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倒錯した性癖

書くのが間に合わなかったので短め

 背筋にぶわっと汗が湧き上がると同時に、反射的に掴まれた腕を蹴り上げた。掴まれている部分よりやや先にある童星の手首を狙って放たれた蹴りが当たる寸前、ぱっと掴まれていた腕が離され孝の蹴りは空を切るも、蹴り抜いた勢いのまま体を反転してそいつに背を向け走り出す。頬杖ついてだらけていた男が驚き身を竦ませている横を通り抜けて加減も何も無く全力で扉を開いた。


「うぉわ?!」


 その勢いにか物音にか、壁に背を預けていたエロスが素っ頓狂な声を上げて飛び上がる。後ろ手で戸を閉め、エロスの横でしゃがみこんでいる壊滅を拾い上げ脇に抱えて再び走り出した。壊滅と、置き去りにされたエロスが何か叫んでいる気がしたがそれを聞く余裕は孝にはない。

 階段を降り玄関で靴を履いて校庭に出た。そのまま校門を目指そうとするが、その瞬間脇に抱えてる壊滅の靴を置いてきた事に気付く。取りに戻るかと一瞬足が止まり、その逡巡が孝の命運を別った。

 振り向いた孝の顔に影が差す。反射的に見上げると、影が宙に浮いていた。鳥か何かか。いや、それにしては随分と大きい。それは丁度、人が2階から飛び降りたくらいの大きさの影だ。

 まさか、と戦慄をするまで、僅か半秒ほどの間にその人影は孝の頭上を越し、校庭にある桜の木の枝を掴み、ざわざわと枝を鳴らして衝撃を殺し悠然と地面に降り立った。先程図書室に置き去りにしてきたはずの童星だ。

 童星は飛び降り際に木を掴んだ掌をぱんぱんとはたいて汚れを落とし、優しげな、やや熱を帯びた視線を孝に向ける。


「話があるって言ったのにどうして逃げるのさ」

「お前の挙動と言動を見てればそりゃ誰だって逃げるよ!」

「そんな、僕はただこの熱い思いを解って欲しいだけなのに」


 そう言いつつ、童星がゆっくりと歩み寄ってくるのと同じペースで後退りする。抱えられている体勢の関係で何も見えない壊滅は、一体何が起こっているのかと孝の脇から顔を出そうと必死になっている。ちなみに、図書室前に置いて来たエロスはその後童星に付いてきていたようで、2階のベランダから「うぉーすげーよーし」と声を上げて桜の木に飛びつき、頭から幹に激突して枝を幾つか圧し折りながら落下しその周囲の茂みに突き刺さっている。

 背丈がある分、歩幅ではこちらが勝っているはずなのに一歩一歩詰め寄られる度に何故か距離が詰められているような錯覚が孝を襲い、その胸に焦燥感が募ってゆく。人間でありながら2階から易々と飛び降りてくる身体能力は、荷物を抱えたまま振り切れるとは考え辛い。かといって壊滅を置いていくわけにもいかない。そうなれば道は一つ、追い詰められるとわかっていてもこのままひたすら逃げ続け、その挙句に捕らえられ最後は壊滅の目の前で『やられ』てしまうのだ。


「さぁ、2人でさっきの話の続きを……」

「とと、とにかく俺はお前の気持ちには応えられないからそういうのは他の……そう、そこに突き刺さってる奴とかを相手にやってくれ! お前も俺なんかよりそういう見た目がいい奴相手にしたほうが楽しいだろ! な!」


 孝は恐怖心に涙すら浮かべ、生垣に逆さに突き刺さるエロスを指差し声色を震わせながらやや最低の事を口走る。

 童星はその逆さガニマタのオブジェを数秒ほど見つめると、視線を再び孝に戻す。そして、やや怪訝な表情を浮かべながら言った。


「あの、もしかして僕が中山君の体をどうこうしようとしてるって勘違いしてない?」

「……えっ?」


 腰の引けた体を庇うように左手を前に出しがちがちと奥歯を鳴らしていた孝は、想像していた惨々を根底から覆すその言葉を聞いて呆けた声を漏らした。


「え……いやだってお前、同性愛に興味があるかって俺に……」

「うん、確かにそう言ったけど僕が聞いたのは女性同士の恋愛や性行為に興味があるかって事だから僕が男に興味があるって意味じゃないよ」


 『何言ってんだこいつ』とでも言いたそうな怪訝顔。孝はしばし状況が飲み込めず立ち尽くした後、脱力し抱えていた壊滅を地面に下ろして深く息を吐いた。そして身の危険が去った安堵感が沸々と込み上げる怒りに変わってくる頃に、茂みに突き刺さっていたエロスが不満そうな顔で近付いてくる。


「なんだよ! それじゃ薄い本が出せないだろ!」

「紛らわしいんだよ!」


 そう叫びながら放った孝の右拳がエロスの顔面に突き刺さり、エロスは再び茂みに突き刺さった。半ば八つ当たりではあるが、先程前もって忠告していたので問題はあるまい。

 内に篭った感情を発散した事により少しばかり冷静さを取り戻し、エロスの吹き飛ぶ様を涼しげに眺めていた童星に向き直る。


「それで、お前は一体何を考えて俺にそんな事を聞いたんだよ。まさか俺の顔が女同士とか好きそうに見えるから同好の士として友達になろうとかアホみたいな事言うんだったら流石にそれは勘違いだからさっさとお帰り願いたい」

「えー、女同士とか好きそうな顔ってそんなの顔でわかるわけないじゃないか。何言ってるの君、頭大丈夫? 少しは常識で物を考えなよ。何なら保健室連れてってあげようか?」

「うん、確かにお前の言う通りだけど手紙で呼び出して同性愛どうこう言う奴が常識とか腹立つから冗談でも言って欲しくない、殴りたい」

「男同士のSMは傍から見る分にはまだしも自分でやる気は起きないなぁ」

「やっぱりそっちにも興味あるんじゃねぇか」

「それはそれとして逸れた話を戻すとね」


 やり取りの中でも素知らぬ顔で笑い続けるそいつを見て、孝は目の前の温和そうな顔の男もまた他人を振り回す側の人間だと直感する。


「改めて聞くけど、君は女性同士の恋愛というのをどう思う?」

「いや……俺には理解はできないけど本人が納得してるんなら別にいいんじゃないのか?」

「そう。とりあえずは君が『同性愛なんて人間の本能に逆らう非生産的な特殊嗜好だ、そんな奴等皆ぶち殺してやるぜ!』って人じゃなくてよかったよ」

「そこまで偏見を持ってる人間は逆に少数だと思うが」

「そうとなったら話は早いね」


 そう言うと童星は何時から持っていたのか、鞄から何やらアルバムのような物を持ち出し、すっと孝に差し出してきた。それを受け取り、中を開くとそこにはこの高校の制服を着た女の写真と、その女子のプロフィールや交友関係のようなものがびっしりと書き込んであった。


「……何だこれ」


 その写真の殆どが隠し撮りのアングルである事に何やら薄ら寒いものを感じながら、向かい側で同じようにそれを覗き込んでいる童星に目を向ける。


「まぁぶっちゃけると僕は『女子が好きで女子と交際してる女の子』を相手にしか劣情を催せない性癖持ちなんで、君の妹さんに告白するにあたって妹さんの彼女を選んでもらおうかと思って」


 そう言って顔を上げ太陽の如き暖かい笑みを浮かべる童星の顔面の中心を、気付けば孝は無言のままそのアルバムの背で殴り倒した。

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