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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたがいるだけで。】
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09 : あなたがいるだけで。2





 雰囲気からイチカの手つきが妖しくなったとき。


「そろそろご飯食べてくんないかな。僕もう食べたんだけど」


 シュエオンの呆れ声に、それは中断させられ。


「あと、僕の誕生日、もう明日だからね? 決めたんなら、僕もうおじいちゃんとおばあちゃん呼ぶけど、いいかな。転移門のカギ、ローザさまから借りてきたし」


 抱きしめ合うアサリとイチカの間に、シュエオンは無遠慮にも話しかけてきて、さっさと決めてくれとため息をつく。

 ハッとわれに返るにはあまりにも恥ずかしくて、アサリは動けなかった。もちろんイチカは相変わらず無頓着である。


「いいところを邪魔してくれましたね」

「明るいうちは自重するように言っただろ」

「僕はいつでもアサリさんに触れたいのです」

「いちゃつくのは夜だけにしてください。息子の目にはまだ毒です」

「気にしないでしょう」

「むしろ気にしてたらキリがない」


 イチカとシュエオンが言い合っているうちに、アサリはそろりとイチカの腕から離れた。そして落ち込む。わが子に見られた恥ずかしさに、激しく落ち込む。身の置き場がなくて困った。


「ほら、お母さんが可哀想なことになってるから、さっさとご飯食べて、出かけようよ」

「ああアサリさん、だいじょうぶですか」


 放っておいて、と思ったが、いいところを邪魔されたと思っているイチカがそう簡単にめげるわけもなく、アサリは易々と捕まえられる。いっそ開き直れたら、と思うが、なかなかにそれも難しい。


「お母さん、諦めなよ。お父さんはああいう人だよ」


 なにかを悟ったように言うわが子に、アサリがますます身の置き場を失ったのは言うまでもない。


 けっきょく、イチカが小食なのはいつものことだが、アサリもあまり食べられなくて、残りかけた朝食は食べ盛りのシュエオンが平らげた。


「外出許可と、休暇申請をしてきます。その間に出かける準備をしていてください。すぐに戻ります」

「お母さんが回復するまでしばらく戻ってこなくていいよ」

「邪魔しないでください、シュエ」

「今日はとことん邪魔してやることにしたから。たまにはそうしないと、昼夜関係なくべたべたされてたら、理性が強いお母さんは大変だからね」

「僕はアサリさんといちゃつきたいのです」

「お母さんが王都で暮らすようになれば、毎日いちゃつけるよ」

「行ってきます」


 父親の扱いが上手くなった息子は、笑顔でイチカを部屋から追い出すと、朝食の片づけをしているアサリを手伝ってくれる。慣れた手つきに、いつもやっているのかと訊けば、師匠がなにもやらないから僕が全部やらないと大変なことになるんだよ、と教えてくれる。だから随分と家事はできるようになった、とのことだ。


「最初に掃除、洗濯ができるようになったかな。次に料理、手の込んだものも作れるようになったよ」

「あらあら……わたしにも食べさせて?」

「任せて。美味しいの作ってあげる。ああでも、誕生日の焼菓子はお母さんが作ってね?」

「ええ、それこそ任せて。親子ふたりで台所に立てるなんて、思ってもみなかったわ」

「はは……お父さんは掃除洗濯しかやらないからね」

「料理はわたしが作ったのじゃないといやなんだって」

「まあ壊滅的だからね、お父さんは」

「そうなの?」

「お母さんが作ったもの以外、たぶんあれ、味もわかってないよ」

「……ボルトルさんのは美味しいって、聞いたけど」

「お母さんがいて初めて味がわかるんだよ」

「……相変わらず小食?」

「小鳥のほうがよく食べるんじゃない?」


 イチカの食事情にがっくりと肩が落ちる。アサリがいないとろくな食事をしないのは昔からだが、シュエオンがこうして近くにいてもそれは同じらしい。ちゃんと食べているのかと毎日気が気でないアサリとしては、イチカの食事情に頭を悩ませるところだ。


「ね、お母さん、お父さんが心配だろ?」

「いつも心配してるわよ……無茶ばかりするんだもの」

「王都にくればさ、今までよりずっと近くにお父さんがいるんだよ。少しは心配が減るだろ。食事だって、お母さんが用意すれば、お父さんはちゃんと摂るわけだし」

「……怖いのよ」

「王都が?」


 違うわ、とアサリは首を左右に振り、情けないことだけれどと苦笑する。


「イチカにとても無理をさせるんじゃないかと、思うの。イチカ、自分で力が弱いって、よく言うでしょ?」

「まあ事実かな、それは。たぶんお父さんは、基本的な力は僕より弱いよ」

「その、基本的な力、よ。わたしは魔導師じゃないから、わからないの。ねえシュエ、どれくらいの力なの?」

「うあー……それちょっと説明が難しい。僕とお父さん、系統からして違うから、使い方も違うんだよ。僕は錬成陣っていう媒体を使ったほうが力を引き出し易いんだけど、お父さんはそうじゃないから」

「……イチカは想いが力だとよく言うわね」

「師のカヤさまがそうだから。桁違いの力を持った魔導師が師だから、お父さんも力の使い方がおかしいんだよ」

「どう、おかしいの?」

「お父さんは自分がそうだから当たり前だと思ってるけど、魔導師って、なんの媒体もなく力を使うこと、そんなにないんだよ。魔導師の力っていうのは、なんていうのかな……カヤさまの言葉を借りると、自然の力を借りられる力、なわけ。たとえば雨を降らせようとするなら、雨雲を作る方法と雨雲を呼ぶ方法とあるわけだけど、大抵の魔導師は雨雲を呼ぶ方法を取る。自然の力を借りて。けれどお父さんは、たぶん作る。作れると思ってるから」

「想いが力、だから?」

「そう。お父さんは、想うだけで力を使える。なら、そこで発生した負荷はどうなる? 雨雲を呼ぶ場合は、錬成陣や呪具を媒体にするから、それらに負荷が向かう。けれど、使わない場合は? お父さんみたいに、想いだけで雨雲を作ったら?」

「……負荷はどこに向かうの」

「本人。負荷を担ってくれる媒体がないんだから、それは当然の結末だよね」


 難しいこと、子どもらしくないこと、それらを言うようになったわが子は、もはやアサリの知らない魔導師に成長していた。顔つきが、まるで魔導師で、アサリは驚いた。


「自然の力を借りるのに負担がかかるのはおかしいって、大抵の人は言うけど、なら考えてみなって。魔導師は、自然の力を捻じ曲げられる、そんな力を持つ人たちのことだ。本来の流れを無効化させられる、それが魔導師。けれど、無効化させるということは、そこには大きな力が発生してる。歪みがくるのは、当然だと思わない?」

「……そうね。それが、負荷なのね」

「負荷は媒体に担わせるのが一般的。たとえば落ちている木の枝でも、その分の負荷は担える。力が大きければ大きいほど、媒体の純度は上げていく必要があるんだ」


 説明に満足したのか、シュエオンは「だからね」とため息をつきながら言葉を続ける。


「負荷を考えない力の使い方をするお父さんは、僕からすればおかしいんだ」

「……イチカは、負荷をどうしてるの?」

「わからない。たぶんカヤさまと同じ方法で、どうにかしてるとは思うけど」


 シュエオンの説明を聞く限りでは、やはりアサリが不安に思っているように、イチカはいつでも無茶をしているような気がする。そこにアサリが来てしまったら、いったいどれだけの苦痛を与えることになるのか、アサリには予想もつかない。


「……お母さん」

「ん?」

「お父さんのことを想うなら、王都にきたほうがいいよ」

「……それは、わかっているの」


 怖いのは、イチカに無茶をさせ、苦痛を与えてしまうかもしれない未来。それはたまらなく恐ろしい。イチカと一緒にいられない苦しみより、それは恐ろしいことかもしれない。


「だいじょうぶだよ、お母さん」


 穏やかに微笑んだシュエオンが、そっと手を握ってきた。


「確かにお父さんは力の使い方がおかしいし、力も弱い。けど、逆に考えたら、力が弱いから使い方がおかしいんだ。それに、魔導師は限界を知ってる。ああもうだめだって、そうなったら、だいじょうぶ、お父さんにはお母さんがいる。お父さんは、お母さんがいるだけで生きられる人だよ。むしろ、お母さんがいないとお父さんは生きられない。だから、だいじょうぶ」


 シュエオンは、アサリとイチカが互いに思って口にしたことを、わかっていた。わが子の目からも、それはわかることだったのだろう。


「シュエ、ごめんね……わたしも、イチカがいないと生きられないの」

「いいよ、どうせ僕は付属品だし、僕にだってそういう存在はいるしね」

「え……?」


 衝撃的な言葉に、うっかり暗い気持ちになっていた心が引っ張られた。


「ああ、もちろんお母さんとお父さんも僕にとってはそういう存在だよ? お母さんとお父さんがいたから、僕は産まれることができたわけだからね」

「ほ……ほかに、いるの?」


 シュエオンだってもう十歳だ。初恋くらいはしていると思っていたが、それ以上の存在ができているとは驚きだ。


「雷雲さまの娘さんですよ」

「ちょーっとおとーさぁん? 僕今それ言おうとしたのに横からなにすんのー?」

「ただいま戻りました、アサリさん。さあ出かけましょうか」

「戻ってこなくていいって言ったのに」


 突然降って湧いたイチカの声に、いつのまに戻ってきたのかとか、どこから現われるのだとか、そう思うのがふつうだろうが、それよりももっとアサリを驚かせたのは、イチカが言ったことだ。


「ローザの、娘さん?」

「ああお母さんの時間はそこで止まったのか……うん、そうだよ」


 初恋を通り越してもはや存在なくては生きられないという相手、それがロザヴィンの娘だと聞こえたのは幻聴ではなかったらしい。


「ヴィアニって名前でね。この間産まれたと思ったら、生意気にももう喋ってんの。小憎たらしいったらない」

「……ローザに娘が?」


 産まれていたのか、と正直驚きだ。そんな話は聞いてない。


「イチカ、どういうこと?」

「なんのことですか?」

「シュエが初恋を通り越してることよ!」

「はつこ……はい?」

「シュエが好きな相手!」


 そうは言ってないけど、というシュエオンの突っ込みは聞かず、アサリはイチカに詰めよった。


「生きられないって、シュエが、ローザの娘さんがいないと」

「? 随分と懐かれていたので、この間、婚約させていいかと訊かれはしましたが」

「こっ、婚約するのっ?」

「だめでしたか?」

「いいって返事したのっ?」

「いえ、シュエが……」


 つとイチカの視線がシュエオンに落ち、アサリは慌ててシュエオンの両肩を掴んだ。


「あんた、わたしになんの相談もなく!」

「誰かのものになる前に視界を奪っておかないと?」


 やっぱり子どもらしくないシュエオンは、にんまりと楽しげに笑う。本気のようだ。


「早過ぎる……早過ぎるわ、子どもの成長は」

「もうひとり作りましょうか」

「え……?」

「もう寂しくありませんね、アサリさん」


 にっこりとイチカが笑う。


 余計なことを言ったのかもしれないと思ったのは、それからしばらく経ったあとのことで。


「わーい、僕お兄ちゃんだ」


 と無邪気に喜ぶシュエオンの言葉が現実になるのも、しばらく経ったあとのことで。


「賑やかに暮らせそうですねぇ」


 と穏やかに微笑みながらイチカが言ったように、その未来を迎えるのもしばらく経ったあとのこと。


「言ったでしょう? アサリさんがいるだけで、僕は最強にも最弱にもなるのです」


 アサリが心配したように無茶を重ねたイチカが、泣き崩れるアサリを見て嬉しそうに笑う未来もまた、確定となる。


「あなたがいるだけで、こんなにも、世界はさまざまな姿を見せてくれるのです。僕は、それがとても、幸福に思えるのです」


 苦痛さえも、笑えてしまえるほど幸せだと、イチカが言う未来が訪れる。もちろんアサリは、そんなイチカを否定できるわけもなく、ただただ泣いてイチカにしがみつくのだった。







これにて【あなたがいるだけで。】は終幕となります。

おつき合いくださりありがとうございました。

読んでくださりありがとうございました。

お気に入り登録してくださっている皆さま、ありがとうございます。


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