第九話 『主人公が呪文を作る話。』
ここまでの一か月で恵人と利一はそれぞれ剣術、槍術を学んできたが、これからの一か月は武術の稽古もほどほどにして、魔法を学んでいくことになった。
まあ、二人とも護身用に一般兵用の剣と槍を与えられているので、武術を修業することも可能ではあるが。
しかし、魔法の習得もそれなりに難しいようなので、二人とも基礎練習程度にしようと考えていた。
魔法は、一番大雑把な枠組みで二種類に分類される。
『威力が固定されているもの』と『威力が増減出来るもの』だ。
威力が固定されているものは、消費する魔力も一定な上に魔法の制御も簡単に行えるため、非常に扱いやすい。
しかし、魔力が残り少ない場合は不発になるなど、応用が利かないという欠点を持っている。
威力を増減出来るものは、使う魔力の量によって威力を調節する。これにより、残り魔力が少ないときにも威力が弱いながらも魔法を使うことが出来る。
いや、実際には魔力がなくとも気合で魔法を放つなど、非常に『無理』の利く魔法なのだ。
ただ、無理をすると酷い時には一週間近く魔法を使えなくなったりすることがあるため、基本的にはただの威力調節として使われている。
この魔法は、魔法の制御を補助なしで制御するという技術が必要になるので、魔力の扱いに慣れた人でないと使いこなすことは出来ない。
というわけで、本来ならば最初に魔力の使い方、次に威力固定型の魔法を学んでいくのが普通なのだが。
『光を用いて邪を祓う』
手を前へ構えた恵人の前方に、弱められた『破邪の光』が放たれる。
(本当に同じ人間なんだよな? あいつ。)
リナティアから魔力の使い方を教えてもらったのが今から一時間前である。
たった一時間で恵人は、一般人が一週間で一つ覚えられるかどうかという、威力可変型魔法を習得していた。
「素晴らしい成長スピードですね。このままいけば旅立つまでに相当な数の魔法を使えるようになりますよ!」
リナティアが恵人の魔法の習得速度を褒める。
そんな中、利一はそれを見ながら一人で呪文の開発に精を出す。
「ウイング」
していることは単純。風魔法になりそうな言葉を言い続けるだけだ。
(なんか厨二病っぽくて嫌な作業だな。)
魔法を使う時にはイメージも重要になってくるため、頭の中でどんな魔法なのかを考えながら言葉を唱える。
傍から見たなら完全に『危ない人』だろう。
この前に使った『ウインド』という魔法は威力の増減こそ出来たがその幅は少なく、また起こせる風は利一を中心とした風だけである。
最大威力で使っても、目くらまし程度の使用法しかなかった。
さらに、集中していないと利一自身も巻き込まれるのだ。
相手に隙を作れるかもしれないとはいえ、自分も巻き込まれてしまうのでは意味がないだろう。
結果、利一には新しい魔法が必要だった。
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そうして、二週間が過ぎたころの話だ。
(やったぞ! ついにやったんだ!)
利一は自室で歓喜していた。
ついにメイドの胸をがっしり掴むことに成功したのだ。
その後でメイドに『告げ口するぞ』と言われ、イジリ倒されたのは言うまでもない。
この二週間の間に、利一は呪文の開発を失敗し続けており、非常に疲れていた。
魔法を教えてくれるのはリナティアだが、利一はそもそも教えてもらっても意味がないため、実質、恵人
にリナティアはつききっりである。
そんな美少女と美少年が仲良さそうにしている、その横で、一人、孤独に、先の見えない作業をし続ける。
利一は孤独に慣れているわけでもなく、特殊な訓練で精神が超人並みなわけでもない。
そんな利一には毎日、精神疲労が溜まっていった。
そこで利一は、自分が精神疲労のために失敗しているに違いないと、その日は休むことにした。
(久しぶりに散歩でも行くかな。)
散歩とはいっても、一人で王城の外にでるのはまだ危険だというので、王城内を歩き回るだけである。
まだ透明人間だった頃に城の一部は見て回っている利一は、たとえ王城内という狭い空間の中だとしても新しい交友関係が欲しいと思い、既に知っていて、入っても問題ない部屋を回っていく。
(美人メイドさんは目の保養になりますなぁ。)
利一は、別に女性との出会いだけを求めて歩いているのではない。
断じて違う。
男に対して、多少、本当にほんの少しだけ、恐怖を覚えているだけだ。
利一が廊下を歩いていると、そこからリナティアが恵人の魔法の練習に付き添っているのが見えた。
(リナティアも大変だろうな。)
主人公は、恵人の練習にいつも付き添わなければならないリナティアを心配した。
恵人に対して僻んでなど、いない。
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恵人が長めの呪文を唱え始めた時、それは起きた。
二人のいる近くの植え込みから、一人の人間が飛び出す。
その手には、ナイフが握られていた。
「危ない!」
唯一その状況を確認出来た利一は、リナティアと恵人に向けて叫ぶ。
二人は、いきなり声を掛けられたことに動揺しながらも、身構える。
しかし、暗殺者が居るのはちょうど二人の死角になる場所だ。
(走っても間に合わない! こんな時どうすればいいんだ…)
迷っている時間はない。
そこで利一は全てを恵人の剣に託すことにした。
「恵人っ! 右後ろだ! そこを斬り飛ばせ!」
それに素早く反応した恵人は、上手く暗殺者の位置を捉えて剣を振るう。
恵人を狙っていたナイフは、恵人の剣によって弾き飛ばされた。
そして、飛んだナイフの先には、利一がいた。
恵人の全力で弾かれたナイフは、弓矢よりも速い速度で利一に飛んでくる。
とても『ウインド』では対処出来ない。
しかも利一は急に訪れた命の危険に、半分パニック状態である。
自暴自棄になった利一は、これまた運任せに呪文を唱える。
『スペル=スピード』
利一のありったけの魔力を込められた魔法が発動した。




