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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【世界が始まるそのときに。】
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21 : 世界が始まるそのときに。1

*ライガ視点です。





 怖いものはなくなった、と思っていたライガは、けれども魔導力の暴走という経験をして、意に反した方向へ動く力に改めて恐怖を抱いた。自分をバケモノ扱いしない、大切にしてくれる同胞、魔導師たちを傷つけるものだったからだ。

 傷つけたくないのに、傷つけようと働くその力を、心から恐ろしいと感じた。

 だから知った。

 これは特別な力であって、特別な力ではない。万緑に協力を乞うことは、危険と紙一重だ。躊躇いを持ってはいけない。迷いを持ってはいけない。使うと決めたときに、はっきりとした意志を、万緑に届けなければならない。万緑は常に魔導師たちに協力的だけれども、常に非協力的でもあるのだ。

 この力は大切なものを傷つける。

 大切にしたいものに痛みを与える。

 そうならないためにも、ライガは魔導力と向き合い、完全な制御を持つ必要がある。


「護りたいものを、護れる力なのです」


 師であるイチカは言った。この力は恐れてはいけない、と。


「おれのこれは、大切にしたいものを、本当に護れるのか?」

「きみが大切にしたいものとはなんですか」

「……おれを真正面から受け入れてくれた人たち。魔導師は、おれに優しい」

「優しいわけではありませんよ」

「優しいぞ」

「いいえ。甘いのです」

「甘い?」


 魔導師は同胞に甘い、とイチカはよく言う。イチカがよく言うそれを、魔導師たちもよく口にする。

 自分たちは同胞に甘い、と。


「僕らのこれは、本来、万民に受け入れられるものではありません。その気持ちを魔導師は理解しています。その痛みも、その苦しみも、受ける側として理解しています。その結果、自分と同じ存在には、厳しくあれないのですよ」

「おれに優しいのは、自分と同じだから?」

「ええ。ですから、べつに優しいわけではないのです。ただその気持ちを知っているというだけのことです」


 優しくない、と言いながら、イチカはライガのために、暴走した魔導力を強制的に捩じ伏せて、ライガを助けてくれた。助けてくれたその気持ちは優しさではないのか、と問えば、自己満足でしょう、という答えが来る。


「きみは僕の弟子なのですから」

「弟子の面倒は師匠が看るものだから?」

「自己満足でしょう?」


 ライガはイチカの弟子になった。だからイチカにはその義務が発生し、ライガがどんな失態をしようとも自らの手で後始末をつけなければならない。

 師弟関係のそれはライガにもわかることだが、もともとイチカは師にはなりたくないと言っていた魔導師なだけに、イチカの判断でライガを破門にすることは容易い。今回の暴走はとくに、都合がいいはずだ。


「きみは……僕をなんだと思っているのですか」

「だってそうだろ」

「なにが、ですか」

「暴走なんて……おれ、なんでそうなったかもわかんねぇし」


 手に負えない弟子を放逐するのは、当然だ。そうイチカに言えば、半眼した師は珍しく不貞腐れたようにため息をついていた。


「魔導力を暴走させる魔導師は、確かに多くありません。ですが、経験しておいて損はないのです。身に着くことなのですから。それに、アリヤ殿下が暴走されたときのほうが、被害は甚大でしたよ」

「殿下も暴走したのか」

「無茶な力の使い方をした結果、です。僕の師が死にかけました」

「え……イチカの師匠って、あの堅氷の魔導師だろ? あの堅氷さまが、死にかけた?」

「そういう暴走もあるのです。魔導力は、人の身には過ぎたものなのですよ」

「……過ぎたもの」

「僕ら魔導師の、その力が、そうだと言われなければ受け入れられない理由は、もうわかりますね?」


 ここに来るまでライガは、親戚にすら、白い目で見られた。友だちは、ライガの力を知ると去って行った。周りのおとなたちは、ライガをバケモノ扱いした。ライガは魔導師の力だとは思わず、言われるがまま、自分は異形の者なのだと思い続けていた。


「本当は、人が持つべき力じゃ、ないのか」

「けれども、生きていくには、誰かに必要な力でもあるのです」

「魔導師は選ばれた?」

「かっこよく言えば、そうですね」

「かっこよく?」

「僕は、調整ではないか、と思っていますよ」


 魔導師が調整だと言ったイチカは、身体を休めるために座っていた寝台からゆっくりと降りると、窓辺に歩み寄っていって鍵を開けた。緩やかな風が室内に入り込み、ライガの白い髪を揺らして遊ぶ。


「ユシュベル王国周辺はとくに気候の変化が著しく、ただ人が生きていくには難しい地です。異能を授けられた始祖の王族がいなければ、この地に人が住み着くことはなかったでしょう。そして、だから魔導師という、僕らのような存在も産まれたのだと僕は思います」

「……その、調整役として?」

「万緑に人の意志は関係ありませんからね。だから僕ら魔導師は、人でありながら、人のためにも万緑のためにも在る。狭間にある魔導師は、人と万緑を調整する存在と言えるでしょう」

「それってけっきょく、選ばれたってことじゃねえ?」

「ええ、かっこよく言えばそうですよ。ですが、魔導力はいつの時代も気紛れに現われます。僕らに選ぶ権利はありませんし、また万緑も選んでいるつもりはないでしょう。ただ必要だから、必要なときに、必要なだけ魔導力は顕現するだけですよ」

「自然発生でも、選ばれたことに変わりはねぇと思うけど」

「まあ、そうですね。ですが僕は、選ばれたとは思いませんよ」

「なんで?」

「ライガは、自分が選ばれた存在だと思いますか?」


 ライガはハッと、こちらを静かに振り返ったイチカを見つめる。

 今ライガの目の前にいる魔導師は、魔導師になる前は名無しだった人だ。そしてライガも、力があると言われてここに来るまで、外見を気味悪がられるただの子どもだった。


「……必要だったから、目覚めたって感じがする」

「生きるために必要な力……ただ、それだけです」


 驕っていたかもしれない、とふと思う。

 魔導力に目覚めたことで、ライガの生活は随分と変わった。生活に不自由がなくなった。ライガを虐めるばかりであった人たちは消え、ライガに優しく接してくれる人たちに囲まれるようになって、自然に笑えるようになった。それは、自分が選ばれた存在のように思わせた。

 だが違う。

 ライガは生きるために、魔導力に縋ったようなものだ。魔導力があるおかげで、今がある。


「けっきょくのところ、自己満足なのですよ」

「それも?」

「魔導力を授からなかった僕は、きみは、どうなっていたことでしょうね」


 人のため、万緑のため、そして国のためと言いながら、自分が生きるために魔導力が必要なだけ。


「ああ……うん、ひどい生き方してたかもしんない」

「僕も、人になれず、アサリさんに出逢うこともなく、生きていたかもしれません。この力は僕に必要でした」


 自己満足とは少し違うかもしれないが、自分のためにも必要だと感じるのだから、同じことだろう。誰かのためというよりも強く感じるそれは、むしろ強欲だ。


「欲が生ずる魔導力は、だから魔導師に、唯一つしか許しを与えないのでしょう。この制限がなければ、魔導師は悪にしかならなかったと思いますよ」

「そう言われると……なるほど、調整者だな、魔導師は」

「魔導師が人として生活できるのも、僕らが魔導師でいられるのも、人の身には過ぎた力を気紛れに与えられたうえで制限されているからこそでしょう」


 イチカの言いたいことはなんとなくわかる。魔導師の力は恐れては使えない。恐れずに使うことこそが、本来の在り方だ。


「……なんかイチカ、師匠だな」

「はい?」

「諭されたし叱られた気分だ」

「……僕は、自分が師に向いていないと、思っていますよ。ですが、それは師になることになった魔導師が皆、思ってきたことです。僕に限ったことではありません。師もまた、弟子とともに成長するのです」

「おれ、イチカが師匠でよかったよ」

「それはなによりです」

「イチカには不本意かもしれねぇけど?」

「そうでもありませんよ。弟子を持つくらいには僕も魔導師らしくなったと、たまに思いますからね」


 あまり表情を動かすことのないイチカが、ふっと微笑んだ。それはライガがイチカの弟子になって、初めての、穏やかな表情だ。


「今、やっと、ちゃんとしたイチカの弟子になった気がする」

「僕は、きみが僕のもとに来たときから、師であるつもりでしたよ」


 ああ疲れた、と肩を落としたイチカには、ライガに対する呆れた様子はない。師も楽ではありませんねと言いながら寝台に戻り、億劫そうに寝そべると布団に潜り込んだ。


「ところでライガ、シュエとなにか約束をしていませんでしたか?」

「ん……ああ、その前に暴走なんてしたからな」

「シュエの企みが原因ではなかったようですね」

「企みってなんだよ」

「行ってらっしゃい」

「は?」

「今日の僕は休みなのです。アサリさんを呼びに行くついでに、そのままシュエとの約束を果たしてくるとよいでしょう」

「……つまりアサリをここに連れてこい、と」

「きみのせいで力を使い果たしてもはや気力のない師は、最愛の妻を所望します」

「あんたって……なんつぅか、イチカ、だよな」


 イチカを師らしいと思った瞬間に、これがイチカだよな、とも思った自分になんだか笑えた。

 イチカの弟子になって未だ一月足らずだが、意外にもしっかりとライガは弟子をしている。想像以上に馴染んできているこの生活は、きっと、得られるべくして天から与えられたものなどではなく、自分が欲した結果なのだろうとライガは思った。


「アサリ呼んでいいのかよ?」

「そしてしっかり叱られなさい。僕をこんな状態にしたのですから」

「いつものあんただけどな、そのやる気があるんだかないんだか」


 この人を師匠に持ってだいじょうぶだろうか、という気持ちは常に持っていてもだいじょうぶなようだ。







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