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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたがいるだけで。】
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06 : 僕の言葉はわかり難いですか。2

*閑話、アリヤ視点です。





 数日後のことである。


「あ」


 と、アリヤは、魔導師団棟へ向かう廊下で立ち止まる。


「あ?」


 と、立ち止まったアリヤに顔を引き攣らせたのは、シュエオンだ。


「探していたんですよ、シュエオン」


 目を据わらせているシュエオンに、アリヤは怖気づくことなく歩み寄る。


「なにか用ですか」

「うん。そろそろ十歳の誕生日ですよね」

「それがなにか?」

「魔導師って、名乗ることを許されたんでしょう? おめでとう」

「それはどうも。では」

「話は終わっていませんよ」


 相も変わらずこの態度か、と苦笑がこぼれる。嫌われていると、それはわかっているが、アリヤはだからとてシュエオンを嫌いにはなれない。イチカの息子は、アリヤにとって弟みたいなものなのだ。


「僕、暇じゃないんですけど」

「アサリ姉さんを呼んだから、あとよろしくね」

「……、は?」

「到着は明後日かな? 叔父上に頼んで口実を作ってもらったから。ああ、ちなみに兄さんには内緒です」


 だからあとはお願いね、と言えば、ここでは能面で通っているシュエオンが、珍しく目を真ん丸にした。


「お母さんを、呼んだ?」

「魔導師って名乗ることが許されたわけだから、大々的にお祝いしないとね」

「お父さんには内緒?」

「そのほうが面白いからね」

「それには賛成ですが……は? あなた、なに考えてんですか? 一国の王子が、たかだかひとりの魔導師に、なにしてんです?」

「ぼくも魔導師だからね」


 盛大に宴を催そう、と提案したアリヤに、シュエオンは怪訝そうな顔をする。というより、不気味そうな顔だ。


「自分を魔導師だと称するなら……雪刃の魔導師さま」

「ああ。その渾名、だいぶ久しぶり。そう、ぼくは雪刃の魔導師です。なんですか、寂静の魔導師?」

「あなたが肩入れするなら、兄弟子たる瞬花の魔導師でしょう。僕はその息子というだけ、師は雷雲の魔導師で、あなたとは関係がありません」

「あは。さすがロザヴィンの弟子、口が達者ですね」


 ははは、と笑うと、それに気分を害したらしいシュエオンが、アリヤを睨んでくる。十歳になろうという子どもにしては、らしくない目つきだ。


「この際ですからはっきり言わせてもらいますが、僕はあなたと関わりたくありません。僕があなたを避けていると、わかっているでしょう。その理由も、あなたは気づいているでしょう」

「ああ、それがはっきりしたのはこの間ですけれど」

「……ばかですか、あなた」

「いやいや、ぼくはどちらかというと能天気派。きみに嫌われても恨まれても、それこそぼくには関係ありませんからね」

「わかっていてそれですか」

「だってきみは兄さんの息子ですからねえ」


 どうしたって嫌いにはなれない、と肩をすくめて苦笑しながら伝えれば、シュエオンは複雑そうな顔をした。


「僕はあなたが嫌いなわけではありませんよ」

「え、そうなんですか?」

「父のあの瞳、あなたのせいでしょう」

「瞳?」

「腕も、あなたが原因でしょう」

「? なんのこと?」

「呪いですよ」


 うあ、とアリヤは言葉に詰まる。やはり嫌われている原因は、それだった。


「父は、確かに稀な体質でしょう。あなたの力を受け入れることができる器、ですからね。それを己れの力に変換することもできる」

「……よく、知っていますね」

「あなたから父と同じ気配がしますから、力の使い方を覚えてすぐにわかりました」

「そう……わかるんですか」

「あなたの力を自分の力に変換できるから、父は無茶ばかりする。ここであなたを護るばかりか、母を護るためにレウィンの村にある守護石を強化し、その数も増やした。どれだけの負担が父にかかっていると思うんですか」


 言われるだろうなぁと思ってはいたが、やはり言われると痛いものだ。覚悟していたうえでも、それは鋭い痛みをアリヤに与える。


「悪いことをしていると、その自覚はありますよ……ですが、こればかりはどうしようもないんです。ぼくの力は、ぼくという器には収まりきらない」


 自分でも情けないと思う。誰かの助けがなければ、魔導師の力を使いこなせないなんて。


「……誤解されたくないので、言っておきますが」

「ん、なに?」

「今のは、怒るところですよ」

「怒る?」


 なぜ、誰が、とアリヤが首を傾げると、シュエオンは呆れたようにため息をついた。


「僕の八つ当たりですよ。言ったでしょう、僕はあなたが嫌いなわけではないと。僕があなたを避けているのは、その力ですよ」

「ちから?」

「本当は言いたくないんですけどね……僕の力は、父とは正反対なんです。つまりあなたとも正反対なんです。僕は、それを知られたくなかっただけですよ」

「……、え? どういうこと?」


 本気で意味がわからなくてぱちぱちと瞬きをしたら、つくづく言いたくなさそうにシュエオンはそっぽを向いた。


「父は基本的な力が弱いから気づいていないでしょうが、あなたほどの力がある人からすれば、僕が持つ力の性質はわかるでしょう。師に言われてできるだけ隠すようにはしていますが、師が師だけに僕の力はわかりやすい。だから、僕はあなたを避けていただけです」

「えっと……つまり?」

「僕の力は攻撃性が強いんです。父やあなたのように、守護に力のほとんどを回すなんて、できないんですよ」


 瞬間、アリヤは目を丸くする。そうだったろうかと、思った。


「あれ? けれど、守護石は直せますよね?」

「基礎と構築式があるんです。理解できればあれは扱えますよ」

「さすが……」


 口達者なだけあって、シュエオンの頭はその回転も速い。理解力もかなりのものであるから、ロザヴィンはシュエオンに教えることをとても楽しんでいるのではなかろうか。


「けれど、なぜそれをぼくに知られたくないのかな?」

「……僕、言いましたよね。本当は言いたくないと」


 目を据わらせたシュエオンに、アリヤは肩を竦める。


「そこまで言ってくれたんですから、全部教えてくれてもいいでしょう」


 しばらくアリヤを窺うようにじっとしていたシュエオンだが、アリヤが気長に言葉を待っていると、諦めたようにため息をついた。


「あなたに護ってもらうことが癪だからです」

「……え、なにそれ」


 予想外な言葉に、目が丸くなる。護ってもらうとはなんだ、護られているのは自分のほうだ、と驚いたら、シュエオンは不貞腐れたような顔をした。


「守護に力を回せない僕は、父の力を頼るしか、ないんですよ」

「うん、それはいいと思いますよ? 兄さんは守護に長けていますから」

「それがいやだと、僕は言っているんです」

「どうして」


 攻撃性が強く、守護に力を回せない、それがなんだとアリヤは思うのだが、シュエオンはそう思えないらしい。


「僕にだって護りたいものはあるんですよ」


 それは、十歳になろう少年としては、随分と大きな言葉だった。


「父の力の根源は、あなただ。それはつまり、あなたがあってこそ、父の守護は強いということでもあるんです」

「……ああ、なるほど。ぼくが元締めであることが、いやなんですね?」

「さっきからそう言っています」


 はっきりと言ってくれる子だ。アリヤが王子で、先輩魔導師であることは、もはや念頭にはないだろう。


「それって、嫌いっていうのと、同義だと思わない?」

「あなたがそう解釈するのなら、そうかもしれませんね。僕は、そんなつもりありませんけど」


 けっきょく感じたまま、自分は兄弟子の息子に嫌われているわけか。そう思うと少し寂しい気もするが、シュエオンの言い方はアリヤを多少は考慮してくれている。嫌いではないと、口にしているのだ。

 アリヤがシュエオンに嫌われているのは、イチカに関係はあるものの、やはりこの力が原因であるらしい。


「うーん……なんだかなぁ」

「はい?」

「いやね、ぼくのこの力は、どうしようもないんですよ。ぼくの身体は、自分の力なのに、支えていられないらしくて……自分でも情けないんですけど、兄さんに半分くらい背負ってもらわないと、制御もできないんですよ」


 できることなら、アリヤだってイチカという兄弟子に迷惑はかけたくないし、これ以上の苦労もかけたくない。誰かを巻き込む力に、疲れない、などとは言えないのだ。


「さっきから誤解がないようにと気をつけて言葉を選んでいるんですが、どうしてそう解釈するんですか?」

「え?」

「僕の言葉はわかり難いですか? わかり難いんですね? ああもうだからあなたとは関わりたくない」


 はあ、といやそうなため息をついたシュエオンに、アリヤの蒼い双眸は丸くなる。

 さっぱり意味がわからない。


「いいですか。僕は、自分の力が、護るために使うものだと教えられてきました。ですが、僕の力はその反対の系統にあって、上手く使わないと護りたいものが護れないんです。僕だって護りたいものはあるのに、その部分は父やあなたを頼るしかない。僕はそれがいやだと言っているだけです。あなたが嫌いなどと、一言も言っていませんし、思ったこともありません」


 どうだこれならわかるか、と言わんばかりのシュエオンに、アリヤはうっかり気圧されてしまう。

 そこでハッとした。

 自分はシュエオンに、なにを警戒したのだ、と。


「ああその顔……なんとなく考えていることがわかります。あなた、僕がまだ十歳だって、忘れていましたね?」

「え……あ、だって兄さんにそっくりで」


 そうだ。シュエオンはまだ、十歳になろうという年齢だ。それがどうだろう、アリヤはシュエオンに対し、子どもだということも忘れて無意識に警戒心を持ち、その言葉に裏があると思って接していた。シュエオンが、あまりにもおイチカに似ているから、勘違いしていた。


「僕が父に似ているのは、当たり前ですよ。僕の父親はあの人なんですから」

「いや、それは……そうなんですけどね?」


 あはは、と空笑いが出る。


「きみ、子どもっぽくないですしね?」

「あの師にあの父で、僕に子どもらしさを求めないでください」

「あー……え、そうなの?」

「呪具創りに夢中になって寝食を疎かにし弟子を放り、あまつさえ存在すら忘れてひたすら呪具を創り続ける師に、子どもが目の前にいながら存在を抹消して母といちゃつく父ですよ」


 返す言葉に困った。自分にも憶えがあるようなないような、とにかく知っているような経験談だ。


「ははは……ロザヴィンも兄さんも、カヤにそっくり」


 魔導師とは一律に似てしまうものなのだろうか。


「僕もああなるのかと思うと、今からゾッとしますよ」

「それはぼくも同意見……いや、ぼくはもうその部類に入っちゃうのかな?」

「とにかく、僕があなたの年齢の半分も生きていない餓鬼だと、わかってください」


 言われて改めて、アリヤはシュエオンを上から下まで眺める。十歳という年齢にしては背が高く、口もよく回り、態度は魔導師のそれ、目つきに至っては子どもらしくない。それでも、その経験値は、アリヤよりもずっと少ない。


「……子どもっぽくないけれど、きみは、子どもなんだね」

「素直にあれ。子どもの特権でしょう」


 シュエオンの言葉は、すべて、素直なものだった。アリヤは要らぬ警戒心を持ち、信頼する兄弟子の息子なのに、疑心暗鬼になっていた。

 思い直してみると、自分が恥ずかしい。


「あはー……ぼくもまだまだ、だなぁ」


 見る目は、もっと養う必要がありそうだ。

 けれども一つだけ、シュエオンのそれは見抜いている自信がある。


「ねえ、シュエオン」

「なんですか」

「猫かぶり、上手いですね」


 イチカやアサリ、ロザヴィンの前では出ないシュエオンのそれを、アリヤは今見ている。これはアリヤ限定の態度だ。おそらくは素の状態に近いのではないかと思われる。

 だってこんなにも、シュエオンが逞しい。


「べつに、演技しているわけじゃないですけど」

「ふふふ、なんだかシュエオンとはいい友だちになれそう。今度からシュエって呼びますね、シュエ」


 弟みたいなもので友だちかぁ、となんだか楽しく思えてくる。


「……僕のことをそう呼ぶつもりなら、そのヘンテコな敬語、やめてくれませんか」

「ヘンテコ?」

「無理に敬語使うなってことです。そもそも、なんで敬語なんです? 王子サマなんだから、もっと偉そうにしたらどうですか」

「ああ……ぼくはどちらかというと魔導師だから。王子というわりには、王族の異能はほとんどありませんからね。空も飛べませんし?」

「……本当に飛べなかったんですか」


 少しだけ驚いた顔をしたシュエオンに、アリヤは苦笑しながら背に翼を出した。真っ白な一対の翼は、アリヤの意思で自由に動きはするものの、本来の役目は一切果たさない。飾りだけの、翼だ。


「翼の力だけで飛ぶことは、できませんよ。風を操って、翼を風に乗せているだけです」

「……そういうものではないんですか?」

「違う違う。もともとがそんな力だったら、翼種族はみんな魔導師ということになっちゃうでしょう。翼がある人たちは、ちゃんと翼に飛行力があるんですよ」

「ふぅん……」


 シュエオンの双眸が、じっと、アリヤの翼を見つめる。そういえば以前、イチカに聞いたことがあった。シュエオンは、空を飛びたいと言っていた、と。


「羨ましい?」


 と訊くと、意外にもシュエオンは、困ったように笑った。


「その血が濃いのに、魔導師の力が強くて、大変でしたね」


 それは、アリヤがシュエオンに感じていた感情を、根底から覆す強力な言葉だった。

 本当に、嫌われては、いないらしい。

 そう思ったとたんに、とても嬉しくなって、アリヤは満面に笑みを浮かべた。


「魔導師と認めてくれる人たちがいたから、ぼくは救われましたよ」


 シュエオンが、アリヤをそう見てくれているように、魔導師たちはアリヤを魔導師と認めてくれた。

 雪刃の魔導師。

 渾名で呼ばれることはないけれども、確かにアリヤは魔導師だった。


「……なら、いいんですけどね」


 控えめに笑んだシュエオンに、ああ嫌われていなくて本当によかったと、つくづく思った。







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