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第00話 破壊神の降臨


「見えるって何よ、それ。元から知っていたんじゃないの?」


「仮に本当のことだとしても、それはそれで気味が悪いな。ハハッ」


「霊が見えるだけだったら、ただ霊感が強いだけになるけど、目の前で起きていないことが見えるなんて、ねぇ……?」


「母さん達は今から出掛けるから、留守番よろしくね」

「間違っても、外には出るんじゃないぞ? また見えたりでもしたら大変だ」



 ――あの頃は、生まれながらにして持った自分の『力』を怨んだ。

 密封された荷物の中身が見えたり、手品の仕掛けが見えたり、隣町で起きた強盗の一部始終が見えたり……自分の意志とは裏腹に、見える(・・・)

 見えたって何の良いこともない。何の役にも立たない。周囲から気味悪がられるだけ。――友人は疎か、実の親でさえも私を敬遠する。

 どうして、こんな『力』を持って生まれてきたんだろう。

 なぜ、望まないのに『見える』んだろう。

 何かが見えるたびに、私の気持ちは塞ぐ一方だった。



 部屋の隅で孤独を感じていた、九歳のある冬の日。後に『破壊神の降臨』と呼ばれるようになる大事件が起きた。


 その日の朝は、いつものように窓から自宅前の花壇を眺めていた。

 すると、長閑な風景が一変し、意思とは裏腹に見える(・・・)状態に陥り、目の前に荒れ地が広がった。何十台もの戦車を背後に従えた巨大な戦車と、その上に小さな人影。隣国であり敵国の、マルチェリナの緑色の軍服を身にまとっていた。

「進めぇーっ! 目指すは、アシュクルム国境の町、ネイブドールだ!」

 男の声が響き渡り、それに答えるように「オォーッ!」と勇ましい雄叫びが聞こえる。

 戦車の大群が迫って来て、私は衝撃を受けた。戦車の上の人影は、当時の私と同じくらい幼い少女だったのだ。目を凝らすと、その顔に表情は無く、完全に軍人の顔だった。

「どうしよう……知らせなきゃ」

 マルチェリナ軍が、自分達の町に攻めてくる。この勢いでは、敵軍の接近に気付いた時には、ネイブドールが焼き野原になってしまう。

「でも、また嘘だって言われちゃう……」

 以前、ネイブドールの隣町にマルチェリナ軍の接近を伝えたのだが、全く相手にされなかったことがある。私が報告した後、実際にマルチェリナ軍勢が国境付近に押し寄せてきたのだが、早い段階で対処出来たのは国境警備隊のお陰だということになったのだ。

 あっという間にマルチェリナ軍が国境に到達した。同時に、巨大戦車の上に立つ少女が右手を前方に伸ばす。すると、巨大戦車に備え付けられた大砲が弾丸を飛ばし、機関銃が一斉に射撃を始めた。マルチェリナ軍の進軍にいち早く気付き、ネイブドールの小分隊の戦車が大群に向かって突き進む。しかし、巨大戦車が放った弾が次々と命中する。

 嫌な予感がした。その近くには、町民の憩いの場でもある市場がある。

「やだ、みんなが……父さん達が死んじゃう!」

 耐え切れずに家を飛び出し、市場がある方へ走った。家が中心部の外れにあるとはいえ、市場は徒歩十五分の所にあった。

 市場に向かう途中で、青果店の前を逃げ惑う両親の姿が視界に飛び込んできた。その背後には、巨大戦車が従えていた別の小型戦車――。

「父さん、母さん!」

 二人が振り返ると同時に、小型戦車から火炎が放出された。

 両親が炎に包まれたところで、市場の情景が視界から消え失せた。私は、声にならない叫び声を上げながら走った。

 ――嘘だ、嘘だ! 今のは夢、わたしは夢を見たの――!

 坂を転げ落ちるように走り続け、私は市場にたどり着いた。しかし、その時には――

「……市場が無い」

 市場があった(・・・)場所は、既にマルチェリナ軍によって焼き払われていた。昔ながらの木造建築だった建物は跡形も無く焼け落ち、至る所に焦げた死体が無数に転がっていた。

 突然のしかかってきた失望感。私はその場に座り込んだ。

「…………」

 つむじ風が砂埃を巻き上げ、私の頬を撫でた。

 巨大戦車の接近に私が気付いたのは、その時だった。巨大戦車は私の目の前で速度を緩め、数十メートル手前で静止した。

 驚くことに、その戦車は無人(・・)だった。戦車の操縦士も含め、乗務員が誰もいなかったのだ。唯一の乗員と言えば、巨大戦車の上に立つ少女一人。

 少女が、表情一つ変えずに私に手の平を向ける。それに合わせ、大砲が私に照準を合わせた。

「――死ね」

 彼女の口が、そう言っているように感じた。

 ――あぁ、私は殺されるんだ。『力』を持ったが故に、罰を受けるんだ……。

 恐怖に勝る締念を感じながら、逃げるでもなく、私はそのまま少女をぼんやりと見つめた。

 大砲の先から弾が飛び出す寸前、自分の体が宙に浮くのを感じた。それとほぼ同時に、私の目の前から巨大戦車が姿を消した。

「君、大丈夫か?」

 頭上から男の声が降ってきてやっと、自分が男に抱き抱えられていることに気付いた。視線を少し右にずらすと、遠方に、標的を見失った巨大戦車の少女が混乱しているのが見えた。どうやら、私は瞬間移動でもしたらしい。

「おい、俺の声が聞こえるか?」

 再び、男の声。緊張で上手く声を出せなかった私は、何とか首を縦に振った。

 深呼吸しながら、恐る恐る男を見上げる。男は黒いマントに身を包んでいた。黒髪に黒い瞳――自分と同じアシュクルム人だった。

「そんなに怖がらなくても良い。ここまで弾は飛んで来ない」

 少女を乗せた巨大戦車が離れていくのを見ながら、男は静かに言った。

「おじさん、誰? 軍人さん?」

「その通り。よく分かったな」

 男は、私の頭を力強く撫でた。

「『透視』を使える少女がいるという話を聞いてネイブドールに来たんだが、まさかマルチェリナ軍の奇襲攻撃を喰らっているとは」

「『透視』?」

 初めて聞く単語に首を傾げると、男は私の顔を覗き込んできた。

「『透視』というのは、近い未来に起きることや遠い所で起きていることが見える力のことだよ」

 彼の『透視』の説明に、私は思わず息を呑んだ。

「噂の少女は黒髪のロングヘアーに大きな瞳だと聞いていたのだが、どうやら君のことみたいだな」

「え、わたし? た、確かに見える(・・・)けど……」

「俺達は、君のその『透視』のスキルが必要なんだ。軍の力になってくれないか?」

「わたしが必要……?」

 初めてだった。自分の『力』――『透視』というスキルが必要だと言われることが。

 しばらくの間、私は黙り込んだ。それを戸惑いと捉えたのか、「まぁ、」と男は沈黙を破った。

「急に言われても困るよな。すぐに答えが出せないのは仕方ない」

「あ、あのっ」

 自分の中で答えを出す前に、私の口が勝手に動いていた。

「わたし、さっきの攻撃で父さんも母さんも亡くして、ここにいても、見える(・・・)わたしを受け入れてくれる人はいなくて……だから、」

 私は一旦言葉を切り、男を真っ直ぐ見上げた。

「わたし、おじさん達のところに行きたい。おじさん達――軍人さんの力になりたい」

「……そうか」

 少し複雑そうな表情を浮かべたが、男は小さく微笑んだ。

「後悔はしないか? 士官学校に入ったら、後戻りは出来ないぞ」

「うん。わたし、役に立ちたいから」

「……そうか」

 男は立ち上がると、まだ腰が抜けている私に手を貸し、立ち上がらせてくれた。

「――あの、おじさんの名前は?」

「俺の名前?」

 男は歩きだそうとした足を止めた。

「俺はタカツキだ。君は?」

「わ、わたしはアスナ。アスナ・スハラです」

「アスナか。良い名前だ」

 男――タカツキは再び微笑むと、私の先に立って歩きはじめた。黒いマントが風で翻り、アシュクルムの赤紫色の軍服が見えた。




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