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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【いつかきっと、きみのために。】
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10 : 変えたいと、願う気持ち。1





 明日を過ごせば休みをもらえる。

 休日がいつになく楽しみとなったのは、いつからだっただろう。


「いつにも増して嬉しそうだね、お父さん」

「……そうですか?」

「目がきらっきら。あからさま過ぎて、なんかもっと休みをあげたくなっちゃうよ」

「シュエにそんな権限があったとは知りませんでした。今度からシュエに頼むことにします」

「そんな権限ないよ、気持ちの問題だよ」


 でもね、と言った魔導師になったばかりの十歳のわが子は、ひどく目を据わらせていた。どんな顔をしても自分に似ているから、まるで鏡で自分を見ているようで少し複雑である。


「家に帰ればちゃんとお母さんはいるんだから、休みだからって力を入れていちゃつかなくてもいいんだよ。そもそも、毎日いちゃついておいて、よくもまあそこまでいちゃついていられるね」

「アサリさんを愛しているのですから、いちゃつくのは当然です」

「息子の目にはまだ毒だって、どうしてわからないかな? 僕、まだ十歳だよ? 世間一般的にまだ子どもだよ? 親の庇護が必要な歳だよ? この歳にして達観したらいけないことって、たくさんあるよね?」

「なぜ僕のアサリさんへの愛がシュエには伝わらないのでしょう」

「そこ不思議がるところじゃないからね? 思いっきり首傾げないでくれる?」


 わが息子シュエオンは口達者だ。わが妻も口は達者なほうだが、それよりもシュエオンのほうが口は回る。妻アサリを負かしているときもあるくらいだから、きっとこれは自分、イチカひとりの思い過ごしではないと思う。

 それでも、シュエオンが言っていることの半分くらい、イチカには理解できないことのほうが多い。


「わかりません……」

「は?」

「僕には学がないので、シュエの言葉がたまに理解できないのです。なぜアサリさんへの愛が伝わらないのでしょう」

「……僕、どうしてお父さんの子どもなのかな。いや、こんな親だから僕みたいな子どもなのか」

「シュエは賢いですね」


 魔導師になるため、雷雲の魔導師ロザヴィンに師事するシュエオンが、親であるイチカとアサリの手許を離れたのは四つのときだった。子どもとは成長が早いものだと誰かに聞いたが、その通りだ。あれから六年、師事したロザヴィンの教育がよかったのか、シュエオンは「寂静の魔導師」として、こうしてイチカと組む任務を請けるくらいになった。

 幼いうちは、まだまだ手許に置いて大切にしたかったが、今ではあれでよかったのだと思える。学のないイチカでは、ここまでシュエオンは育たなかった。

 わが息子ながら、まだまだであろうが、立派に育ってくれつつあって喜ばしい。


「お父さんとの会話ってこんなに疲れるものだったかな……」

「おや、疲れましたか。目的地まであと少しです、頑張ってください」

「そこだけ聞き取って違う解釈をするのがお父さんだよ」


 はあ、とシュエオンが項垂れたので、イチカはそっと頭を撫でる。見ため以外はアサリの血を濃く受け継いでいるシュエオンは、十歳にして平均身長を軽く上回っているので、口達者なところを併せると到底十歳には見えない。童顔だ、と言われるイチカには羨ましいところである。


「ところでお父さん、いえ、瞬花の魔導師さま」


 嫌がらないのでそのまま頭を撫で続けていたら、顔を引き攣らせたシュエオンがイチカを見上げてくる。今少しイチカの目線には届かないシュエオンの背だが、あと数年もしたら簡単に追い抜かれてしまいそうだ。


「なんでしょう、寂静の魔導師」

「僕らの任務は、この辺りを騒がせている現象の調査、及び現象の即時解決、で合っていますか」

「はい。西の街でその現象は、おそらく魔導師の素養がある子どもが原因ではないか、というのが魔導師団の推測です」

「お訊ねしますが……俊足を遣っていらっしゃるのは、さっさと現象を解明して奥さんといちゃつきたいがため、ですか」

「当然です」

「僕はお父さんと違って防御の力を行使するのは苦手なんだよ! 速度緩めてくれないとそろそろ困るんだけど!」


 やはり魔導師としてはまだまだであるシュエオンは、魔導師の顔など一瞬で崩し、歩くように走る速度で移動するイチカに文句を言いつつ、全力で走っている。

 疲れて当然かもしれない。

 頭を撫でてもいやがらなかったのは、振り払う気力がなかっただけかもしれない。

 それでも、先ほどまで達者に口を動かしていたのだから、これくらいは余裕だろう。


「追いつきなさい、寂静の魔導師」

「自分が現魔導師一の俊足だってわかってるっ?」

「それが僕の唯一の取り柄ですからね」

「不思議そうに首傾げるなってさっきも言ったよね!」

「それだけ口が動くのです。僕に追いつくのは造作もないでしょう」

「僕はお父さんより十八も若いからね!」


 文句を言いながら、それでもシュエオンは力を遣って歩いているイチカに走ってついてくる。もう少し速度を上げても、優秀なわが子はついてくるだろう。

 試してみようか、と思ったが、その前に目的地の街に着いたのでイチカは足を止めた。


「ここですね」

「なんで僕、お父さんと組まされたんだろ」

「なにごとも経験です。そもそもシュエ、きみは僕のことを父親だとあまり思ってないでしょう」

「むしろ僕のほうが親っぽい」

「そこはせめて友人と言ってください。……寂しいでしょうが」

「立派な親だよね、お父さんって、ほんともうウザいくらい」

「街に入りましょうか」

「お父さんこそ僕のこと息子だって思ってないよねぇ……」


 肩で軽く呼吸しているシュエオンだが、そもそも走った距離もそれほど長くはないので、あまり疲れていないのだろう。帰り道で歩く速度を上げ、どこまでついて来られるか確かめてみてもいいかもしれない。


「調書は読みましたね、シュエ」

「当然だよ。天候に変化があったわけでもないのに土砂崩れ、それまで道が確かにあったのに大穴、頑丈な建物が一瞬にして瓦解、豊作が期待されていた畑の一部が一夜にして枯れ果てた……」

「要因として?」

「楽土の魔導師さまと同じ土属性の力か、或いは植物に力を乞えるか……どちらにせよ魔導師の卵であればできなくはないね」


 魔導師としては立派に育ってくれているシュエオンは、端的な調書でも多くのことを読み取れるようになっている。この成長は本当に喜ばしい。

 とはいえ、今回の任務については考えなくても答えが明確だ。


「水萍の魔導師さまの弟子以来、久しぶりの新しい同胞か」

「そうと決まったわけではありません」

「決まったようなものだよ。最初は無意識的な力の発動かと思っていたけれど、調書に脚色がないなら、ちょっと悪意を感じるからね」

「……否定できませんね。僕も僅かな悪意を感じましたから」

「この街で虐げられているのかもしれないね」

「その可能性は高いでしょう。そうと言われなければ、魔導師の力はただのバケモノですからね」


 街に入る前で立ち止まっていたが、魔導師の官服はそれなりに目立つので、少し急ぎ気味に街へ入ってしまう。

 一見して長閑な、活気があるといえばある街は、イチカとシュエオンが派遣されるようなことが起きているとは思い難い雰囲気がある。職人が多い街なので、取引をする商人のほうが通りでは多く見られ、街を包む音は心地がいい。


「お父さん」

「はい」

「お父さんなら、わかるよね。虐げられている人が、どこに行くか」

「行くというよりも、居る、でしょうかね」


 できるだけ人目を浴びないよう、人々の視線から逃げるように街の奥へと歩を進める。王都のすぐ隣の街であるので、地図がなくても歩けることが幸いし、見当がつく場所へは迷わずに向かうことができた。シュエオンはまだ地形を憶えきれていないようだったが、迷いなく歩くイチカを疑う気はないらしく、素直に後ろをついて来た。


「さすが職人街……音がすごい」


 耳が痛いよ、と言うシュエオンに微笑み、外套の頭巾を引っ張って目深に被せてやる。魔導師の外套はそれを贈った師の趣味によっていろいろと便利な機能が付与されるので、聴覚を刺激する音を少しだが緩和させられることもあるのだ。


「よい外套をもらいましたね、シュエ」

「いいのか悪いのか、僕には判断できないよ。だって、あのローザさまが贈って寄越した外套だよ? どんな呪いが施されていることか……想像するだけでも恐ろしくて未だ確認もしてない」

「とてもよい外套ですよ。遮断の呪いなど……さすがは雷雲さまです」

「あのひとの趣味は呪具創りだからねぇ……」


 贈られてもあまり嬉しくなさそうなシュエオンだが、それでも着用しているということは師のロザヴィンをしっかりと敬愛しているのだろう。捻くれた愛情の示し方は自分やアサリではなく、自分の師に似ているなと思った。


「で? この辺りにいるの?」

「おそらく、いるでしょうね。なにか感じますか?」

「音がひどくてそれどころじゃ……ん? もしかして、この音がそうなのかな? お父さんはなにか聞こえる?」

「僕はシュエの言う音がどれか、判断できません。僕に聞こえるのは、金属が響く音や、木工の音、それから……人々の話し声、ですかね」

「そのほかに、耳鳴りはしない?」

「しませんね」


 イチカの魔導力はそれほど強くない。弱いわけでもないが、シュエオンのように細かい音まで聞き分けられるような才能はなかった。


「耳鳴りがする……なんだろう、これ」

「共鳴しているのかもしれませんね」

「共鳴? 魔導力にそんなことがあるの?」

「僕の力をシュエが把握できるように、師が弟子の力を把握できるように、それぞれが捉える感じ方で、常に共鳴は起きているようです」

「ああ、お父さんの力がわかるのは、それも共鳴しているからってこと?」

「そのようです。雷雲さまから教わりませんでしたか?」

「力の感じ方はそれぞれだとは聞いた。共鳴って言葉はローザさまから聞いたことないな」


 そういう表現もあるんだね、と言ったシュエオンが、感心したように頷く。だが、イチカも師に「そう表現するようなときがある」と教わったので、シュエオンが間違った解釈をしないように訂正しておいた。


「する、ようなときがある?」

「共鳴しているとしか思えない、らしいのです。僕には相手の力量を図れるほどの力がありませんから、断言できません」

「ふぅん……でも、うん、堅氷さまの言いたいことはわかった。もしかしたら僕が感じている耳鳴りは、魔導力の共鳴かもしれない、ということか」


 早計な判断かもしれないが、イチカよりも力が確かなシュエオンが感じたものを、イチカは否定できない。憶測でしかないにしても、シュエオンがそう感じたなら、そうだ、と言える。


「気配を辿れますか?」

「やってできなくはないと思う」

「では、お願いします」

「お父さんはできないの?」

「呪具がありませんから」

「……、お父さんの力の使い方がよくわからない」

「僕もシュエがどうやって錬成陣を発動させているのか、わかりません」

「……お互い様か」

「魔導師とはそういうものです」

「お父さんって師に向かないよね」

「ええ」


 なにか失礼なことを言われたような気もしなくはないが、大したことではないので受け流し、シュエオンに耳鳴りの原因であろう気配を辿ってもらった。


 そうして、意外にも近くで見つけることができたその気配を前にしたとき、イチカは珍しくも目を真ん丸にした。


「師よ……隠し子がおられたのですか」

「言いたくなる気持ちはわかるけど、そこは黙っているのが弟子だと思うよ、お父さん」







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