第十話 『主人公が気絶する話。』
利一が気づいた時には、空中を飛んでいるナイフの動きも、暗殺者と交戦中の恵人の動きも止まっていた。
(やばい、足がふらついてる)
魔力を使い果たした反動で、利一はその場に倒れるように座り込んだ。
ここまで、利一の体感時間で三秒である。
突然、元の速さをとりもどしたナイフは、利一の頭上すれすれを通って、背後の地面に深々と突き刺さる。
「利一さん!」
呪文によって利一の位置を把握したリナティアが、その光景を見て叫び声をあげる。
その声に気を取られた恵人に出来た一瞬の隙をついて、暗殺者は逃げる。
魔力切れにより気絶した利一は、もはや常連になった医務室へと運ばれた。
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あれは暖かい春のことだっただろうか。
「利一君て、意外と優しいんだね。」
そんな事を言ってくれたのは、利一と同じクラスの由香里さんだ。
由香里さんは、校内でも一・二を争う美少女であり、成績も優秀、スポーツも出来て、男女問わず皆から慕われていた。
自分が何をしてそんな言葉を掛けられたのかは利一には分からなかったが、当時の彼には事実・嘘に関わらず言いふらす親友が居たため、それについて利一は何の疑問も抱かない。
ただ、別の疑問は抱いたが。
「俺が優しいのは意外なのか・・・」
利一は昔から意識して人に対し優しくしようとしていたので、未だに『意外に優しい』と言われたことで、まだ自分の意識が低かったのかという疑問が湧いてきた。
由香里さんが利一の呟きを聞いて、気を悪くしたのかと焦りだす。
「いや、別に利一君が普段優しくないって言ってる訳じゃなくてね?」
由香里さんは言葉を選びながら続きを言う。
「私、同じクラスになる前、利一君には生真面目なイメージがあったんだけど、友達と居る時の利一君て一人で居る時よりも素敵だなって思ったんだ。」
「同じクラスになる前から俺のことを知ってたのか?」
利一からしてみれば、それは不思議なことだった。
この大きい学校の中で、他クラスにまで噂が流れるほど親友の認知度は高かったのだろうか?
(自分がそこまでの有名人だとすると、少しむず痒い気がする。)
「そんなの知らない人は居ないと思うよ。利一君、部活もしてないのに学校の備品使ってトレーニングしてるでしょ? あれ皆、困ってないから先生に言わないだけで、基本的に部則違反だからね。」
認知度が高いのは自分だったことに利一は驚きつつ、内心で面倒な規則があったもんだと独りごちる。
「そう言えば、なんで利一君は体を鍛えてるの?」
利一は、隠すことでもないかなと思い、話す。
「いつか金を貯めて、叶えたい夢があるんだ。きっとバイトをしたりするだろうし、多少の無理が効くよう、今の内から鍛えてるんだよ。」
「夢って、どんな夢?」
「それは…」
「彼女を作って豪遊するんだ。」
普通ならここで利一の人生は社会的な意味での終わりになるはずだが、由香里さんは顔を赤らめて、
「利一君の彼女…私じゃダメかな?」
そんなことを言った。
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(なんだ、夢か。)
目が覚めると、そこには見慣れた医務室の天井が広がっていた。
(今の夢、途中から今の自分の妄想が混じって変になってたな。)
利一はいい夢だった、と感想を言いつつ、現状把握に努める。
待機していたメイドさんにどれくらい経ったのかを聞いた利一は、自分が丸一日寝ていたことを知る。
暗殺者については全く素性が分からないままで、リナティアはそれに関することでまだ忙しいらしい。
となれば、利一に出来ることは別の問題を片づけることである。
利一にとって問題になってくるのは、『スペル=スピード』という魔法についてだ。
利一はまた魔法用の演習場へ出向くと、そこで仮説を立てては、一つ一つ検証していくという作業に入る。
利一が一人で確認出来たことは、幾つかあるが重要になってくるのは二つ。
一つ目は、この魔法が魔力可変型魔法であること。
どうやら、この魔法は利一の『速さ』と『知覚機能』を一時的に上げる魔法のようで、魔力量を一定以上増やすと段階的に速く動けるようになった。
段階的に変化するというのは、魔力が足りていなければ無駄に消費されるだけになる、ということで、かなり魔力の制御に難を強いられる。
二つ目は、持続時間が三秒である事。
これは、魔力量を増やそうと減らそうと、利一の『体感時間』に依存した数値らしく、三秒経つと高速化は解けるらしい。
ここで一つ、考えてほしいことがある。
それは、人は三秒間で何が出来るのかだ。
いくら早く動けても、利一の『体感時間』で三秒間しか続かないのでは、あまり意味がない。
この魔法は本人の視点で話せば『周りの速度を遅くする魔法』だ。
遅くすると言っても1/2倍速が限界で、十分な効果は期待出来ていない。
しかし、『周りの動きを止める』には利一の持つ魔力の全てを使い切ってしまう。
これらの理由から、この魔法は『身体能力の上昇』と言うのには、いささか使い勝手が悪かった。
(相手に知覚されないレベルに高速化出来れば、覗きに応用できるか?)
それでもどうにか使い道を考える利一は、全ての物に意味があるという心理を追い求めている、哲学者かもしれない。
さすが本作の主人公である。




