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混沌たる戦場

 いきなり最強格が送り込まれてくるなんて一体食事中の世間話でどんな事を話したのか、と胸の内で修一に毒づきながら考える。

 孝は戦力にならない。実力差が開きすぎて秒殺どころか瞬殺されてしまうだろう。アスモデウスはそんな無様は晒さないだろうが、流石に天界の最強格相手では分が悪い。それでも同程度の力を持った仲間と強力して叩けば危うげなく勝てるだろうが、その仲間というのが見るからに平静を欠いている。天落黒羽尊の出自を考えればそれも無理はないが、どこまで戦えるかはわからない。しかも2人は揃って他人と協調するような性質ではない事を踏まえれば最悪同士討ちもあり得るし、たとえ勝ったとしても人外同士の戦闘で人界に大きな被害が出れば天界も黙ってはいない。恐らくは全面戦争の引き金となるだろう。

 ならば逃げるか。しかし、いやに愉快げにこちらに接近してくる大天使がそれを許してくれるかはわからない。敵を見つけながら余裕綽々に歩いてくるその姿を見ると、どうあっても上手く逃げ遂せるビジョンが浮かんでこない。


『いいだろう、この期に及んでまだ隠れているつもりならば』


 結論が出せない内に、ミカエルが動いた。その衣服の下から何かを取り出そうと手を突っ込んだのを見た孝は、体を物陰に引っ込め後ろの2人に目配せをする。平静を失ったままの天落黒羽尊には通じなかったものの、アスモデウスは黙って頷いた。意識を敵に戻し、気取られぬよう静かに魔力を練り上げる。

 敵の先手を取らせ、返しの一撃を目晦ましに逃走する。受身で弱腰な策ではあるものの、これ以外にこの場を切り抜けられる方法は見つからなかった。

 息を殺して敵の動きを待つ。そんな孝達の狙いを知ってか知らずか、ミカエルはゆったりとした挙動で服の下に潜ませていたそれを取り出す。話に聞く剣か天秤でも持ち出すのかと戦々恐々としていた孝は、取り出されたそれが何を意味するのか解らずに思わず脱力した。

 ミカエルが取り出して空に翳したそれは、四角くて黒い古びた帳面だった。ミカエルは物陰の孝達……というよりも、孝達の中の1人に対して言葉を発する。


『兄さんが天界(いえ)を出る時に置いていったこの『黒羽(ブラックフェザー)ノート第二部~闇に誘われし貴公子の憂鬱~』を大声で読み上げるぞ! それでもいいのか兄さ』


 恍惚とした表情で熱く語るミカエルの上半身が音も無く孝の背後から発せられた黒い光に飲まれて倒れた。振り返って目に映ったのは、同じように背後を見るアスモデウスと顔を逸らしている天落黒羽尊の姿。


「なぁ」

「知らん」

「まだ何も言ってねぇよ。あんただろあれやったの」

「記憶にないな」

「足元に黒い羽散らばってんぞ」

「鴉でも飛んでいたのではないか」


 何故かそれを認めようとせず目を逸らし続ける天落黒羽尊から目を離し、図らずも倒してしまったミカエルの残骸に目を向ける。黒い光が覆った上半身は全て消失している上、切り口は腐肉に覆われて血ではなく膿が流れ出しており、一体何をどうすればこうなるのかといった具合の無惨さを曝け出していた。


「いいのかあれ、敵っつってもあんたの弟だったんだろ」


 そう尋ねると、色調以外は瓜二つの外見を持つ元天使の長は鼻で笑う。


「俺の家族はお前らだけだ」

「こんな状況でいい台詞言われても……」


 呆れと安堵が入り混じった溜め息を漏らそうとした、その瞬間に背後で何かの足音が響き、振り返って驚愕する。今さっき上半身を消滅させていたはずの男が、衣服を除きその体に傷一つ残さずそこに立っていた。

 幻惑等ではなく確かに死んでいた男が平然とそこに立っている事実に孝は戦慄し、同時にこの機に逃げ出す事を忘れた己の気の抜け様を恨んだ。再び辺りの空気が緊張するのを感じてごくりと唾を飲み下し。


「嗚呼、久々の兄さんの攻撃は骨身に染み入る! 物質破壊に肉体崩壊、回復阻止の呪いに加えて精神瓦解まで備えているとは何たる御褒美! 危うく天国に逝ってしまうかと思った! 二つの意味で!」


 再生したミカエルが発した言葉を聞いて、思わずいつも自宅でそうするようにずっこけた。後頭部をアスファルトに打ち付けて空を仰ぐ孝の頭上でアスモデウスが唸るような声を上げる。


「これが血筋という奴か」

「途絶えてしまえばいいのにそんな血筋」


 そう声を漏らしつつ、その血筋の片割れに目を向けた。血縁の死から復活を見届けても一言も発さずに黙っているのでどうしたのかと思えば、天落黒羽尊は6対12枚の黒い翼を背負った真の姿を曝け出して、空に掲げた両手の間に用途次第では国家壊滅規模の破壊ができそうなほどの膨大な魔力を紡ぎ上げている。


「ちょっと待て! それで何するつもりだ!」

「前方100メートル四方を空間ごと切断した後それを更に1万個に裁断して時を止め半分を次元の間に、残った分の半分を宇宙の彼方に、残った半分を海底に沈めて封印する。いかな奴であろうとこれならば再生も蘇生も復帰もできまい」

「んな大規模破壊やったら天界の奴等が総出でこっちに乗り込んでくるだろうが!」

「奴を生かしておくよりはマシだ」

「んなわけあるか!」


 孝は着々と術を完成させようとする天落黒羽尊に縋りついて止めようとする。同時に流石にその暴挙を見かねたのか、上半身裸の大天使が声を荒げた。


「おい貴様! 兄さんの御褒美の邪魔をするな!」

「そっちかよ! 働け人界の守護者!」


 道端に落ちていたビニール袋を丸めて天落黒羽尊の口に突っ込みながらそう叫ぶが、ミカエルはそれを不敵に鼻で笑い、鋭い視線を孝に向けた。


「馬鹿な事を言うな。私は働かないで自分の好きな事だけしていたいのだ」

「死ねこの腐れ似た者兄弟が!」

「それほどでもない」


 罵倒を褒められたと勘違いしたミカエルが照れたように笑う。味方だけでなく敵までもがろくに言葉の通じない相手である事に孝の瞳に涙がこみ上げた。その隙を突かれ、天落黒羽尊が孝の鳩尾に膝を突っ込む。衝撃と息苦しさに思わず手を離した隙に口に詰め込んだビニールを吐き捨て一息に呪文を完成させた。

 両手に掲げた魔力球が世界を蝕み食い殺すような煌々とした黒い光を放ち始める。身を挺して止めようとする孝の腕をすり抜け、跳躍する。


「くたばれ見知らぬ他人!」


 背負った黒い翼を羽ばたかせながら闇夜に舞う。そのおぞましく美しい姿に、孝は勝利と破滅を確信しかけたその瞬間、天落黒羽尊が背にしているマンションの屋上から何かが飛び降りたのを見て、その確信が霧消する。

 魔力球が世界を軋ませる異音を放ち始める。迸る黒い光で空に皹割れが走り世界を挫く力が発現されるその一瞬手前、空から落ちてきた何かが天落黒羽尊の後頭部を叩き割る。人間1人が自然落下する位置エネルギーを全て叩きつけられて意識を失ったのか、天落黒羽尊が蓄えていた魔力球が制御を失って爆発、空中の二つの人影を飲み込んだだけでは飽き足らずマンションの外壁を大きく抉りぬく。もくもくと爆煙が立ち込めるそれらを、3人は誰一人何が起こったのかわからずにぽかんと口を開けたまま見上げていた。

 ふと、立ち昇る煙から何かが落ちてきた。地面に突き刺さり血飛沫と共に嫌な音を上げたそれは、黒焦げになって痙攣している天落黒羽尊と、もう1人。体を煤に塗れさせながらも、それを緩衝材にして無事に地面に降り立った若い男の姿だ。自然とそちらに視線が集まり、孝は思わず声にならない悲鳴を上げた。

 黒く短い髪。平凡な日本人風の顔に平凡な中世欧州風の服装と、極めて平凡ではない青いマントにゴテゴテした金の兜。それらを身に着けた少年が、天落黒羽尊の頭をカチ割った安物感漲る金メッキ装飾の剣を振り翳す。


「ついに見つけたぞ、魔王の手先!」


 闇よりも尚深い漆黒の瞳に初めて光を灯しながら、自称神によって産み出された勇者の少年は何処か嬉しそうな顔でそう叫んだ。

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