11 : 変えたいと、願う気持ち。2
白い髪、蒼い瞳、それは師の面影と女王陛下の面差しが、見事に混ざった色だった。
「師の隠し子……」
「いやいや、なんで隠す必要があるんだよ。ばっちり堅氷さまと陛下の子どもでいいじゃない」
「なぜここにおられるのかわかりません」
「うん、そうだね。でもその前に、それは可能性の話であって、真実ではないと思うよ」
シュエオンと会話しながら、イチカはじっと白い髪の子どもを見つめる。珍しいわけではないのだが多くもない配色は、イチカの記憶でも師以外に持つ人はおらず、王都でさえ高齢の老人以外に見かけない。また、蒼い双眸は貴族に多く、地方でも貴族以外に青い双眸は滅多に見かけない。女王が女王なので、自由恋愛が推奨されているわが国で、庶子と思しき者が他国に比べると極端に少ないせいだ。
「ねえきみ、名前は? 僕はシュエオン・ベルテ、魔導師だ」
シュエオンが白髪の子どもにそう声をかけると、魔導師を前にして呆然としていたその子がハッとわれに返った。
「ライガ。ヴァルライガ」
「ヴァルライガ?」
「そう。あんた、魔導師? 子どもでも魔導師になれんの?」
「確かに僕は子どもだし、まだまだ勉強中だけど、魔導師だよ」
歳が近いと感じたのだろう。ヴァルライガと名乗った子どもは、シュエオンをまじまじと眺め、イチカのことも観察するように見つめてくる。
「同じ顔だ」
「ああ、こっちは僕の父親でもある魔導師だからね。認めたくないけど、忌々しいくらい顔はそっくりだよ」
「親子?」
「どういう奇遇か、ね」
「親子の魔導師なんて初めて見た。まあ、魔導師がふたりいるところも初めて見たけど。近くで見たのも、声をかけられたのも、そうだけど」
どうやら興味が湧いたらしいヴァルライガは、イチカとシュエオンを交互に見やって、にっかりと笑う。その無邪気な笑みは、イチカたち魔導師が立てた推測を否定するものであったが、残念なことにヴァルライガは視認できる至るところに生傷があって、衣服は汚れきっていた。だからこそ余計に白い髪と青い双眸が目立ち、虐げられているのだろう痕跡が痛々しい。
「ヴァルライガは、この近くに住んでるの?」
「そこの金物屋で、住み込みで働いてる」
そこ、とヴァルライガが指差した金物屋は、それなりに繁盛しているのだろう、往来が多い。ただ、ヴァルライガのような子どもが、ヴァルライガを除いて働いている様子は窺えない。
「学校には通ってないの?」
「おれ、親いねぇから。勉強より、まず食ってかなくちゃなんねぇもん。あんまり給料もらえねぇけど、飯は食わせてもらえるから」
言葉遣いからヴァルライガは男の子のようで、歳はおそらくシュエオンと同じか、一つ二つ歳下だろう。親を早くに亡くした子どもは孤児院にいて学校に通うのが常となっているが、例外もあって、ヴァルライガはその例外であるようだ。おそらくは、その真っ白な髪が原因だろう。孤児院に入ることができなかったのかもしれない。
師と女王陛下の隠し子、という線も消えてはいないが、そもそも王族であればシュエオンの言うようにわざわざ隠す必要がない。だいたいにして、師と女王陛下がわが子を手放すはずもないので、真実ではないというシュエオンの言うとおりだ。
「すごいね、もう働いてるんだ」
「すごかねぇだろ。あんただって、魔導師なら、子どもなのに働いてる」
「魔導師だっていっても、僕は修行中の身だから、学校に通ってるのと変わらないよ」
「へぇ……魔導師にも学校があるんだ」
「師がいるよ」
「そっちの魔導師さま?」
「これは父親であって師ではないよ」
「親子なんだろ?」
「たまたまこの魔導師が親なだけ」
「ふぅん」
興味深そうなヴァルライガを、イチカも興味深く見つめる。イチカには魔導師の力がわかるほどの感覚はないが、師と同じ白い髪を持つ者が、魔導師の素養を持っていないわけがないことは、なんとなくわかる。
イチカがシュエオンと組んだこの任務の終着点は、おそらくヴァルライガにあるだろう。間違いではないはずだ。現にシュエオンが、耳鳴りの気配を辿ったらヴァルライガに辿り着いているのだ。
イチカはヴァルライガに気づかれない程度に、シュエオンを促して確認を取らせた。
「……ねえ、ヴァルライガ」
「ライガでいい。おれには過ぎた名前だって言われて、ライガってしか呼ばれねぇから」
「じゃあ、ライガ。僕のことはシュエでいいよ」
「シュエ?」
「そう。ねえライガ、この辺りで最近、変な現象が起きてるって聞いたんだけど、なにか知らない?」
素直に認めるとは思えないが、とほとんど期待しないでヴァルライガに問うたのだが、これがあっさりと「ああ、それおれだ」と即座に返されて驚いた。
「ライガなの?」
「おれっていうか、おれじゃねぇかなって。変な現象って、あれだろ? 道端にいきなり大穴とか、畑の一部が枯れ果てたとか」
「そう、それ」
「おれの目の前でそうなったんだ。だから、おとなはみんな、おれがやったんだと思ってる。おれもそんな気がするから、原因はおれじゃねぇかな?」
あっさりと認めるヴァルライガは、少し気まずげに頬を掻く。この様子であれば、ヴァルライガが嘘をついている可能性はほとんどない。自分ではないかな、と言っている点でも、そういうことをしたいと思った自覚があるようなので、嘘ではないだろう。
「自分だって、あっさり僕らに言っていいの?」
「いや、だって原因がおれなら、金物屋にずっと世話になるわけにはいかねぇだろ? またいつそういうことするかわかんねぇし、それに、あんたらがおれのそれをどうにかできるってんなら、どうにかしてもらいてぇから」
素直なことは美徳であるが、素直過ぎるのもどうかと思う。
「多少の意図があってのこと……というわけですか」
「ん? なにか言った、お父さん?」
「ここではなんですし、見つけたのですから王都へ帰りましょうか」
「連れてくの?」
「そのために僕たちがここへ来たのです」
とにもかくにも、この任務の目的は不可解な現象の調査と即時解決である。原因と思しきヴァルライガには自覚もあるので、この少年は魔導師になることが決定したようなものだ。
「連れてくって……え? どうにかしてくれんじゃねぇの?」
目を真ん丸にしたヴァルライガに、ここまで深い蒼はやはり滅多に見かけないものだなと思いながら、イチカが口を開く。
「どうにかしますよ。きみは、魔導師の素養があるようですから」
「え……おれ、魔導師になれんの?」
「なるしかない、と言い方を変えましょうか。きみの目の前で起きたという現象は、間違いなくきみが原因ですからね」
「……やっぱりおれのせいだったのか」
はっきり述べられるとヴァルライガは少々落ち込んだが、魔導師になるしかない、という言葉には僅かに嬉しそうだ。この環境から脱したい、或いは今の状況をどうにか変えたい、と思っているのだろう。変わりたい、という意志があるなら、イチカが言うことはない。
「おれに、魔導師の素養があるから、魔導師になるしかねぇの?」
「ええ」
「でも、魔導師って、貴族がなるもんだろ。おれ、貴族どころか貧民街のガキなんだけど」
「関係ありません。魔導師の力はそもそも遺伝するものではありませんし、稀に先祖返りして得られることもありますが、ほとんどは万緑の気紛れ、恵みです」
「……なら、おれでも魔導師になれる?」
「なるしかない、と先ほども言いました。魔導師の力は、そうだと言われなければ、わかるものではありません。ですから断言致しましょう。きみは、魔導師の力を持っていますよ」
「ほんとに?」
疑ってみせているが、目の前で起きた現象は信じるしかなかったのか、ヴァルライガの双眸は正直に興味を示していた。
「おれのこれ、呪いかなんかじゃねぇんだな?」
「……のろい?」
「おとなが言うんだ。おれは呪われてるって。こんな外見だから」
「……わが師はきみと同じ髪の色です。わが国王陛下はきみと同じ瞳の色です。きみのそれが呪われているのなら、わが師もわが国王陛下も、呪われていることになるのですが」
珍しい配色ではあるだろうが、ない色ではない。持って産まれたものを簡単に否定してはいけない。
イチカのその思いは間違ってはいないはずだ。
呆けたヴァルライガは、少ししてハッとすると、再びイチカとシュエオンをまじまじと見やってきた。
「おれ、変じゃねえ?」
「きみの言う変がどの程度なのかわからないけど、この魔導師のほうがよっぽど変だから安心していいと思うよ」
シュエオンがなにか失礼なことを言った気もしなくはないが、大したことではないので聞き流しておく。
「そういうことですから、まあとにかく、善は急げ、王都へ帰りましょう」
「おれも行く、んだよな?」
「もちろんです。きみは魔導師になるのですから」
「……そっか、おれ、魔導師になれるのか」
「よい師に巡り合えるとよいですね」
「ああ」
にっかりと笑ったヴァルライガは、どうやら王都へ行くことにもこの地を離れることにも抵抗がないようだ。もっとも、外見のことで疎まれ続け、虐げられてきたようであるので、魔導師という未知の世界であろうとも、現状を変えたいと願う気持ちは強いだろう。
「さて、ではきみがお世話になっているという金物屋さんに、話をつけてきますか」
「あ、そういえばだいじょうぶなのか? あのひとたち、かなり話通じねぇんだけど」
「ご心配なく。僕はこれでも魔導師です」
話が通じない人たちならそれでいい。それならそれで、こちらの話も押しつけるだけである。
「と、その前に」
ヴァルライガを魔導師の卵と確定し、任務完了として王都へ連れて行く旨を、まずは魔導師団長へ報告すべく通信用の紙に内容をしたためておく。王都へ帰還してからも報告をしなければならないので、ここでの報告は至って簡素だ。
師団長から「即刻帰還せよ」という返事が即座に来ると、イチカは通信用の紙を懐に戻しながら今一度ヴァルライガを見つめる。
「……きみ」
やはり思ってしまうことがある。
「母はユゥリア、父はカヤという名ではありませんか?」
そう問うた瞬間に、シュエオンに加減のない力で腹部を殴られた。