第十五話 『主人公が暴走する話。』
明日聖地に向かう利一たちは、教会の一室を借りて一泊する。
久しぶりのベッドや、質素ながらもちゃんとした食事を摂ることが出来たことに少しの感動を覚え、今は巫女の三人が風呂を借りている。
部屋はもちろん男女別。
利一と恵人、リボルブの三人は部屋で休んでいる。
いや、利一は休んでいるとは言えないかもしれない。
利一は一人、独自詠唱を探していた。
「ミスト、インビジブル、幻影、透過…」
なぜか透明化の呪文に偏っていたが、気のせいだろう。
「まだだ…まだ時間はある。諦める訳にはいかない!」
「何してんだ…お前。」
利一が余りにも真剣な顔をしているので、恵人が声を掛けてきた。
「うるせぇ! 頼めば見せてもらえるような奴は黙ってろ!」
「落ち着けって、こんな夜に叫んだら教会の人に迷惑だろ。」
恵人にすら注意される利一。半分理性を失っているようだ。
「プッ」
部屋の中で利一の言っていることを理解したリボルブが思わず吹く。
余談ではあるが、この部屋で顔面偏差値が一番低いのは利一である。
恵人とリボルブがここに来たとき、シスター達が顔を赤らめたのを利一ははっきりと見た。
そんなリボルブに、利一の中で何かが爆発した。
「うおおおおおおおおおおおおおおお『スペル=スピード』!」
一瞬でリボルブに飛びつく利一。
アッパー、ジャブ、ストレートに膝と蹴りを組み合わせた、ど素人の喧嘩武術でリボルブに挑む。
しかし、当身一撃で沈められ、一日を終えることになった。
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小鳥のさえずりが聞こえてきそうな清々しい朝。
利一は恵人が床に落ちる音で目を覚ました。
ドンッ
お返しとして恵人にボディブローを見舞わせた利一は、なぜ寝ていたのかを思い出し、リボルブのベッドの横へ移る。
スッ
ドン
「何をされているのですか、トシカズ様? ベッドに寝かせておいた筈なのですが。」
「お前に様づけされると異常に苛立つな。ベッドに運んでくれてありがとう。」
利一の全体重を乗せた踵落としは、惜しくも避けられてしまった。
「早朝訓練は素振りと決めているので、模擬戦はご遠慮させていただきたく思います。」
「別に俺にも朝から戦闘する趣味はねーよ。あと気持ち悪いから敬語をやめろ。」
「わざとでございます。」
ブンッ
パシッ
利一の右ストレートは片手でリボルブに受け止められる。
「中々、お上手ですね。」
だが、リボルブの繰り出した蹴りも、利一に受け止められている。
「まあな。それよりも腹が減ってこないか?」
「ええ。朝食もまだ摂っていませんからね。」
二人は床に伸びている恵人を置いて、何か食べ物をもらえないかと部屋を出ていく。
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「聖地までは私が馭者をいたします。」
聖地へは雇った馭者を連れて行く訳にもいかず、大型馬車をリボルブが馭者をして行くことになった。
「まあ、ここから聖地へは半日ほどでしょうから、この町へ来る旅よりも楽だろうと思います。」
聖地の内部までは分からないので具体的な日程は分からない。
「では、出発しましょう。」
馬車の座席は二人席が縦に三つに並んでいる。
今は前から恵人とルフナ、エイリ、利一とリナティアの順に座っているが、朝だからかあまり会話がない。
(聖地か… どんな所なんだろう。)
恵人はいまいち『聖地』という物のイメージが掴めず、不安になっていた。
(………)
それに対して、利一は全く動じない。
その心は『無心の境地』ともいう程に静かだ。
寝息を立てているように感じるのは気のせいだろう。
聖地で何が起こるのか、そして自分たちがどうなるのか。
それは実際に起こるまでは気にしてもしょうがない事だった。
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「そろそろ仕事だ。準備しておけ。」
町の大通りから少し離れた路地裏、そこにある一つの小さな建物の中には数名の男が居た。
「しかし、こんな大金を払ってまで依頼しにくるなんてのはどうかしてるよな?」
一人の男が汚い笑みを浮かべながら話す。
「そういう奴がいるからこそ俺たちが生きてけんだろ。」
「まったくだ! こっちとしちゃあぼろ儲けなわけだがな、がはははは!」
彼らは裏社会で依頼を受けては秘密裏に殺しを行う、『暗殺業』を営んでいる。
もちろん、違法だ。世間にばれればすぐにでも処刑されるだろう。
「その辺にしておけ。あまり調子に乗れば失敗するぞ。この前みたいに隠し通せる失敗ばかりじゃないんだ。」
失敗は死に繋がる。それを忘れてしまった裏組織は、すぐに潰れるのが世の常だ。
「だがよう、団長。今回の目標は素人冒険者らしいじゃねえか。馬車を持ってるってだけで、大した実力はねえって話だぜ。罠張って一人一人片づけりゃあ楽勝よお!」
(これは危ないな、嫌な予感がする。そもそも聖地方面へ行く冒険者ってだけでも怪しい話だってのに…)
団長である彼はこの依頼に乗り気ではなかった。
それでも他のメンバーの意見と、相手が相当な権力者であったことが彼に依頼を受けさせたのだ。
「終わったら酒場で一杯やろうぜぇ、なあみんなも…」
男はそれ以上言葉を紡げ無い。
彼の首筋には、団長のナイフが突きたてられていた。
「俺に仕事前から死体処理をさせるつもりか?」
流れる沈黙は、彼らが仕事に向かうまで続いたのだった。




