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第08話 敵軍の企み




 マルチェリナ軍の奇襲から数日が経ったが、アスナの複合異能に対する興奮は今だに冷めていない。今朝も、朝食時や通りすがりに声を掛けられてばかりだった。

「『豹眼』やら『プリンセス』やら……。もう、耳にタコが出来そう」

「大分お疲れのようですね。この後の取り調べ、午後に変更しますか?」

 心配そうに尋ねるフィオナに、アスナは笑いながら親指を立てる。

「大丈夫、大丈夫。予定通り、十時から始めるわ」


 アスナとフィオナは、基地内に併設された第三軍事拘留所へ来ていた。

 第三軍事拘留所は、その名の通り、自国ないし敵国の兵や下士官、将校の身柄を拘束する施設だ。特に、地方にある軍事拘留所は一時的に身柄を拘束する性格を持つため、ほとんどの場合、警察管轄の拘留所や刑務所、首都にある第一軍事拘留所へ移送される。


 拘留所内を迷うことなく進み、二人は『第一取調室』の札が掛かったドアの前に立った。

「おはようございます、スハラ大佐、フレータ中尉」

 監視役の青年が敬礼し、それに合わせて二人も敬礼した。

「取り調べの準備は既に出来ております」

「ありがとう」

 アスナはドアをノックし、返事を待たずに取調室へ入った。

 取調室には既に、六人の奇術者達が机の前に並んで座っていた。

「おはよう、奇術者の皆さん」

 アスナは六人と向かい合うように椅子に座る。

「あなた達に会うのは……五日振りかしらね。元気にしてた?」

「元気も何も……。何故、敵である我々をこんなに丁重に扱う?」

 奇術者の一人が言った。敵国の奇術者であるにも関わらず、軍事拘留所では割と良い環境で過ごしていたのだ。

「あら、不満かしら?」

 アスナは悪戯っぽく笑うと、真顔になった。

「多分、あなたは待遇の良さのことを言ってるんだろうけど……。敵国の民であるというだけで、わざわざ粗悪な監房に入ってもらうことは無いでしょ? 奇術者とは言え、同じ人間なんだから。――もちろん、奇術者としての裁きは受けてもらうけどね」

「……はぁ」

 拍子の抜けた奇術者の声。アスナの傍らに立つフィオナはそれを無言で見下ろし、アスナは小さく咳ばらいした。

「時間も無いから、さっさと始めさせてもらうけど……。まずは、どうして戦場で奇術を使ったのかを教えてもらおうかしら」

 アスナは手帳を取り出すと、奇術者達の顔を一瞥した。

「……ただ、軍に命令されただけだ」

 奇術者の一人がややぶっきらぼうに答えた。

「命令? 奇術を使えと?」

「そうだ」

 アスナは眉をひそめた。

「つまり、マルチェリナ軍は奇術による殺傷を認可したってことね?」

 すると、別の奇術者が口を開く。

「奇術を使ったから何だって言うんだ? 異能だって同じようなものじゃないか」

「奇術と異能では、周りに与える被害の度が違うじゃない」

 知ってるでしょ?とアスナは手をひらひらさせる。

「奇術発動時に出る光には未知の物質が含まれている。それが空気に放出されることによって、自然界が崩壊したり自然界に無い現象が起こったりして、自然の秩序が乱れてしまうのよ」

「どいつもこいつもそう言うけどさ、」

 また別の奇術者が言う。

「一体何の根拠があってそう言ってるんだ? ぜひとも知りたいもんだが」

「国際研究局アシュクルム支部の研究レポートは、既に国際的に公開されてるでしょう」

「研究局――特にアシュクルム支部はも軍の一部だ。その情報が正しいかは分からない」

「だから……文句があるなら、直接そっちに伝えてほしいんだけど」

「…………」

 奇術者が黙り込み、室内には時計の針の音だけが響く。

 アシュクルム中央図書館に残る文献によると、奇術が自然界に及ぼす悪影響は、約二百年前に提唱されたと言われている。アシュクルムの研究者を中心に結成されたチームによってそれが証明されると、国際的に奇術を禁止する条約『国際奇術禁止規定』が締結さた。各締結国でも独自に法を制定し、奇術に対する徹底的な取り締まりが始まったとされている。

「――話を戻しましょう」

 アスナは椅子に座り直し、奇術者の取り調べを再開した。

「先日、あなた達が使った奇術は『身体隠滅』と『変化自在』で正しい?」

 奇術者達は首を縦に振る。

「そして、どちらも自然法則『人はその外見を変えることはできない』に触れる奇術――これで良い?」

 六人が再び頷くと、アスナは手帳から顔を上げた。

「まぁ、無期懲役とまではいかないけど……奇術による殺傷だから、ある程度の刑罰は覚悟しておくことね」

「でも、敵国の兵だからと言って刑量が重くなることはないから。安心しなさい」

「……そうなのか?」

 フィオナの言葉に、奇術者達の顔が一斉に彼女のほうへ向いた。

「さっきスハラ大佐も言ったけど、敵国の兵だからといって冷遇する必要は無いってことよ。――もちろん、私達の仲間を傷付けたことは許さないけど」

 フィオナの緑色の瞳に睨まれ、六人は体を縮こまらせた。

 その後もいくつか質疑応答を繰り返すと、アスナは手帳をしまって立ち上がった。

「これで取り調べは終わりにしましょう」

「――おい、」

 フィオナがドアを開けると、奇術者の一人が二人を引き止めた。

「……何か?」

「どうせ、俺達は首都へ移送されるんだろう? その前に、言っておきたいことがある」

 アスナはフィオナと顔を見合わせ、体を奇術者のほうへ向ける。奇術者達は互いの視線を交わすと、神妙な面持ちで切り出した。

「――十一年前の、あの激戦を知っているか?」

「…………」

 アスナは思わず眉間にシワを寄せた。そんな彼女を見て、奇術者は薄笑いを浮かべる。

「この十一年間、アシュクルム軍はマルチェリナ軍にずっと勝ち続けているな。だが、だからといって調子に乗らないほうが良い」

「……何が言いたいの?」

 『破壊神の降臨』を思い出させられ、アスナは奇術者を睨みながら腕組みをした。

「マルチェリナ軍は、この十一年来の屈辱を果たすため、ある計画を実行中だ。――マルチェリナの反撃が、十一年前で終わったと思うなよ」

 アスナとその奇術者は、無言で、表情も動かさずに睨み合っていたが、アスナのほうから視線を外すと、無言のまま取調室を退出した。



「…………」

「…………」

 司令官書斎。自席に着き、取り調べについての報告書を仕上げるアスナ。司令官席とは別のテーブルで別の書類を書くフィオナ。部屋の中には、時計が秒を刻む音と二人がペンを走らせる音だけが響いている。

「スハラ大佐、」

 ペンを置き、書類を手に持ってフィオナが立ち上がった。

「官報の清書が終わりました。まだインクが乾いていないので気をつけてください」

「……ありがとう」

 アスナは書類を受け取ると、『清書済み』のラベルが貼られた箱に入れた。

「それと、今度の五大司令会議で使う書類は仕上がってますか? まだでしたら、可能な範囲で私が作りますが」

「……じゃぁ、下書きは出来ているから清書をお願い。……はい、これ」

「え? これ、違う書類ですよ?」

「……あー、ごめん、間違えた。こっちね」

「はい」

「…………」

 歯切れの悪いアスナの様子に、フィオナは渡された書類を眺めながら言った。

「やはり気になりますか? あの奇術者の台詞」

「……まぁね」

 アスナはペンを置くと、手で首を押さえながらだるそうにゆっくりと回した。

「気になるというか……ある可能性が頭に浮かんで離れないというか……」

「可能性?」

 フィオナはテーブルに書類を置いた。

「そんなはずは無いと信じたい……いえ、無いはずなんだけど……」

 アスナは顔を上げ、フィオナに悲愴な目を向けた。

「再び、『破壊神』が降臨するかもしれない……」



* * *



「なるほど、一理あるな。むしろ、可能性は大なんじゃないか?」

「仮にそれが本当だとして……何故、今までじっとしていたんでしょう?」

「災いは忘れた頃に云々(うんぬん)……ってヤツかな?」

 数日後。十一月の五大司令官会議は、アスナによるネイブドール基地の報告から始まっていた。

「でも、あの『破壊神』は、軍事裁判で死刑判決を受けたはず。死刑は執行されたのでは?」

 書類を見ながら首を傾げるユンミン。

「表向きはな。しかし、本当のところは分からない」

 ユンミンの言葉にカザンが反応する。

「あの『破壊神』の攻撃力は桁外れだったらしいからな。ただでさえ我々よりも軍事力が乏しいんだ、マルチェリナ軍にとって、それだけの戦力を失うのは避けたいだろう」

「僕もカザン少将と同意見です」

 すかさずシグレが右手を上げる。

「そもそも、自国の戦犯を自国の地で裁くなんて有り得ない話だったんです。やはり、『破壊神』が存在することは間違いないでしょう」

「そう、早くからきっぱりと言い切ってしまうのも危険な気がするがな」

 タカツキがシグレをチラッと見る。

「別の可能性も考えなければならないだろう」

「別の? ……例えば何です?」

「そうだな……。例えば、マルチェリナが研究開発を非公開にしている可能性だな。独自に『破壊神』のような人間兵器なるものを開発しているかもしれん」

 タカツキはテーブルの上で手を組んだ。

「我々アシュクルム軍も、アシュクルム中央研究所も、基本的に情報公開が原則だ。しかし、マルチェリナ国はどうもそうではないらしい。『破壊神』の正体に関しては、軍幹部でも知らない者が多いと聞いたことがある」

「……その情報はどこから仕入れたんです?」

「十数年前に、マルチェリナ軍と大きな戦闘があってな。その時に捕らえた残党兵に聞いたんだ」

 タカツキの言葉に「なるほど……」と頷きながら、シグレは書類に視線を戻した。

 少し間を開け、タカツキは顔を上げた。

「――この件については軍全体で注意深く調査、対処していかなければならない。中央軍も独自に事を進めるが、基本的にはスハラ大佐を中心に対策を練ってほしい」

「……それは、私がこの件を取り仕切るということですか?」

 アスナは首を傾げる。

「国の運命も左右しかねないこの大事、中央軍が指示を出すべきだと存じますが」

(――ただでさえ、『破壊神』に触れるのは嫌なのに。悔しいけど)

 アスナは膝の上で両手を握り締めた。

「そうかもしれないが、マルチェリナ軍の動向にいち早く反応出来るのは、やはり最西端のネイブドールなのだよ。スハラ大佐、頼むぞ」

「――了解」

 心の中でため息をつきながら、アスナは頷いた。


 その後、いつものように会議は淡々と進んだ。

「――諸君。最後になったが、ここで重大な報告がある」

 手元の書類を揃え、タカツキは重々しく口を開いた。

「軍の貴重資料庫に、何者かが侵入した」

「!」

 全員、タカツキの言葉に息を飲まずにはいられなかった。

「そんな……あんなに厳重な警備態勢が敷かれているのに」

 普段は笑みを絶やさないサイオンジも、さすがに目を見開いた。

「どういう方法を使用したのかは分からないが、名簿の収納場所が元の位置からずれていたらしい」

 そこで、とタカツキは隣に控えるキラを指差した。

「今度から、重要書類は大総統書斎で管理し、その責任者をキラ少佐に任せることにした」

「各種重要書類を見たい、あるいは借りたい方は、私にご連絡ください」

 よろしくお願いします、とキラは頭を下げた。


 会議が終わり、タカツキとキラが退出すると、用事があるというリュウ・サイオンジとリュウヤ・サイオンジが荷物をまとめ始めた。その斜め向かいの席で、シグレは腕組みしながら気難しい顔をしていた。

「……引っ掛かるなぁ」

「どうかされました?」

 カザン、ベイのティーカップに紅茶をいれていたアスナは、シグレのティーカップを持ち上げた。

「いや……無関係には思えなくてね」

「何がですか?」

「『身体蘇生』の奇術者出没の件と、今の書類庫の話だよ。――ありがとう、スハラ大佐」

 アスナからティーカップを受け取り、シグレは熱々の紅茶をすすった。

「奇術者が書類庫に侵入した、ということですか?」

「まぁ、そんな感じかな」

 アスナは席に着くと、「でも、」とシグレに顔を向ける。

「そうだとしたら……金髪男は約一週間で、グランドールから首都、首都からスメナドール、そしてハミルドールへ移動した……ということになりますよね? かなりの過酷スケジュールな気もしますが」

「うん。だから、そいつには他に仲間がいて、その仲間が書類庫に侵入した、と考えるんだよ」

「金髪男に仲間?」

 アスナは首を傾げたが、金髪男に逃げられたことを思い出し、「あっ」と声を上げた。

「金髪男に仲間がいるなら、彼が逃走する時に発生した光の説明もつきますね」

「でしょ?」

 シグレはアスナに向かって片目をつぶる。もちろん、ウインクされたアスナはその顔を赤くする。

 そんな二人のやり取りを眺めていたリュウ・サイオンジは、アスナに向かって優しい眼差しを向けた。

「スハラ大佐。『破壊神』のことで何かあったら、また連絡させていただきますから、よろしく」

「あっ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 アスナは慌てて頭を下げた。

「では皆さん、我々はこれでおいとまします。また来月お会いしましょう」

「お疲れ様でした!」

 司令官達と敬礼を交わし、サイオンジ二人組は会議場を出ていった。

「――そういえば、スハラ大佐」

「何ですか? ベイ大尉」

 アスナは、再び紅茶を注いで歩きながら返事をした。

「会議でも話題になったけど、この間の戦闘では大活躍だったんだって?」

「あ、いや……活躍だなんて、そんな」

「何てったって、『豹眼のプリンセス』の名前が付いちゃうんだもんなぁ。複合異能の習得、上手くいったんだな」

 ベイは羨ましそうにアスナを見る。実はベイも、複合異能の習得を目指したことがある一人だ。

「俺なんか、二年かけても全く進歩しなかったんだぜ? それを一年弱で完全マスターするなんて……ただ者じゃないな、スハラ大佐」

「もう、褒めたって何も出ませんよ? それに、私の複合異能はまだまだ未完成ですから……」

 ベイにベタ褒めされ、アスナは肩を竦めながら笑う。

「こらこら、スハラ大佐がかわいいからって褒めすぎるのは良くないぞ、ベイ大尉」

「やめてくださいよ、その言い方。誤解されますから」

 カザンに茶化され、ベイは苦笑すると、チラッとシグレを見た。

「……何ですか?」

「いやぁ、『瞬風のプリンス』と『豹眼のプリンセス』だろ? お似合いだなって思ってさ」

 シグレに向けられたはずのベイの言葉に、紅茶を飲んでいたアスナは勢いよくむせる。フィオナはすぐさまハンカチを取り出し、アスナに手渡した。

 まぁ、とシグレは頭を掻いた。

「何てったって姫と王子ですからね。そりゃぁ、関連付けたくなりますねぇ」

「ト、トキトウ大佐。……げほっ」

 まだむせているアスナの様子を見て、シグレは微笑んだ。

「せっかく付いた名前だからね。プリンセスに似合う男になれるように、僕も頑張らなきゃ」

「…………」

 シグレの目を見つめたまま固まるアスナ。

「……嫌かい?」

「い、いぃ嫌じゃないですっ! 嬉しいですっ」

「あはは、嬉しいか」

 顔を赤くしながらうつむくアスナを、楽しそうにからかうシグレ。先程までのシリアスな空気から一転した空気の中、二人のやり取りを一同は生暖かい眼差しで見守るのだった。





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