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第03話 謎の金髪男





「っはぁ〜、眠い……」

「書類の上に伏せないで下さい、スハラ大佐」

「そういうフレータ少尉こそ、手が止まってるよ?」

「それは、スハラ大佐を注意しているからです。書類の上に伏せてしまうと、インクが油と汗で滲んでしまいますから」

「ちょっと、その言い方、私が汗っかきみたいじゃない」

「お二方。お言葉ですが、静かにしてください」

「…………」

 五大司令官会議から一週間。ネイブドールでは特筆すべきような出来事は無かった。アスナはフィオナと部下と共に、珍しく空いた時間を溜まっていた事務作業に費やしていた。

「何も無いなら無いで嬉しいけど、逆に違和感があるっていうか、落ち着かないっていうか……」

「確かに、走り回っていないのが不思議ですよね」

 アスナのつぶやきに部下の一人が賛同する。

「何も無いことに慣れないっていうのも、何だか悲しいことですけど」

「そうね……。それだけ、武力行使が行われているわけだからね」

 その武力行使を指導するアスナは肩を竦める。

「日に日に、自分の姿が理想の軍人像から離れるようで嫌だわ……」

「私もです」

 アスナとフィオナは顔を見合わせ、ため息をつく。

 溜まっていた書類がようやく仕上がり、束を揃えたり綴じたりしている、ちょうどその時だった。

「スハラ大佐! 市街地に奇術者が出た模様です!」

 通信係が書斎に飛び込んできた。


* * *


「通信係、市街地警備係に繋いでくれる?」

「了解っ」

 書斎から司令室に駆け込んだアスナは、司令官の椅子には座らずにマイクの電源を入れた。

「こちら、ネイブドール基地司令、アスナ・スハラ。警備係、聞こえる?」

「こちら、市街地―備係――、現在、奇術―と思わ―る者と戦闘――うぁ、やめ―ろ―――っ!」

 激しい金属音が聞こえると同時に、マイクの通信が途切れてしまった。

「警備係! 市街地警備係、応答せよ!――駄目かっ」

 アスナは少し乱暴にマイクを置いた。

「スハラ大佐。第一地区警備係に援護を要請しましょう」

「そうね。フレータ少尉、要請を」

「了解」

 フィオナは補佐席から立ち上がり、通信係の元へ駆けていく。

 一旦椅子に座ると、アスナは『透視』をするために右手を顎にあてた。

 アスナの目に、噴水広場で赤い閃光を炸裂させる青年が映った。青年は閃光を投げ付けながら、駆け付けた警備係に襲い掛かっている。

「……全く。相変わらず奇術者は派手にやってくれるわね」

 アスナは再び立ち上がり、マイクの切り替えを基地内にした。

「司令官より、ネイブドール基地内全ての部署に連絡。市街地噴水広場に奇術者の男が出現。赤い光を伴う奇術を使っているため、『低温発光』の奇術者と仮断定。第一救護係、第一中隊はただちに現場へ急行。以上」

 次は、マイクを外部へと繋いだ。

「こちら、司令官アスナ・スハラ」

「こちら、特殊戦闘中隊隊長のハガワ」

「五分前、市街地に奇術者の男が出現。特殊戦闘員はただちに現場へ向かってください」

「了解っ」

 一通り指示を出すと、アスナは再び『透視』を始めた。

 アスナが指示を出してから間もなく、特殊戦闘員二十数名が市街地に到着した。警備係から既に屋内退避指示が出ていたのか、市民の姿は全く見られない。

 市街地警備係と連携し、特殊戦闘員達は見事なチームワークで奇術者を取り囲む。

「さすがね。仕事が早い」

 アスナは『透視』を続けたまま指示を出す。

「警備係、特殊戦闘員に連絡。自然法則『地球上に無い物質は造ることが出来ない』違反により、奇術者の逮捕を許可します。傷付けても、殺さないように」

「了解」

 ハガワは返事をすると、同時に手を挙げて捕獲の合図を出す。特殊戦闘員達と警備係は一斉に奇術者に取り掛かり、奇術者を取り押さえるのに成功した。

「こちら、特殊戦闘中隊隊長ハガワ。奇術者の身柄確保に成功」

「了解。お疲れ様です」

 アスナは安堵のため息を漏らし、ハガワに労いの言葉を掛ける。そして、右手を下ろして『透視』のスイッチを解除した。

「特殊戦闘中隊、第一中隊、第一救護係は今から帰還し――うわっ、何をするっ」

「ハガワ隊長!?」

 アスナはマイクに向かって大声を出す。

「……あー、今のハガワっつーの? 今、俺が殴ったから気絶してるぜ」

 スピーカーから、聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。

「誰?」

 アスナはマイクを握ったまま『透視』する。

 見えたのは、見慣れた市街地の噴水広場。先程の奇術者を取り押さえる警備係。噴水の横に倒れているハガワと、そこに駆け寄る戦闘員達。そして、噴水の縁に立ち、ハガワから奪い取ったと思われる通信機を握る金髪の男。

「みんな、俺に銃を向けてるけど……撃っても無駄だからな?」

 男は口の端をにっと吊り上げる。すると、警備係の誰かが男に向けて発砲した。

 金髪の男の脇腹から血が吹き出る。しかし、男は顔に笑みを浮かべたまま傷口に左手を当てた。

 その瞬間、男の脇腹が白い光に包まれ、何も無かったかのように流血が止まってしまった。残ったのは、よれたワイシャツに残る二つの弾痕のみ。

「な、何だ!? どうして傷が消えている?」

「不死身か?!」

 フィオナはスピーカーから流れる音声を聞きながら、アスナは『透視』で噴水広場を見つめながら、二人は同時に呟いた。

「『身体蘇生』……?」

「その通りだよ、お姉さん」

 男は通信機に向かって話し掛ける。

「『身体蘇生』を知っているなんてすごいねぇ。『身体蘇生』を使う奴は少ねぇから、その存在を知る人はほとんどいないぜ?」

「誉めてくれてありがとう」

 噴水広場の状況を見ながら、アスナは冷静に言い放つ。

「あなた、自然法則『死んだ身体の全て、或いは一部は二度と蘇らない』に違反よ。このまま逮捕されたら、どんな重い刑罰が下されることか分かってるの?」

「刑罰? 俺はそんなの怖くねぇよ。だって俺は『身体蘇生』の奇術者だから」

「でも、その体を切り刻まれたらさすがに痛いでしょ? 不死身じゃあるまいし、心臓を刺されたら一たまりもないでしょうに」

「……まぁな」

 アスナの冷静な指摘に、男は面白くなさそうな表情を浮かべた。

「ま、とりあえず、そこにいる特殊戦闘員達におとなしく捕まりなさい。話は私がじっくり聞いてあげるわ」

「へぇ、お姉さんが取り調べするんだ? んじゃぁ、どうせならお姉さんが捕まえてくんねぇかな、俺のこと」

「はぁ? 何でよ」

「理由は色々あるけど……、一番は、美人なお姉さんに会いたいからかなっ♪」

「…………」

 アスナはそのまま固まった。

(何を言ってるんだろう、この男。美人だなんて、そっちからは私の姿は見えないはずなのに)

「あれぇ、返事が無いねぇ。怖いのか? 来たくないなら来なくても良いよ。ただし、こいつらがどんなに発砲しても、俺を止めることは出来ないぜ?」

 そう言うと、男はハガワの元にいた戦闘員目掛けて発砲した。戦闘員達は一斉に伏せたが、弾は一人の肩に真っ赤な花を咲かせながら掠めた。

「っ」

 アスナは思わず奥歯を噛み締めた。

「スハラ大佐。ここは特殊戦闘員達に」

「出る」

「……は?」

「私が出る」

 『透視』をやめると、アスナは司令官席から立ち上がった。

「何を言ってるんですか? 男の挑発に乗ることになりますよ?」

「分かってる」

「分かってるって……、大佐が出て行ったら、あっちの思うままじゃありませんか!」

「思うまま? いいえ、そうじゃない」

 フィオナが押し止めようとするのを制して、アスナはコートを羽織った。

「あっちの思惑を裏切るのよ」


「…………」

 金髪男は、二人の部下を従えてやって来たアスナの姿を見るなり動きを止めた。

「何? もしかして、おとなしく捕まる気になってくれた?」

「いや……そうじゃなくて……」

 アスナを指差して、男が一言。

「あんた、本当に司令官? 俺の期待を裏切ってくれたね。背も胸も小さいじゃん」

「何ですって!?」

 アスナはすぐさま拳銃を取り出した。

「胸が小さいとか言うな、このド変態金髪野郎! あんたの趣味なんて知ったこっちゃないわ!」

「お、落ち着いて下さい、スハラ大佐」

「撃っても無駄って知ってるでしょう。おい、クロダ、大佐の拳銃を下ろさせろ」

 アスナについて来た部下が両脇から彼女を押さえる。

「へぇ。お姉さん、スハラ大佐って言うんだ」

 金髪男が長い前髪をかき上げる。

「黒の艶やかなロングヘアーに、黒い潤んだ瞳……。典型的なアシュクルム美人だね」

「……それ、誉めてんの?」

「当たり前じゃん。俺は美しい女性には優しいんだよ」

「さっき、私のことチビって言ったくせに」

 瞬間だけ口を尖らせると、アスナは手錠を取り出した。

「さぁ、美人な私にも会えたことだし。気は済んだ?」

「そうだな。一番の目的は達成されたかな。ついでに名前も聞けたし、上出来だね」

 男はふっと笑うと、今まで手に持っていた通信機を投げ捨てた。

「じゃ、そーゆーことで。またねっ」

「撃て!」

 金髪男が手を振りながら飛び上がるのと、アスナが声を張り上げるのはほぼ同時だった。

「容赦なく撃て! 奇術の発動を阻止して、空白の時間を作るな!」

 アスナはそう言うと右手を顎にあて、教会の壁を駆け登って逃げようとする金髪男に向かって左手を伸ばす。

「くそっ、生身の人間に向かってそんなに乱射――ぐぁっ!?」

 くぐもった声を上げながら、男は壁からずり落ちた。アスナの『干渉』によって作られた空気の壁に衝突したのだ。

「戦闘員!」

「言われなくてもやるっ」

 教会の上で待機していた特殊戦闘員のケイが、金髪男に向かって銃を向けながら飛び降りる。

「いってぇ!」

 骨が石にぶつかる音。ケイは金髪男を足で押さえながら、彼の額に銃口をくっつける。

「どうする、奇術者。今、この噴水広場は厳重に取り囲まれている。再び逃げてもまたこうなるぞ」

「…………」

「たとえ『身体蘇生』の奇術者でも、頭と心臓を撃たれたら死んじまうだろう?」

 ケイはニヤリと笑いながら引き金に指を掛ける。

 『狙撃』の異能者であるケイに銃を持たせたら最後、司令官の指示が何であろうと人を殺そうとする。それを熟知しているアスナはケイに「撃つな!」と叫ぼうとした。

 しかし、次の瞬間。

 噴水広場一面が青白い光に包まれ、そこにいた全員はあまりの眩しさに身動きが取れなくなってしまった。光が引いて辺りの様子が見えるようになるまで、三十秒以上は掛かった。

「――ちっ、逃げられたか」

 ケイが悔しそうに床を叩く。あまりの衝撃に座り込んでいたアスナは、誰よりも早く動き出した。

「第一中隊、第一救援係はただちに撤退。そこの奇術者の身柄は、とりあえず軍の拘置所に連れていって。市街地警備係と特殊戦闘中隊、そして私はここに残って――もういないと思うけど、逃げた奇術者を追う」

「了解っ」

 部下達が各々動きはじめると、アスナは噴水に近付いた。

「ハガワ隊長、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ。ありがとう、スハラ大佐」

 ハガワは戦闘員数名によって抱き起こされた。

「情けない隊長ですまないな……」

「情けないなんて、そんなこと無いです、ハガワ大佐」

 部下達の肩を借りながら、ゆっくりと市街地を立ち去るハガワ。後でまた話しに行くことにして、アスナは噴水の周りを歩き回る。

(今の白い光……誰が出したんだろう。光の中心が、地面じゃなくて上だった。つまり、全くの別人が奇術を使ったことになる。噴水広場の周りで屋上や屋根の上に昇りやすいのは……)

 アスナは、教会の隣にある建物の屋上を見上げた。しかし、そこは既に人影が立ち去った後だった。


* * *


「まったく……世話が焼ける男だ、お前は」

「てめぇこそ……俺は助けを呼んだ覚えはねぇぞ?」

「お前の性質(・・)を見透かしたボスの命令だ」

「……けっ」

 金髪の男ともう一人別の男が、市街地の屋根の上を飛び歩いていた。

「愚問だとは思うが、何故、退避するのにあんなにもたついた?」

「ネイブドールの司令官がかわいかったんだよ。イーグルも見ただろ? 俺、ボスみたいなボインも好きだけど、あぁいう、ちっちゃくてかわいい娘のほうが好みかなぁ♪ イーグルはどう思う?」

「…………」

 イーグルと呼ばれた男は、金髪男を思い切り睨んだ。

「そうやって女ばっかり見ているから、お前は失敗するんだ、ウルフ」

「うるせぇな。女が分からん男に言われたくねぇ」

「分からん男で悪かったな。生憎、俺はそういう性質(・・)を持ち合わせていないもんでね」

「へっ、羨ましい奴だぜ」

 金髪男――ウルフも、イーグルを睨み返した。

「でも、奴の名前を聞けたのは良かった」

「だろ?」

 ウルフはニヤッと笑う。

「名前が分かると何かと便利だしねぇ。ラブレターも書けるし」

「…………」

 もはや、イーグルは返事もしなかった。




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