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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【世界が始まるそのときに。】
73/77

18 : 羨ましいくらいの直情。

*ライガ視点です。





「あれ、ライガひとり?」

「いつものごとく」

「はぁぁ……ああでも、そうだね。ライガ、一つ訂正しておくよ」

「訂正?」

「うちの父親は、例外だから」

「なにが」

「あからさまなのが。なにせ、十年も離れて暮らしていて、漸く一緒に暮らし始めたからね」

「ああ……まあ、仕事ってか、講義のときとか、容赦ねぇしな」


 なぜ別々に暮らしていたのだ、とシュエオンに訊ねると、答えにくいものだったのか、シュエオンは唸りながらライガの向かいにある椅子に腰かけた。


「僕も、僕の師から聞かされたことだから、詳しくはないんだけど……お父さんが、アリヤ殿下の力の器だって聞いた?」


 知らない、とライガは首を横にする。些細な質問をしたと思ったのだが、随分なものを自分は問うてしまったらしい。


「アリヤ殿下って、第一王子で、魔導師だろ?」

「だから、かな。殿下って、王子でもあるから、堅氷さまから受け継いだ魔導力を、上手く制御できないところがあるらしいんだ。王族はほら、純血の翼種族だから」

「翼がある? だからなんだよ」

「王族の異能と魔導師の力が拮抗するらしくて、水萍さまみたいに折り合いがつけられないっていうか」

「すいひょう?」

「陛下の従弟で、魔導師。今この国で、王族と魔導師の間に生まれた人は、陛下の御子五人のほかに、水萍さまがいるんだよ」

「それって……珍しいことなのか? なんか不味いわけ?」

「珍しいけど不味くはない。だって、魔導師の力は、王族の異能から派生したと言われているんだから。でも、そうだということは、王族と魔導師の間に生まれた子どもは、とても関係が濃いということにもなる」

「あー……異能と魔導力が、一つになる?」

「そんな感じ。だからね、水萍さまは折り合いをつけてひとりでどうにかできるけれど、アリヤ殿下はそれができないってこと」


 なんだかとても、とても重い。いや、これから魔導師になろうというのだから、シュエオンのこの話は聞いておかなくてはならないことだ。理解できなくても、いずれそのときは来るのだから、ここは真剣に聞いたほうがいいだろう。


「力に折り合いをつけられないから、イチカが器になった?」

「魔導力に遺伝性はないけれど、僕とお父さんみたいに、たまに、親子で魔導師になることはある。僕の師も、母親が魔導師だったらしい。だから、完全に遺伝しないわけではない。アリヤ殿下が堅氷さまの力を受け継いだのも、稀に起きる偶然、みたいなものなんだ。で、その堅氷さまだけど、きみもわかるだろう? あのひと、半端ない」

「ああ、あれなぁ……確かに、あれは半端ねぇわ」

「そこに王族の異能が混じったら、どうなると思う?」


 ふと、イチカの師だという堅氷の魔導師を脳裏に描く。雰囲気は弱そうなのだが、持っている力には威圧感のようなものがあった。そこに、目の当たりにしたことはないが、王族の異能とやらを掛け合わせたら。


「……想像したくねぇな」

「殿下の肉体は限界を超えるよ。ただでさえ異能も魔導力も、人体にはひどく負担がかかるものだ。だから僕らは錬成陣や詠唱っていう媒体を使って、負荷を軽減しているわけだし」

「おれはまだ、どれがおれに合う媒体か、わかんねぇんだけど」

「楽土さまに教わっているだろう? ということは、たぶん錬成陣がライガの媒体になると思うよ」

「なんでわかるんだよ」

「疲れているように見えないから。媒体が合わないなら、まず身体に無理がきて倒れるからね」

「……なるほど」

「苦痛はないだろ?」

「ないな」


 考えてみると、イチカを師に仰いではいるものの、実技はアノイに教えられているようなもので、そしてアノイが媒体につかう錬成陣は、ライガには性に合っている。

 こんなにあっさり媒体というものは見つかるのか、と拍子抜けだが、そんなものだとシュエオンは言うから、そんなものなのだろう。


「僕も錬成陣を媒体にする。僕の師は、詠唱破棄の呪具が媒体だ」

「師と弟子で媒体が違う?」

「大抵は同じになるけど、違うときもある。まあ、個々だね」

「ふぅん……それで、殿下の力が肉体の限界を超えるから、イチカが器に?」


 話が逸れてしまっていたので、とりあえず話題を戻す。聞いていいのか悪いのか、それはわからないけれども、ここまで聞いたからには気になってしまうものだ。


「たまたまお父さんには殿下の力を受け入れる体質にあったみたいで……まあ、一種の才能かな。そもそも堅氷さまの弟子って、それ自体が才能みたいなものだからね」

「……その弟子になったおれはどうなる」

「すごいことだね」


 このところはたまに、イチカを師事してだいじょうぶだろうか、と思うことがあるのだが、それは自分の性格に影響が及ばないか心配しているだけのことで、イチカを貶しているわけではない。


「ああでも、あの性格は許せたものではないから、その点は呆れていいからね?」


 ライガの心情が手に取るようにわかったのだろう、シュエオンが苦笑しながら「気にするな」と言ってくれる。


「そういうことだから、お父さんが殿下の力の器なのは、随分と昔からなんだ」

「イチカが王子の侍従もやってる理由はわかった。王都を離れられないっていうのも、そのせいなんだな」

「だから、お父さんはお母さんと一緒に暮らせなかったんだよ」

「で、今、漸く……ってことか」

「そういうこと。だから、魔導師みんながお父さんみたいなわけじゃないよ」


 そもそもすべての魔導師がイチカのようであったら、と考えてみて、あり得ないことくらいは想像できる。現に目の前のシュエオンも、魔導師であるがイチカとはまるで違う。


「あれは性格なわけだ」

「直情だからねぇ、お父さんは」


 羨ましいくらい直情だと思う。捻くれてしまった自覚があるライガは、もうイチカのようにはなれないだろう。


「いろいろ、あるなぁ」

「その歳にして言うことじゃないと思うけど」

「その歳って、おれもう十五だぞ」

「…………、ええっ?」


 やっぱりか、とライガはため息をついた。どうもすごい子ども扱いをされていると思っていたが、シュエオンの驚き方を見れば、どうやらそう見られていたらしいと窺うことができる。


「おい……おれがいくつに見えてたんだよ」

「僕と同じくらい……十歳くらいかと」

「…………はぁぁ」


 まさかそこまで、とがっくりだ。おまけに、シュエオンは十歳なのだろう、そちらにもライガは驚きだ。


「そういえば歳訊いてなかった……ライガ、言ったほうがいいよ。みんな、ライガのこと僕と同じくらいだと思ってるから」

「思ってるから誰も訊いてこなかったんだな」

「うん」


 断言されて身体から力が抜けた。

 認めたくはないが、ライガは自分でも、自身が相当貧弱な身体をしていることはわかっている。ずっと貧しい生活をしていたから、それも仕方ない。食事も、父母を失ってからは、一日一食という生活だった。それに文句を言える立場ではなかったし、食事があるだけまだよかったのだ。


「髪とか、肌とか、艶々してきたもんね。だいじょうぶ、これからだよ」

「そう願うよ」


 ここでは三食きちんと、アサリが食べさせてくれる。毎日温かい風呂に入って、綺麗な布団で眠ることができる。興味のあることなら、イチカがなんでも教えてくれる。魔導師のことに関係しないことまで、教えてもらえる。

 この幸福が、喜びが、今のライガを支えていた。


「おまえは、イチカをあんまり尊敬できねぇみたいだけど……悪いな、おれはイチカを尊敬するよ。あのひと、名無しだったんだろ? おれは名無しじゃなかった。ちゃんと名前を与えられて、親に愛されてた。周りの連中には嫌われてたけどな」

「……お父さんが名無しって、自分から言ったの?」

「ああ、聞いた。堅氷さまに名前もらったって、当時はそれが名前だと思ってなかったからしばらく気づかなかったって」

「……僕はべつに、お父さんを尊敬しないわけじゃない。むしろ、僕はお父さんみたいな魔導師になりたくて、魔導師になれるとわかって喜んだ」

「……そうなのか」

「だから、魔導師としてのお父さんは尊敬してる。すごく、大変だったと思うから」


 アサリを前にしたときのイチカが、その尊敬をぶち壊してくれるから残念なのだと、シュエオンは苦笑した。


「お母さんと出逢わなかったお父さんは、僕のお父さんではないからね」

「……そうだろうな」


 自分が産まれることもなかったのだから、尊敬はもちろん感謝していると笑うシュエオンは、羨ましいくらいに眩しい。

 やはり、こういう笑い方をしてくれるような存在を持てる、魔導師になりたいと思う。


「ああ、そうだ。本来の目的を言い忘れていたよ」

「は?」

「ライガ、明日は休みだろう? 用事がないなら、ちょっと僕につき合ってみないかなと思って」

「用事ってか……午前中のうちは楽土のばぁちゃんと約束あるけど」

「王宮には来るんだね? じゃあ午後、僕につき合ってよ」


 帰ってきたわけではなかったようで、シュエオンは夕食を過ごしたら師のところに戻ると言った。ライガとイチカは休みであるが、シュエオンはそういうわけではないらしい。そもそも休日制度は魔導師にはあってないようなもので、時期を見て個々で休日を得る体制となっている。シュエオンと休日が重なることは滅多にない。


「なにするんだ?」

「魔導師なら誰しも一度は通る道だね」

「はあ?」

「ちなみに、お父さんだとこれっぽっちも考えないだろうから、僕が促そうというわけ」

「……なんだよ、それ」


 少々不気味に思って顎を引けば、シュエオンはにんまりと笑った。


「憶えておいたほうがいいから、これは」


 なにかの通過儀礼を受けることになるのだろうか、それとも洗礼だろうか、とシュエオンの笑みに訝しみつつ、とりあえず明日の休日予定は埋まった。







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