると身構える二人。
『外の情勢について教えてもらおう。』
「何でそうなるのか教えてもらおうか。」
利一が真顔でツッコミをいれる。
『ふむ、お前が…。 私はここから外に出ることが出来ないんだよ。だからこうして人が来る度に外の話を聞いているんだ。』
(怒らせるなって言われてんのに怒らせちまったか? もう少し自重しよう。)
「それでは…」
リナティアがまとめた話をし、白龍から質問をされ、それにまた答える。
そんなことが十数回続いて、利一の意識が薄れてきたころ。
『なるほど、だから…。感謝する、これで私も満足だ。』
「いえ、この程度でしたら問題ありません。」
(頼む、早くしてくれ! 緊張感を保てる限界が近づいてくる!)
利一の真面目モードは、適当な時間で切れてしまう。
真面目モードの間は欠点ひとつない紳士なのだが、やはり本来の自分を隠し通すのは難しい物だ。
『さてと、じゃあ主から授かった言葉をお前たちに伝えよう。』
その内容は、二人に課せられた戻る為の『代価』ともいえる物だった。
要約するなら、それはたった一言。
『世界を守れ』と。
この世界の裏・表でこれから起こる問題を解決し、世界を利一たちの思う正しい形に改変して行けなどという、冗談のような内容で。
終わりを探す旅は、終わりの見えない旅へと繋がってゆく。
その繋ぎ目は余りにも真っ直ぐに繋がっていて。
逃げ道は何処にもない。




