表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

降臨する白翼

スランプ気味

 時刻は21時を回る、渦押市東区工業団地。鉄と油の臭いが漂うその場所、中小企業傘下の小さな工場の中、場所とは似つかわしくない様相をした3つの人影が忍び込んでいた。

 1つは若い男。明り取りから差し込む微かな月明かりを受けて銀の髪を煌かせている、しかし上下揃った黒ジャージのせいでその凛然とした美しさを台無しにしていながらすまし顔をしている青年だ。

 1人は若い女。光を避け、暗がりの中で鉄骨に腰を下ろし組んだ足の上に頬杖を付く。暗がりの中でほぼ完全に姿を隠しているのは、恐らく彼女が侵入者であるからではなく、右手に隠し持ったワンカップの瓶とやや赤く染まった顔に気付かれないようにであろう。

 そして、もう1人。若い女と同じく暗がりで、しかし同席する2人に背を向けて地べたに体育座りをしているのは2人よりも尚若い、学生ほどの年頃の少年だった。凄まじい勢いで気落ちするその少年は、言わずもがな中山孝である。

 30分前、工場に辿りついてからまるで変わらぬ調子のその背中を眺めながらアスモデウスと天落黒羽尊は各々溜め息を漏らす。


「一体どうしたのだあいつは」

「さぁ。何か嫌な事でもあったんだろう」

「ならば一人で抱え込んでないで誰かに相談すればよかろうに」

「全く持ってその通りだな」

「「はっはっは」」


 身を隠しているというのに陽気に笑う二人に対し、静かにしろとも相談できる相手がいれば苦労せんわとも言い返せないほどに孝はすっかりと疲れきっていた。唯一まともだと思っていた人物が軽く敵方に情報を漏らしてしまうような人物だった事に(なまじ信頼していた分、他の見限っていた連中よりも余計に)深くダメージを負ったのだ。


「しかし暇だな。何も起こらんではないか」

「むしろ遅れを取ったかな。やる事済ませてさっさと帰ったか、それとも……あー、腹が減って頭が回らない。孝、ちょっとコンビニでつまみ……じゃない、夜食でも買ってきてくれ。スルメとチーズでいいぞ」

「ならついでに今週のジャンプが早売りしているようであれば一緒に買ってきてくれ。冨楡はまだ頑張っているのだろうか」


 そんな孝の様子にもまるで気を遣わずに自身の要求をのたまう2人も、普段ならば手近な瓦礫を投げつける所にも関わらずまるで腹が立たない。通常の健常な精神活動というのは十分な体力があって初めて成り立つのだと、どこか心の奥底で感心するばかりであった。

 半ば精神を眠らせていっそ体も寝てしまおうかと投げやりに思考していた孝だったが、その瞬間に体に突き刺さった清浄な気のせいで強引に意識が覚醒する。疲労や反骨心のような些細な理屈は全て置き去りに、気付けば体は起き上がり、首はそちらの方向を向いていた。それまで軽口を叩いていたアスモデウスと天落黒羽尊の2人も、同様にそちらを見ている。

 3人の視界の先にあるのは煤けた工場の壁面だが、その意識はその向こう側にある強烈な存在感に向けられている。恐らくはそこにいるであろうそれを中心に、四方八方無作為に撒き散らされる凄絶なる我意。敵意や殺気などではなく、ただ我有と声高に叫んでいる。

 こちらの事を気付かれているわけではあるまい。いや、あるいは何かがいる事自体は気付いているが、居場所までは突き止められてはいない。それなら態々、自分の存在を誇示したまま一点で動かず座して待つよりもこちらに向かってくるはずだ。そうでないならば、その意図はまず間違いなく。


「誘ってるな」


 同意見に辿りついたアスモデウスはそう呟きながら手に持っていた瓶を適当な場所に放り捨てて立ち上がり、孝の方に向き直る。遊びの色が消えじっと見つめてくるその眼差しは、どう出るべきかと孝に問いかけていた。

 孝は天落黒羽尊を見た。何か思う所があるのか、孝に背を向け依然その気配の方を眺め続けており、話に口を挟んでくる様子はなさそうだ。何を考えているかは解らないが、判断を任されていると受け取っても問題はないだろう。その視線を追い、孝も再びそれに目を向け五感を研ぎ澄ます。

 強い。恐らく、途方も無く。

 感じる気配は一つのみ。もしかしたら巧妙に隠しているのかもしれないが、恐らくそれはないだろう。発せられるその気配の元からは、馬鹿馬鹿しいほどの自尊心に満ち満ちている。この気配の主が自己の行動に他者の介在を許すとは到底思えなかった。つまり、相手は高確率で1人。途轍もなく強いただ1人。

 孝は2人に視線を向ける。性格はさておいて、こと戦闘能力においてはこの2人を退けられる相手がいるはずはない。いるとすれば、その時は如何な策を弄してもこちらの敗北は必定なので考慮に入れる必要もない。

 細かい事はひとまずいい。まずは行くか引くか。孝は出した結論を口にする。


「たとえ罠であっても、あれが誰かは特定しておきたい。慎重に視認できる位置まで近付く、いつでもやり合える気概でいてくれ」


 暗闇の中、2人が黙って頷いた。









 2人を伴い、外に出てまずしたのは驚く事だった。空が異常なほど白く明るい。太陽でも出ているのかと空を探ってしまうほどの明るさであるが、気配の発信源であるそこに浮かぶ物が発している光は自然のそれとは違い、果てないまでに真白く続く空の不気味なまでの神々しさには眩暈すら覚える。

 これだけの怪奇現象が起こっているというのに、出歩いている人間は1人としていない。恐らくは魔性なり神性なりを持った相手にしか見えない現象なのだろう。


「一体どれだけ自分をアピールしたいんだこいつは」


 普段とは信じられないほど真面目な顔をしていたアスモデウスが、呆れかえりいつもの調子でそう口にした。油断せずに気を引き締めろと言いたいところであるが、全くの同意見であるので上手く舌が回らない。


「……とりあえず近付くぞ。伏兵に気をつけろよ。まぁ、こんなド派手な自己アピールするアホを野放しにするような奴がいたとしても、そんな慎重さ持ってるとは思えないけどな」


 返事は無かったが、同意されてるのはありありと伝わり孝は一歩を踏み出した。

 白く照らし出された夜の町を歩いていく。さくさく、気を張り詰め物陰を伝っているのが馬鹿らしくなるほどすんなりと。

 ほんの5分ほどの間に、十分に目で相手を確認できる位置までは来れてしまったが、その発光現象のせいで薄らと映る影しか確認できない。いや、微かにその影が翼を背負っているのが見えるものの、そんな物は天界の者ならば珍しくもなく、その人物を特定するに値する情報とは言えない。

 物陰から顔を出しながら、孝は悩む。恐らくは気付かれないギリギリの範囲はここまでだ。僅か一歩先には空に浮かぶ謎の人物の灼けるような濃密な気が充満している。それは最早気概で耐えれるレベルのものではなく、どれだけ気を張り詰めさせようと触れた瞬間に反応をしてしまうのは明白だ。これほど広域に自身の力を展開できる相手が、自分の領域内での挙動を見逃すとは思えない。


「……そんな、まさか」


 と、突然天落黒羽尊が掠れた声を漏らした。仄かに絶望の色調を含んだその声色に驚いて振り向けば、空に浮かぶ光源を見上げて呆然と立ち尽くしている。

 『どうかしたのか』。あるいは、『何か心当たりがあるのか』。そう問おうとした瞬間。


『見つけた』


 遠い空から、低く力強い声が響く。振り向くと同時に、天落黒羽尊を引き摺り倒すように物陰に身を隠す。

 信じられなかった。振り向いた一瞬、確かに空の人影はこちらをしっかりと見下ろしていた。近付いたとは言ってもまだ距離は100メートルほどはあるはずだ。それが、天落黒羽尊が一言か細い声を上げただけで位置まで特定するとは。


『何故今更隠れている。ようやく見つけたのだ、速く姿を見せてくれ』


 空を覆っていた白光が収まる。もうその必要がないという事だろう、空を舞っていたそいつも地面に降り立った。孝は息を呑み、一瞬後に首が飛ぶかもしれない恐怖心を押さえながらすっと顔を出して覗き込んでそいつの姿を直視した。

 一見した感想は、とにかく白く眩しい男だという事だ。闇夜の中、街灯すらない場所を歩いているというのに何故かそいつの姿だけは黒の中で浮き上がるようにありありと目に映っている。それが当たり前とでも言わんばかりのごく自然なそれは、能力等ではなく生態と言っていいだろう。あれは生物としての特性で輝いているのだ。

 改めて、そいつの外見を吟味する。白く長い髪に、白銀の瞳。それに見合うだけの端整な顔立ち。そして、その背に背負う一転の穢れもない六対十二の白き翼が目に入った瞬間、そいつの正体を理解し全身が総毛立った。

 それは天使だ。それも、ただの天使ではない。強く、美しく、神々しく。大衆の持つ天使というイメージそのものを具現したかのようなそいつの名は大天使ミカエル。全ての天使の頂点に立ち、天界でも最強格に数えられる男が、白い羽を散らしながら優雅に微笑んでいた。

シリアスバトル編開始のお知らせ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ