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終結する討議

場面切り替えの都合上短め

 そうは言ったものの、少年は憂鬱だった。それというのも現在いる5人中3人までもが議論を掻き乱す性質だからだ。その様子を見て取ったのか、アスモデウスがビールを煽りつつ声を上げる。


「そんな深刻そうな顔するなよ。話し合う事なんて「如何に人間社会に溶け込むか」って事くらいだろ? 何ヶ月かなら兎も角期間一杯やるなら半世紀近く人界に留まる事になるんだ。戸籍も持ってない人間が10年20年も家から出る事もなく生活してるなんて噂が立ったら面倒だろう」


 柔和に微笑みながらそう言う姿はソファーに横になってスルメを齧っていなければ一見して頼りになりそうであるが、実際は全くそうではない。


「というわけで、私は『フリーターで引き篭もりの息子と反抗期の娘と他所に家庭を持つ父がいる崩壊しかけの家庭をたった一人で支える健気な母親』をやりたいんだがどうだろうか」

「どういうわけだよ」


 筋道を全て外れて到達したその言葉の意図が、至極当然にまるでわからずに少年は突っ込んだ。アスモデウスはやれやれと首を振って体を起こした。


「だから、私達は人間社会に溶け込む必要があるだろ?」

「あぁ」

「それで、7人もの大人数が一つ屋根の下で暮らすのに当たって一番当たり障りの無い関係性は家族だろう」

「……まぁ、それはわかるが、だとして『母親』以外の設定は本当に必要か?」

「ちなみにあんたとベルゼは他の男との子供」

「あんたも家庭崩壊の一因になってるじゃねーか」


 アスモデウスの発言には脈絡という物が完全に欠如している。やろうという気概はあるものの、道筋を全てすっ飛ばして結果だけを先に告げてくるから聞いている側はまるで理解できないし、改めて解説されても振り回されて疲れが溜まる。合理性よりも自分の趣味や嗜好を重視するのもその一因となっている。

 話し合いの場における7人の特性を交通機関に例えるなら、アスモデウスはさしずめ人間砲台といった所であろう。初っ端から交通機関ではない。


「アスモデウス」

「ん?」


 アニメを見ていたはずのサタンが議論に参加するために態々モニターから目を離しているその姿に少年はまた嫌な予感を胸に抱く。経験からすればそれは最早予感というより予言と言っても過言ではない感覚だ。


「フリーターよりもニートがいい。俺は働かず好きな事だけしていたいのだ」

「私も同意だ。あと引き篭もりは嫌だ。外に遊びにいけない」

「まともな意見出す気がないなら黙ってろ!」


 怒鳴りながらテーブルの上の硝子の灰皿を投げつけるが、涼しい顔であっさりと受け止められる。この2人は一片たりとも建設的な意見を出さない癖、他人の言葉に乗ってそれをその場の思いつきで適当な方へ脱線しまう。基本的に逸らしたら逸らしっぱなしで本人達にも収拾がつかなくなる事もしばしばあり、交通機関で言うならばテロリストかバスジャッカーに例えられるだろう。


「そうだな、その方が面白そうだ。そうしよう」

「おぉ、有難う母君よ」

「違うぞ義弟よ、ここは『わかったらさっさと今日の小遣い出せよクソババア』と言う所だ」

「いいやあんたらは大人しく黙ってアニメでも見てる所だよ。くっだらねぇ事で話をややこしくすんな」


 そう言うとニート息子2人は思い出したようにモニターに齧りついた。基本的に少年が憔悴して諌める気が起きなくなるまで暴走を続ける事から考えれば今回の被害は軽微だったと言える。議論妨害トリオは共通して理屈ではなく感情で物を言い始めるので何を言っても効果がないのだ。

 ちなみに、残りの比較的マシな3人を同じく交通機関で言うなら『疲れて眠っている子供』、『隅っこで素知らぬ顔して縮こまっている事なかれ主義の男』、『短気で気に入らない奴を手当たり次第殴り出すチンピラ』と例えられる。他人の流れに流されるままの前者2人は無害であるし、後者は有害だが高確率でもっと有害な奴を殴り倒してくれるので重宝する。

 ちなみに、少年がそれを一度皮肉混じりに語って聞かせた時に少年に名づけられた役割は『運転手』だったが、まともに運転をさせて貰えた事は今までで一度もない。


「よし、文句はないな。じゃあお前ら今日から私の事はお母さんと呼ぶように」

「どうせ言っても聞かないからもう言わないけど、アスラさんはともかくゴルゴンのいない所で勝手にそんな珍妙な設定決めて怒られても知らねぇからな」

「大丈夫だ問題ない。いる所で決めてもどうせあいつは怒る」


 それを問題と言うのではないか、と指摘する気は起きなかった。しても堂々巡りになるのが目に見えているからだ。


「あと決めるのは……戸籍に載る名前くらいだな」

「ただでさえ珍妙な家庭って事にして悪目立ちするのが目に見えてるんだからせめて名前くらいは慎重に決めろよ。奇抜なのじゃなくてサトシだとかタカシだとか、ごく普通の名前にな」


 そう言うとアスモデウスはこくりと頷く。


「じゃあお前の名前はタカシで」

「慎重に決めろって言ったの聞こえなかった?! いや名前は確かに普通だからいいけどな?!」

「心配せずとも聞こえているさ。自分の名前はちゃんと慎重に決める」

「手前ぇこの野郎!」


 立ち上がりアスモデウスの襟を掴み上げる。アスモデウスは少年の指を一本掴み折れる寸前まで逆側に曲げ、痛みに身を竦めた所で腕を払い退け、手首を取るとそれを内側に捻りながら胸に抱きこみ床に組み伏せた。極まった肩関節を不規則に攻めたり緩めたりしながらあからさまに演技臭い儚げな表情を浮かべる。


「お母さんに手を上げるなんてお前も反抗期か孝」

「その設定もう始まってんのかよとか本人の承諾なしに孝で確定かよとか言いたい事は色々あるけどとりあえずギブ!」


 肩の痛み、というよりは抱かれた腕に柔らかい二つの肉の塊が押し付けられる気恥ずかしさに耐えられずに少年はすぐさま音を上げた。情けなさやらやるせなさやら、様々な理由から床に伏せ続ける。


「たっくん大丈夫?」

「お前まで名前……いや……うん、まぁ。もういいや、どうでも」


 少年の頭上に屈みこんで心配そうな声を上げるベルゼブブに無気力にそう返す。既に擦り切れていた少年の心は短いやり取りの中で全ての力を使い尽くしていたのだ。


「母上。どうせなら自分の名は自分で決めたいのだが」

「あぁ、どうせ書類通すには父さん(アスラ)のツテで頼まないと駄目だし夜までに考えとけば構わんぞ」

「よし、私に相応しい優雅で華麗な名前を考えておくとしようかこのクソババア」


 そんな彼の様子など目に入らぬとばかりにノリノリな連中は好き勝手に話を進めていく。まるで思うようにいかない現実の厳しさに、少年は床に額を押し付けたまま、久しぶりにその目に涙を滲ませた。

次回は新キャラ登場。名前だけ出てる2人じゃない新キャラです。

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