第十二話 『主人公が旅をした話。』
小さな少年は変わらないものを探していた。
社会の構造、世界の本質を何一つ理解していない、その幼い精神で。
少年には分からなかった。
『なぜ人は変化を望むのか』
変わることの大切さを、少年は知らなかった。
少年は自分が持つ日常が崩れてゆく中で変化を憎むようになっていたのだ。
何も変わらないものを探すことが、少年にとっては人生の本質だった。
時が経ち変化、成長を嫌うその少年には仲間が出来た。
周りの人間関係を保とうと努力した結果だった。
それからの日常は、少年の心、精神を大きく成長させることになる。
いつしか彼は自分が『変化』したことを、心から『よかった』と思えるようになっていた。
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これは、何かの夢だろう。そうに違いない。
馬車に乗り込んだ利一は、リナティアが会話を切り出してくれるのを待っていたのだが、一向に会話は始まらなかった。
『美少女と二人きり』という利一が望んでやまないシチュエーションではあるが、相手が王女様であることは完全に予想外である。
困った最後に起こした行動は、寝るというものだった。
目覚めた利一が見たものは、まさに『人類の宝』というべきもの。
この世の全ての人間が命を懸けて守り抜くべき至宝。
絶世の美少女であるリナティアの寝顔だ。
(どれくらい寝てたんだろう?)
だんだんと意識が覚醒してきた利一は、窓の外の風景を眺める。
進んでいる道は土が踏み固められているだけのものだが、幅は十分にある。
道の向こうには深い森が広がっていて、奥まで見通すことは出来ない。
(森を切り開いて作ったにしては、広さもあるし、いい道だな。)
土地勘の無い利一には、どのくらい進んだのか分からなかったが、国の文化水準を図るための一つの指標が出来たことは収穫である。
そのうち暇になった利一は、目覚める様子の無いリナティアの寝顔を見ながら、時間を潰すことにした。
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利一が目覚めてから数十分後。
恵人の乗る馬車の方が騒がしいことに利一は気づく。
馬車の中からでは上手く把握出来ないが、どうやらあまり良い雰囲気ではないことを利一は悟った。
「リナティア様、起きてください。どうやら何か問題が起こったようです。」
利一がリナティアに声を掛けると、リナティアはすぐに目覚める。
「何が起こりましたか? 暗殺者の襲撃ですか?」
「いえ、恵人が乗っている馬車の方が急に騒がしくなりました。状況把握はこれからです。」
利一は後ろを走る馬車を確認するべく、窓を覗いた。
恵人の馬車の隣を、茶色の鱗をもっている大型犬程度の大きさをした生物が並走していた。
「あれは…土トカゲですね。群れを作るような獣ではないですが、凶暴な性格をしているので一匹でも安心は出来ません。」
肉食であることもリナティアは告げた。
応援に行きたくても、馬車が縦に並んで走っているためにそれは出来ない。
利一の乗る馬車が減速をすれば、事故の危険性がある。
それにリナティアの警護も必要だ。
現状土トカゲは、恵人の馬車に乗っているメンバーで倒さなければならなかった。
そして本来、土トカゲは弱い獣ではない。
鱗は頑丈であるし、爪や牙は鋭く、武装した騎士であっても出会いたくない猛獣に分類されるだろう。
ただ、今回に限って言えば全く問題にならない。
『聖なる光を用いて邪の化身を祓う』
恵人が呪文を詠唱すると、土トカゲの周囲に光の模様が現れる。
その模様は一瞬にして土トカゲを切り裂き、無に帰した。
何一つ残さず、綺麗に消滅させている。
(恵人がいれば、とりあえず死ぬことはないだろうな。)
感想として、そんなことを利一は思った。
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三日の旅も終わり、町に着いた。
中々に賑わっているこの町は、宗教の中心とまではいえないが、一つの観光名所として栄えている。
利一はここまでの旅路を思い出し、深い感慨にふける。
土トカゲが襲って来た後も、何度か猛獣が現れはした。
馬車を降りている間、真夜中、食事中。
しかし、どんな相手であっても恵人が一撃で仕留めてしまうので、町に着く頃には誰も気にしなくなってしまった。
哀れな獣達である。
また、リナティアと同じ馬車に乗りながら全く関係が進展しなかった利一は、夜な夜な涙で枕を濡らすことになった。
一切戦闘もしていないので、本当に良いとこなしである。
「ヤスヒトさん、後で町を見て回りませんか?」
「そうだね。せっかく三日もかけて来たんだし、目的だけ終わらせてすぐ出発っていうのも勿体ない」
もう一方の馬車では、それなりに親睦も深まったらしく、特にルフナは恵人と実に仲良く話している。
蛇足だが、利一には必要最低限にしか話しかけない。
利一の枕は薄塩味になった。
「どうせなら皆で回りましょう!その方が楽しいですよ!」
そんなルフナと対照的なのがエイリだ。
誰に対しても明るい態度で接する彼女は、利一にも能動的に声をかけてくる。
「それなら午前中に物資調達を済ませておきますから、午後から全員で散策をしましょう。それまでは各人自由行動ということで。」
リボルブは、食糧やその他不足している物資の調達に出かけるていく。
「ヤスヒトさん、これから…」
ルフナは早速恵人を誘っているようだ。
その姿は、楽しんでいるようで、不思議だがどこか必死さを感じられる。
(残ったメンバーをまとめるのが俺の仕事だな)
利一がそう思い、エイリとリナティアを誘うべく部屋を見渡せば、すでにエイリの姿はなく、居るのはリナティアただ一人。
いつの間に居なくなったのかは分からなかったが、とりあえず利一はリナティアを誘って町に行くことにした。
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町に出た利一とリナティアは、アクセサリーショップや、異世界人であるために人生初体験の武器屋、剣の工房などを見て回った。
ある程度見て回った後、利一は何の気なしに公園へと進路をとっていた。
『いいムードが出来たから』などという理由はない。無意識にである。本当に。
(ここでなら、いい雰囲気作りが出来そうだな。)
利一がムードを作るのはこれからである。
公園のベンチでしばらく雑談しながら、利一は告白するために気を落ち着ける。
「リナティアさん。」
いつもは『様』づけで呼ぶ利一も、このときは『さん』づけで呼んだ。
関係者の居ない時だからこそできる行動である。
名前を呼ばれたリナティアは、少し驚いたような表情をして利一の方を向く。
「今日は、一つだけ伝えたいことがあります。」
過去との決別を決意した利一。
その顔は真剣そのもので、かつ利一が出来る範囲で最大限にカッコイイ顔だ。
利一はリナティアと初めて出会った時から考えていた『愛の告白』をしようと、勇気を振り絞り言葉を紡ぎだす。
「リナティアさん、僕は」「本当にごめんなさい!!」
最後まで言い切ることも出来ず、利一は絶句した。




