表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたがいるだけで。】
62/77

07 : 諦めの悪さに吃驚した。

*話がアサリ視点に戻ります。






 魔導師になることを選び、羽ばたいていったシュエオンのことを想うと、胸が少し、苦しくなる。いつかこの腕をすり抜けていくとわかっていたはずなのに、その時期が少し早まっただけなのに、寂しくてならない。ただでさえイチカともずっと一緒にいられるわけではないのに、その生活はアサリには苦しくてならないものだった。


『王都に行っていいのよ』


 と、祖母アンリには言われたけれども。


『想いを大事にすると選んだんだろ。なら、わしらのことは気にするな』


 と、祖父ラッカにも言われたけれども。


 たとえばその選択をして、そこで生きられないとわかったら、どれだけの迷惑と苦痛をイチカに与えることになるのだろう。


 先入観はアサリを怖気づかせた。


「あ、お父さんだ。お母さん、ほら、お父さんだよ。夕方までは殿下に時間取られるって聞いたけど、解放されたみたいだね」


 魔導師団棟で手続きをし、荷物を宿から引き取って移動したあと、アサリはシュエオンに手を引かれながら魔導師団棟の庭先を歩いていた。

 そこから、イチカの姿が見えたのである。


「イチカ……」


 久しぶりの夫は、女性の魔導師となにか話し込みながら、魔導師団棟に向かっている。隣の女の人は誰、なんて思う歳でもなくなったが、難しそうな顔をしているイチカは、アサリの知らない顔だ。あんな顔で、夫は王城で働いているらしい。


 イチカ、と呟いた声が聞こえたのか、イチカがアサリに気がついたのはそれからすぐのことだった。


「アサリさん……?」


 小首を傾げ、確かめるようにイチカは凝視してくる。アサリはふっと微笑んだ。


「久しぶりね」

「……アサリさん?」

「そうよ。なぁに、奥さんの顔も忘れたの?」


 きょとん、としていたイチカがわれに返ったのは、一緒にいた女性の魔導師に背をどつかれたときだ。ハッとして、慌てたようにアサリのほうへと駆けてくる。


「アサリさん」


 周りに無頓着なのは昔からだが、このときもイチカは周りなど見ていなかった。アサリが手を伸ばすより早く、駆けてきた勢いのまま抱きついてくる。僕もいるんだけど、と言うシュエオンの声は、イチカには聞こえていない。


「ああ、アサリさんです……白昼夢かと思いました」

「ちゃんとここにいるわよ。シュエの誕生日が近いでしょ? シゼが連れてってくれるって言うから、お願いしたの」

「シュエ? ああ、いましたか」


 シュエオンがいたことに今気づいたようだったが、しかし慌てたり焦ったりすることなく、イチカはアサリを抱きしめたままだ。


「今になって僕に気づくの……はは、さすがお父さん」

「シュエとは一日と空けずに逢いますからね。一方的にですが」

「お父さんって、僕が生きていればそれでよし、みたいな感があるよね」

「アサリさんのほうが大事ですから」

「はいはい、どうせ僕は付属品だよ」


 いつもこんな会話をしているのか、少し前に逢ったときには聞くことのなかったシュエオンの言葉に、成長を感じる。子どもの成長は早い。もっとゆっくり、時間をかけて成長して欲しいのに、それはやはりこの手を離れているからなのだろうか。


「じゃあ、お父さんがおまえ邪魔っていう顔してるから、僕は夕食までローザさまのところにいるよ。久しぶりの逢瀬を楽しんで、お母さん」

「え、シュ、シュエ?」

「お父さん、まだ明るいんだから、自重するんだよ」


 口も回るようになった息子は、にこにこと笑顔で手を振り、走り去ってしまう。

 なんというか、本当にわたしの息子だろうか、などと思った。多少なりとも師たるロザヴィンの影響を受けていることは、間違いないだろう。


「そうですね……まだ、明るいですよね」

「へっ? なに真に受けてるのっ?」


 こちらはこちらで、頼むからたまには周りに意識を向けて欲しいところだ。無頓着にもほどがある。


「だめですか、アサリさん」

「当たり前よ!」

「久しぶりなのですよ」

「んもう、イチカ!」


 息子の冗談を真に受ける父に、いつのまになったのだろう。


「……仕方がありません。少し、歩きしましょうか」

「それが当然でしょ」

「僕が欲しくないのですか、アサリさん」

「そんな直接的に言わないで!」


 恥ずかしい台詞を平気で口にできるイチカではあるが、それに慣れたアサリでも、さすがに完全には慣れきれない。これが夜、ふたりきりであったなら別ではあるが。


「そ、そういうことは、部屋でふたりっきりのときに、してよ」

「……わかりました」

「あからさまに落ち込まないで!」


 とても残念そうな顔をしてくれたイチカに、自分が悪いような気がしてくる。なんて旦那だろう、なんて思っても、それでも好きなのよねぇと、アサリはしみじみ思う。


「それより! 仕事はいいの?」

「はい?」

「女の人……もういないけど、魔導師さまよね?」

「ああ、アノイさまです。楽土の魔導師と呼ばれていて、陛下づきの魔導師なのです。宰相補佐……いえ、宰相になられたオルシア子爵レムニスさまの奥方さまですよ」

「宰相閣下の……あれ? 前に逢ったことある?」

「いえ、少し前に新しくレムニスさまが宰相になられたので、逢ったことはないと思いますよ」


 先ほどまでイチカが一緒にいた女性の魔導師はもうそこにはいないが、話を仕事のほうへと変えれば、イチカもいつもの淡々とした表情に戻る。

 一緒にいた魔導師は、アノイという名らしい。しかも宰相の奥方だ。

 いつも思うことだが、イチカは随分とアサリの想像外な場所で働いている。第一王子アリヤの侍従だと聞いた時点でそれはわかっていたことだが、改めて考えると、とんでもない人物を夫に持った気がしてくる。


「相変わらずすごいところにいるのね……」

「はい?」

「なんでもないわ。で、仕事はいいの?」

「はい。外任務の引き継ぎをしましたので」

「外任務?」


 外任務とは珍しい。王子づきの魔導師であり、侍従でもあるイチカは、そのほとんどを城で過ごすことが多いので、王都の外へ出ての任務は少ないのだ。


「外任務と言っても、王都のすぐ隣にある街での天災調査です。手の空いている魔導師がそのときは僕だけだったので、任されただけですよ」

「忙しくはないの?」

「ええ。僕は基本的に王都を中心に動きますから」

「なら、いいけど……」


 忙しいところに来てしまったのなら申し訳ないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「……アサリさん」

「ん?」

「やはりだめですか?」

「まだ諦めてなかったのっ?」


 諦めの悪さに吃驚した。驚いたアサリに、イチカがにこぉと笑う。


「即答ということはアサリさんも考えていたみたいですね」


 否定はしないが。


「う……嬉しそうに笑わないで!」


 こんなに感情豊かな表情を出せる人だっただろうか。もしそれがアサリの影響があってのことなら嬉しいことこの上ないが、アサリの反応を楽しんでいるように見えるのは気のせいではないと思う。

 久しぶりに逢ったのだから仕方ないと思いこそすれ、しかしアサリとしては真昼間からいちゃつくのはどうも気恥かしくて仕方ない。イチカは関係ないようであるが、ここは魔導師団棟であり、わが家ではない。場所を考えて欲しいところだ。


「うう……すっごく嬉しそうに笑ってるぅ」

「はい。僕はアサリさんといちゃつきたいですから」

「どこで覚えたのよその言葉!」

「本能ですよ」


 だからね、とイチカは顔を近づけてきて、逃げ腰のアサリを容易く腕の中に捕まえると、瞼や頬に口づけしてくる。


「やっ……ちょ、場所、考えて」

「ふたりきりですよ」

「ここは外よっ」

「誰もいません」

「いなくてもどこに目があるかわからないでしょっ?」


 お願いだから周りに無頓着でいないで欲しい、と言ったところで、イチカが聞く耳を持つわけもなく。


「僕だけを見てください、アサリさん」


 猫のように擦り寄ってくるイチカを、やはりアサリは拒絶できない。


「まって……待って、イチカ、待って、ここはいや」

「……だめ?」

「お願いっ」


 ふっと耳に吹きかけられたイチカの吐息に、アサリはぞわりとする。お願いだからここではやめて、と頼み込んで、漸くイチカが少しだけ距離を作ってくれた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ