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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
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06 : 見あげた空は。2





 ハイネの夫ゼレクスン・ロウエンが来たとき、一緒にあの医師兼薬師が来た。どうやら祖父が、イチカの顔色を気にしてついでに呼んだらしい。さすが祖父だ。


「ねえ、藪医師」

「いったいどれだけわたしに喧嘩を売れば気が済むんですか。わたしは藪でもなければ医師でもありません。薬師です。どうしてそうきみは失礼なんでしょうね」


 ゼレクスンに守護石の話をしてから、ということになったので、アサリは閉め出しをくらって廊下にいる。もちろん医師も一緒だ。


「前に、イチカは力の枯渇に近い状態にあるって、言ったわよね?」

「あっさりわたしの文句を無視してくれましたね。なんて子でしょう」

「言ったわよね?」

「…………。言いましたね」

「今も、そうなの?」


 今回は扉がしっかりと閉ざされているので、イチカの様子を窺いたくても窺えない。では会話を聞こうと聞き耳を立てても、木造の家ではないので、いくら扉が木造でも厚みのせいでぼそぼそとした声しか聞こえない。それでもどうにかして様子を窺いたいのに、まったく手出しができない状態で、アサリは少し不満だ。


「ちらっと姿を見ただけではなんとも言いようがありませんよ。ですが、顔色は悪かったですね……初診のときと同じ状態でしょうか」

「イチカ、自分にはあまり力がないって言ってたの。やっぱり力の枯渇かしら?」

「どうでしょうねえ……そもそも魔導師は、ないものをあるように振る舞うことはできません。上限が決まってるんです」

「上限?」


 アサリは扉にぴったりとくっつけていた耳を離して、壁に寄りかかって腕を組んでいる医師に振り向いた。


「イチカくんが、あまり力がない、と言っても、それが力の枯渇に繋がることはありません。力が枯渇するほど使うというのは、できないことをやってのけるという意味ではありませんからね」

「じゃあ、イチカが守護石の代替えをしたのは、無理をしてまでできることじゃないってこと?」

「守護石の代替え? とんでもないですね。そんなことができるなら、今の状態が力の枯渇なんてありえませんよ」

「……そんなにすごいことなの? 守護石の代替えって」


 イチカは無理をしている。己れの身を使って守護石の代替えをしたことで、本調子ではない身体の具合を悪化させている。しかし医師は、それが医療に携わる者の見解かどうかはともかく、イチカの体調不良がそれとは関係ないという考えだ。


「守護石の仕組みはわかりませんけどね。ですが、大魔導師が発案したそれが、とんでもない仕組みだというのはわかりますよ。考えてもみてください。街を、村を、たかだか石四つが護るというその意味と、力の大きさを」


 未だ力は不安定だとはいえ、生活に馴染んできた守護石のことをそう言われて改めて考えてみると、確かに守護石というたった四つの石が街や村を護るというのは、実は難しいことなのではと思えてくる。それはとても大きな力なのだ。


「発案時から改良を重ねられて国に定着した今、その強大さを考える人は少ないでしょう。でもね、発案された当初の守護石を発動させられたのは、発案した当人たるその魔導師でもできなかったことなんです。それができたのは、今もそのときも、たったひとりなんですよ」

「ひとり……?」

「ええ。だから改良されたんです。どんな魔導師でも使えるように。それでも、ある程度『強い』とされた魔導師でなければ、守護石は発動させられません」

「……イチカが言ってたわ。高位の魔導師を呼べれば、手っ取り早いって」


 ふと、イチカとの会話を思い出す。守護石を直すために、高位の魔導師を呼びたい様子だった。


「イチカくんがそう言うなら、そうなんでしょう。でも、わたしはあの子でも守護石は直せると思いますよ。なにか事情があるんでしょう。その事情が、力の枯渇に近い状態のことなら……」


 ふむ、と医師は考え込むように唸る。しかし答えが見つからないのか、少しすると長く息を吐き出した。


「わかりませんねえ」


 そこまで溜めておいて、と思ったが、いつだってやる気のない医師の意外な情報量は、アサリにそれまで知らなかったたくさんのことを教えてくれている。


「わたしにできることは、イチカくんの体調をどうにか支えてやるくらいで、力に関してはなにもできませんしねえ……こうなってくるとなにがなんでも知りたくなりますよ、ええ」

「イチカはなにか……隠してる?」

「あの子がそういうことをしそうに見えますか?」

「……隠すというより、訊かれないから答えないだけ、かしら」

「でしょう? 訊きたいことはありますけど、どう訊けばいいものやら」


 お手上げです、と医師は肩を竦める。


「土手医師」

「……、いい加減にしましょうよね、アサリちゃん」

「気持ち悪いから呼び捨てにしてくれる?」

「それならわたしのことも、いい加減名前で呼んでくれてもいいんじゃないですか? そもそもわたしは薬師であって、医師ではないんですから」

「……わたし、あんたの名前知らないし」

「そっ……そこまでひどい子だったなんて知りませんでしたよ」


 なにか衝撃を受けた医師に、アサリは首を傾げる。

 なにせアサリも祖父母もいつだって元気なので、これまであまり医師にかかったことがない。それこそ、祖母がひどい風邪にかかったときに一度だけ、この医師には来てもらったことがあるくらいだろうか。あのときは少々、いやかなり焦ったので、医師が自己紹介していてもその名が耳に入らなかった。近くの空き家に住み着いていたのが彼だとあとから人伝てに聞いたので、それで礼を述べたくらいにして、あとはイチカが来るまで関わりもなかったのである。

 つまるところ、アサリはこの医師兼薬師の名前を、本人から聞いていない。いや、一度は聞いているのだが、アサリの中でそれは聞いたことにはならない。


「村ではいい評判の、食堂の看板娘なのに……独身の癒しなのに……」

「なによ、それ」

「そのままの意味ですよ」


 はあ、残念です。と勝手に落ち込んでくれる医師に、アサリは眉をひそめる。


「それで、あんたの名前は?」

「…………。シゼ、と呼ばれています」

「シゼ?」

「わたし、ここに住み着いてもう五年になるんですけどね。なんでわかんないですかね、きみは」


 医師兼薬師改めシゼは、どんよりとした眼をアサリに向ける。そんな目で見られても、知らなかったものは知らなかったのだから仕方ない。


「シゼがここに来たばっかりのときにお世話になったくらいで、あとはイチカが来るまで挨拶する程度だったじゃない」

「まあわたしは流れ者ですし? というかべつに好きで流れていたわけではないんですけどね? ここはいい村だったので定住地にしたんですけど、きみのそれを聞くと間違えたかなって気がしてきますよ」

「わたしのことだけで村全体を捉えないでくれる?」

「つまりは外部者からしたら、たったひとりの村人でそこの印象が決まると言うことですよ」


 言葉に詰まる。そう言われると、確かにアサリは失礼なことをシゼにしてきた気がする。だがここで謝るのもどうかと思うので、そっぽを向いた。


「あ、逃げましたね」


 と言われたが、痛くも痒くもない。それに、今回のことでは感謝しているので、その態度で相殺して欲しいところだ。


「イチカのことでは助かったと思ってるわよ。それに、この村には医師があんたしかいないし、定住地にしてくれたんなら嬉しいわ。ここ、年寄りばっかりで、病院には隣の街に行くしかないもの。本当に助かってるのよ」

「そうですねえ……ここはのんびりとしていて、わたしは好きですよ。お優しい方々ばかりで、流れてきたわたしなんかも受け入れてくださいましたしね」


 ふと、気になった。シゼは、なぜ流れてきたのだろうか、と。イチカのように、彼もまたふらりとやってきた人だ。

 シゼにそれを訊こうとしたとき、部屋の扉が開いて、祖父が出てくる。次いで大柄な、役所の人のはずなのに農夫だろうと言いたくなるゼレクスンも出てくる。どうやら話は終わったらしく、ゼレクスンはアサリとシゼに軽く頭を下げるくらいにして、足早に立ち去った。


「終わったの?」


 と、アサリは祖父に問う。祖父は頷き、シゼを見やった。


「イチ坊を診てくれ。顔色がひどい」


 シゼは無言で頷き、さっと部屋に入る。アサリも続いて、急ぎ足で部屋に入った。







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