第十三話 『主人公が嵌められる話。』
(あれ、今の会話おかしくないか?)
そう気づいたのはリナティアの呼びかけにも反応しなくなり、五分ほど経ってからのことである。
その五分の間に利一が廃人になりかけたのは置いておくとして、利一はまだ話したいことの内容をリナティアに一切話していない。
これは、明らかに『勘違い』。情報の行き違いが起こっている。
「えっと、いきなり謝られても何が何だか…」
利一が困惑した表情でそう言うと、リナティアも利一が混乱していることに気づき、焦りだす。
「えっと、困らせてしまってごめんなさい! でも、私が無理に二人きりになろうとしたことを怒っているのでは無いのですか?」
(むしろ喜んでいました。)
「いえ、怒っていたなんてとんでもない。しかし、何か理由があるのでしたら、聞かせていただきたい。そうすれば私の疑問も晴れると思います。」
実際の利一は疑問なんてものは抱かず、完全にリナティアが自分に対して気があるものだと考えていたのだが、建前とはとても大事なものである。
リナティアは少し気まずい様子になり、事情を話すかどうかを十秒ほど悩んだ末に利一に打ち明けることにした。
「この旅に出る少し前のことです。私は、いつも特別な迷惑をかけてしまっているトシカズ様に何かお礼をしたいと思いました。」
利一は、自分が起こした数々の問題を思い出しながら、リナティアから受けた迷惑などあっただろうかと思考を巡らせる。
結局思いあたることはなかったが、決して利一が鈍感なわけではないだろう。
「そこで私は、信頼のおける人物の中で、特にトシカズ様に詳しそうな人物に意見を求めました。」
『詳しそうな人物』という言葉に一抹の不安を覚えた利一は、恐る恐る質問してみることにした。
「私について詳しい人物とは、ダルド=ホーキンスのことですか?」
ダルドは、利一が最も長い間会話したこちらの人間である。
ただ、槍の稽古以外は碌な会話をしていないので、利一について詳しいとは言えないだろう。
「えっと、トシカズ様のお世話をしていた使用人のフキリのことです。」
(メイドさんか。そういえば名前も知らなかったな。)
ずっと世話をしてくれた相手の名前を知らないというのは実におかしな話だが、利一はフキリと出会う度に激しい攻防(詳細は秘密)を繰り広げていたので、自己紹介すらも忘れていたのだ。
「なるほど、確かに彼女なら私について詳しいと言えるかもしれません。」
大部分は利一が隠し通そうとしている部分についてだろう。
利一は相談相手がフキリであると聞いたことでより一層不安が高まった。
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フキリがいつも通り利一を軽くあしらった後、休憩室で一息ついていた時のことだ。
「フキリさん、今はお暇でしょうか?」
訪ねてきたのはリナティアだ。
「今は休憩中です。時間の余裕もありますよ。」
既に何度も話している二人は大きな身分の差こそあれど、年齢が近かったこともあり少し言葉も崩れ気味である。
「それで、どんな御用ですか?」
「今あなたが仕えているトシカズ様についてなのですが、何をしたら喜んで頂けるのでしょうか?」
フキリに頭に浮かぶ、毎朝の出来ごと。それと利一のリナティアに対する態度。
この時、利一の人生はフキリの手中にあったと言えるだろう。
利一のあらゆる行為を看過しているフキリだが、それは彼女が優しいからではない。
そう、フキリ自身がイタズラ好きだからこそ、利一の行動は看過されていたのだ。
(こっちからも仕返しの一つくらいしてやるか。)
全ては、フキリの思いつきである。
「トシカズ様は今、ご両親や元の世界のご友人と離れてしまったことで不安で一杯になっています。」
間違えなくほとんど気にしていないように見えたが、ここは嘘でもっともらしく繕う。
「ですから、心の支えとなる人を求めていると思うのです。」
この手の嘘の腕は、非常にうまいフキリである。
「是非、旅の最中はずっと二人きりで居てください。その方が早く関係が深まるでしょう。」
リナティアはフキリの助言を完全に受け入れて、その日から少しずつ利一に気を使うようになった。
(トシカズ様が勘違いしてリナティア様に告白でもすれば、いい笑い話になるかもしれません。)
フキリはそっとそんなことを考えた。
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(よし決めた、城に帰ったらはっ倒そう。)
主人公らしくない決意をしながら、利一は恥ずかしさに顔を赤らめていた。
もちろんリナティアからは見えないようにしている。
それでも、自分が勘違いから告白しようとしていたという事実は消えてはくれなかった。
(は、話を逸らさねば…でないと自分が恥ずかしさで死んでしまう!)
話を分断しないで話をすり替えることのできる、丁度いい話題が無いかと考えると、直前に疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「私にかけた迷惑とは何でしょうか? 思い当たる節が無いのですが。」
リナティアは、気づけば焦った顔からいつもの微笑みに戻っていた。
「城内で暗殺者が襲いかかってきた時に、助けてくれたでしょう?本当ならば、城の兵士が侵入を許してしまったことが問題になるのです。しかし、トシカズ様が誰にも被害が出ない内に気づいてくれたお陰で、門番を含め、個人に対する罰則は行われなかったのです。」
そんなことがあったとしても、暗殺者を実際に撃退したのは恵人であって、利一ではない。
そのことが利一には気掛かりなのだ。
「私もリナティア様にはいろいろなご迷惑をお掛けしていると思うのですが?」
リナティアは、さらに深い事情を話すかどうか逡巡した。
しかし、利一から信頼を得ようとしているリナティアは、話すことを決める。
「これは、聖地を訪れた後のお話になります。」
それは、利一のこの世界における生活に関わる大きな問題であり、人生を決める道しるべとなることだ。
「ヤスヒト様には、『勇者』として、この国のために尽くして頂きたいのです。」
勇者の話は召喚の儀式の直後に、騎士から聞いたきりだったと利一は思い出していた。
「そして、トシカズ様にはその勇者の仲間の一員として一緒に戦って頂きたいのです。」
(あれ、話が違くないか?)




