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凄惨なる幕開け

知り合いに急かされたのでひとまずの導入部

 世界には3つの種類がある。

 何も無い場所に生まれた原初の神が自らの住む場所として最初に生み出した天界。ここには原初の神から用途に応じて力と意志を分け与えられた神々や天使が住んでいる。

 時が経ち、力と数を増した神が己の姿に似せて作り出した人間を住まわせる為に二番目に生み出した人界。字の如く、ここには人間が住み天界は常に世が良き方向へと進むように見守っている。

 そして最後、力を得ながら神々の意志に反し神と人に仇為そうとした者達が落ち往く魔界。強大な力と絶大な悪意を持った悪魔達がひしめく、終わらない怨嗟の渦巻く魔境の地だ。

 此度、その魔界においてある祭典が行われようとしていた。

 自堕落で自己中心的な個人主義者の多い悪魔達が、今宵ばかりは身形を整え1人残さずその場に集まっている。

 総勢数万。世界ひとつの総人口としては鼻で笑われても仕方の無い数であるが、その多くが指先を軽く鳴らすだけで百万の人間を命を散らす事の出来る魔人ばかりだと知っているのならば誰もそのような事はできないだろう。

 地平にまで及ぶ大軍団。にもかかわらず、呼気さえも聞こえてくるような凛然とした静寂の中で、1人の男が壇上に上がる。黒い外套、彫りの深い顔、長く立派な黒い髭を携えたその男は、正に威厳という言葉を形にしたかのような男だ。それも当然、何故ならば、彼こそが魔界全土の一騎当億、一騎当兆の魔王、魔神達の全てを統べる大魔王なのだから。

 大魔王が宙を指で撫でると軌跡に沿って光の軌跡が浮き上がり、指を追う光が幾何学模様を描き終えると同時に衆目達の頭上に同様の光の図が現れる。口にした言葉を対象に伝える伝達魔術の陣だ。簡単な術式ではある物の、眼下数万の軍勢一団ではなく、それぞれ個別に対象にそれを行う魔力と技巧は尋常なものではない。

 大魔王が喉を鳴らす。そしてその瞳で目の前の張り詰めた糸のように緊迫とした空気に固唾を飲んでいる配下達を見据え口を開いた。


『かつて我々は天界を追われた。神々は胸に秘めたその魂に穢れがあると主張し、自らの従わぬ手の余る者共を纏めて体良く追放した』


 大魔王の口から静かに発せられたその言葉に、軍勢の最前列の一部、当時からの生え抜きである大悪魔が目を伏せる。その屈辱を思い出し握る拳から異色の血液が流れている者もいる。

 その落とされた者達の筆頭である大魔王もまた、当時を思い出すかのように一度瞳を閉じ、そしてふんと鼻を鳴らした。


『ふざけた事を抜かす。魂に浄も不浄もあるものか。魂は命の源泉。それは神から悪魔から、人から虫けらまで全てが等しく、善も悪もありはしない。違いのはただ一つ、それが放つ力のみだ。そう、奴等は我々を恐れたのだ。強大堅固な魂を持つ我々を、その己が弱さを盾に、大義名分を口実に言葉巧みに追い出した』


 大魔王が笑い声を漏らす。酷く鬱屈した陰惨な笑いを。

 その姿に衆目がざわめき出した瞬間、大魔王はかっと目を見開き、自らの描いた魔術陣に拳を叩きつける。光の陣が砕け散り、悪魔達の頭上に浮かぶ無数の陣もまた基点に連なって爆散しその音に悪魔達は身を竦ませる


「許せる道理がない! 弱者が弱者である事を盾に強者を迫害するなど狂気の沙汰! 条理に反する真なる悪行よ!」


 陣が消え去り、放たれたのは肉声だ。何の変哲もないそれは、しかし暴風と衝撃を伴い眼下の魔族の鼓膜に叩きつけられる。小細工一つ存在しないただの叫びが、むしろ配下達を戦慄させ、その身を畏怖に震わせる。


「皆の者よ、今が時だ! まずは人界を攻め滅ぼし、我等の力を示そうぞ!」


 誰とも無く、我先にと鬨が上がり始める。その身に滾らせた闘志が溢れ出すかのように魔界の一角は熱に包まれていく。

 人界を攻めるとは言っても、人間に悪魔に対抗できる力が無い以上、実質は天界との闘いだ。大魔王はあぁ言ったものの、天界と魔界の総戦力はほぼイコールであり双方が全力で闘い合えば勝負は時の運次第、どちらが勝つかは神も悪魔もわからないと言える。

 しかし、確かな事が一つある。武心に滾りタガの外れた悪魔達と、それに対抗し得る神々がぶつかり合えば、戦場になった世界は確実に塵すら残らないという事。

 要するにつまり、今この場をもって戦の勝敗に一切の関係なく、人界の滅亡は決定していた。


「大魔王様! 先遣隊からの通信が今届きました!」


 と、そこへ一人の悪魔が大魔王に向かって駆け寄ってきた。浅黒い肌と黄金の虹彩を持つ美女だ。何やら切羽詰った表情で息を切らせている姿を見て、湧き上がった空気が緊張を含んだざわめきに変わる。


「何だと?! して、何と?!」


 肩で息をつくその女悪魔が、胸に手を当て数度深呼吸をしてからその口を開く。


「それが、放送休止になっていた『魔導幼女つぶら☆マジック』はもうとっくに放送再開して、ブルーレイディスクも発売しているとの事です!」


 ……………………、と。言語では形容できない、完全無欠、古今東西に唯一と言っても差し支えの無い沈黙が辺りを包んだ。

 魔導幼女つぶら☆マジック。それはかつて人界で放送された子供向け魔法少女アニメ……の皮を被った暗黒鬼畜アニメだ。ごく普通のありふれた小学生である馬目つぶらが転校生の焼見こぶらや親友の幹ささやか、先輩魔法少女の萌なまくびに他人の命よりも自分の利益を優先する桜アンクらと共におしゃれでポップな魔法少女生活を送るのではなく、血みどろ陰惨なバトルロイヤル的生存競争に巻き込まれていくという異色深夜アニメである。放送当時高い人気を誇っていたが、天災が原因で10話で放送を休止させられていたのだ。

 ……等という事は多くの悪魔の知る事ではない上に、知ったからといってどうなる事でもない。悪魔達はただわけがわからないよとばかりに口を半開きにして呆けながら、大魔王の言葉を待つしかなかった。

 あるいは、多くの悪魔達が本日で最も注視する中、大魔王はわなわなと震えながら、その重い口をゆっくりと開いた。


「マジ? じゃ人界滅ぼしてる場合じゃねーじゃん! あ、みんな悪いけどこの話ナシって事で」


 大魔王が片目を瞑って舌を出し、しゅびっと片手を上げながらそう宣言したこの日この時、この瞬間。

 巻き起こった大暴動は魔界創世以来最大規模のものだったという。









「――と、いうわけで。皆さんの任務は延期。ま、残りの期間一杯はそのまま人界でテキトーに過ごしててください」

「っざけんなーーー!」


 電話の向こうで軽ーく発せられたその言葉に、人界侵攻作戦、前線指揮官を任せられたその悪魔は激昂しながら受話器を床に叩き付けた。


「ちょっとそんなにカッカしないで落ち着いてくださいよ」

「五月蝿ぇー! これが落ち着いていられるか! 何だアニメが放送したからやめますって!」


 自分で投げ捨てた受話器を乱暴に拾い上げながら通話口に向かって息を荒げて怒鳴りつけるのは、十代半ばの少年の姿をした男だ。人界に潜り込むに当たって人の姿を取っているものの、その正体はれっきとした悪魔である。


「仕方ないじゃないですか。魔界はテレビの電波が届くのが2ヶ月遅れだし、ネットも繋がらないから放送再開したのなんて気付けないんですよ」

「俺が言ってるのはそー言うことじゃなないんだよ! そもそもアニメが放送休止したくらいで人界滅ぼそうとするのがどうかしてるっつってんだよ! ここ数ヶ月の俺の苦労は全部アニメが原因か! ふざけんな!」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「言われてたら是が非でも断ってたわ!」

「てへっ」

「棒読みで言うな! いや情感溢れてても絶対に許さんけどな!」


 受話器から響く溜め息と舌打ち。少年悪魔の指に力が篭りぴきぴきとプラスチック製のそれに皹が入る。


「まぁいいじゃないですか。アニメに人生振り回された悪魔とか、中々居ないですよ。レアモンスターじゃないですか。ヒューおめでとう」

「こんのアマぁぁぁ……」

「まぁ落ち着けアブ」


 その受話器が真っ二つに圧し折れる寸前、少年悪魔の背後から声と共にすっと手が伸び、その受話器を奪い去る。


「了解した。まぁテキトーにやっておくさ」

「はい、では次の定期報告で」

「あ、ちょっ」


 アブと呼ばれた少年悪魔が振り返り受話器を奪い返すが、それを耳に当てても聞こえるのは規則的な電子音だけだ。向こうで切られたらしい。ぷるぷると肩を怒りに震わせ、一転して消沈したように深く溜め息をつき、少年悪魔はその人物を見る。厚手のセーターでも主張を抑えきれぬ豊満なバストを支えるかのようにその下で腕を組み、薄桃色の紅を塗った唇に煙草を咥えた三十路少し手前の妙齢の美女がにやにやと薄笑いを浮かべて少年を見返している。


「今更秘書に文句言った所であのおっちゃんが意見翻すわけないだろ。だったら今からどうするかを考えたほうがいくらか利口ってもんだよアブ」

「……俺の名前はどう略してもアブにはならないんだが」

「あれ、そうだっけ? えぇと確かあるあるだかアリアリだかそんな名前だったよな。……ムハマド・アブドゥル?」

「アルアレドアル=エストハルだ」


 女が悔しそうな顔でぱちんと指を鳴らす。


「惜しいっ」

「惜しくない! もういいよ覚えられないなら無理して呼ぼうとしなくても!」

「そう? いやー悪いな」


 そう、全く悪く思ってなさそうな顔でぽりぽりと後頭部を掻いているその女から視線を切って溜め息をつく。たしかに少年の名前はこの面子に囲まれた中では覚え辛いかもしれない。それでも何ヶ月も共に居ながら誰一人としてまともに名前を覚えてくれる人物が居ないというのは少しばかり少年を落ち込ませた。


「だいたい、あんたは知ってたんだろこのクッソくだらねぇ動機。この作戦最初に話が行ったのはあんたにだって聞いたぞ。実際俺を指名したのもあの腐れ秘書とあんただった」

「ん、まぁな」


 そう言いながら女は紫煙をふっと吐き出した。煙草が揺れた拍子に長く連なった灰が折れ、それを床に落ちる前に少年が掴み、女が遅れて取り出した携帯灰皿にそれを落としてぎろりと睨む。


「そもそもあんた、何で俺を選んだ。腐れ秘書(あのバカ)とは顔見知りだったからまだ解るけど、人の名前も覚えてないあんたに目を付けられる覚えはないぜ。アスモデウス」


 閉じた携帯灰皿を投げ返す。女……人界においてもその名の伝わるソロモン72柱が1柱の大悪魔は短くなった煙草を素手で握り潰しその中に押し込んで懐に仕舞う。


「何の理由も無いって事はないけど、まぁ大した理由じゃないさ。書類見て、あの子(秘書)の話を聞いてあんたが1番いいなって思っただけ。逆に聞くけどあんたはどうしてだと思う? 本当に何の心当たりもない?」


 その妖しげな色香の漂う紫玉の瞳を睨みつけてくる少年の視線に絡ませ、懐から新しい煙草を取り出しながらそう尋ねた。少年は少しばかり直視し難いそれにやや顔を赤くし、視線を外す。


「どうせ『こいつは悪魔の癖に妙に真面目だからからかって遊ぶのが面白そうだ』とか言われて乗ったんだろ」

「ぷっ、あはは」


 照れを悟られまいと口にした冗談に、取り出した煙草を咥えながらアスモデウスが笑った。火をつけようとライターのホイールを二度、三度指で弾く。

 耳に届くその音に少年はふと疑問を呈する。風の吹く屋外でもあるまいに、煙草一本灯すのに何を梃子摺っているのか。

 都合七度目のその音を聞きながら視線を戻し、アスモデウスの口元を見て瞬時に疑問は氷解した。成程、それは梃子摺るはずだ。だって煙草が反対になってるもの。

 八度ホイールを弾くと、少年の不審そうに向ける視線に気付き、逆に咥えた火のつかない煙草を咥えたままばっと背後に振り返った。まるで額を伝う冷や汗を悟られたくないかのように。


「さ、さぁ速く皆の所へ行くぞぉう」


 そして、何故かどもりながら異様にきびきびとそっちに向かって歩き出した。少年はその反応についていけず、ぽつりと取り残される。


「……え? ちょ、ちょっと待てよ。何そんなに焦ってんの? 何か言えよ……え、嘘だろ、まさかちょ、ちょっと! 待てって! 待ってください! おいってば!」


 知りたくなかった余りにもあんまりな真実らしき物に、少年は縋るような声を上げながら慌ててその背中を追いかけた。

一通りの状況説明が終えるまでは大人しめ

はやく大暴れしたい

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