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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたがいるだけで。】
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04 : 寂静の魔導師。

*シュエオン視点で、途中から時間軸がさらに未来へと飛びます。

 ご注意ください。





 今日からおれが、おまえの師だ。

 シュエオンにそう言ったのは、ロザヴィン・バルセクトという魔導師で、曇り空みたいな灰色の髪と瞳を持つ、口の悪い人だ。父イチカの友人、いや正確にはイチカの師の友人で、シュエオンが暮らしていたレウィンの村によく来てきた。薬師で医師のシィゼイユと幼馴染だとかで、レウィンの村にシィゼイユがいるため、ついでのようにシュエオンの家にも来たのだ。イチカが不在のときでも、そのときはイチカからの手紙を携えて、王都の御土産なんかもたまに持ってきてくれていた。

 シュエオンの師になった人は、シュエオンが産まれたばかりの頃から、シュエオンを知っている人だった。


「ローザさま」

「ロザだっつの。なんだ」

「お母さんが泣いてる」

「仕方ねぇよ。だっておまえ、魔導師になんだから」

「ん……でも」


 努力すればなれるかもしれないと思っていた魔導師に、シュエオンは本当になれるらしい。それはシュエオンにとって嬉しいことだった。だから、ロザヴィンが師になってくれると聞いたときは嬉しくて、もうそれだけだった。母アサリの気持ちなんて、これっぽっちも考えていなかった。


「ぼく、まどうしにならないほうが、いいのかな」

「どうかな。そうやって放置して苦しい思いをするよか、今このときに母ちゃんと別れて勉強して、立派になったほうが今後のためじゃねぇのか」

「こんごのため……それって、ぼくががんばれば、お母さんは泣かないでいられるってこと?」

「まあ、そうだな」

「ぼくがりっぱになれば、お母さんはよろこぶ?」

「たぶんな」

「……じゃあ、ぼくがんばる」

「おう、頑張れ」


 ぽんぽん、と頭を撫でられると、シュエオンはロザヴィンと手を繋いで歩きだした。


「シュエオン」

「はい、お師さま」

「ロザでいい」

「はい、ローザさま」

「ロザだっつの。どこで覚えた、おまえ」

「ん?」

「おまえな……ああ、脱線した」


 そうじゃなくてよ、言ったロザヴィンが、シュエオンの手を引きながら歩く。


「大切なものは、なにがなんでも、護り通せ」

「たいせつなもの?」

「おれたち魔導師の力は、世界と共に在る。緑と共に在る。使い方を見誤るな。護りたいものを護れる力だ。だが過信するな。力を持ってしても、できないことはある」


 シュエオンの手を引くロザヴィンは、ただ真っ直ぐと、前を見据えていた。それはシュエオンがこれから行こうとしている未来を見つめている。自分のことなのだと、シュエオンは思った。


「たいせつなものを、まもれる、ちから……それがぼくのちから」

「ああ。忘れるな、シュエオン」


 イチカの姿を見て、シュエオンは自分もああなりたいと思った。魔導師になれば、魔導師である父のようになれると思った。イチカが護ろうとしているもの、護っているもの、それらを自分も護れるようになりたいと思った。そういう自分になりたいと思った。

 自分がなりたい魔導師、それを忘れるなと、ロザヴィンは言っている。力の使い方を間違えるなと、見誤るなと、しかし信じ過ぎるなと言っている。


「おれたちには限界がある。それを、間違えるな」

「……はい、ローザさま」


 目指すものを間違えてはならない。それだけは、忘れてはならない。


 シュエオンはぎゅっと強く、師の手のひらを握った。


「……シュエオン」

「はい」

「おれはロザだ」

「はい、ローザさま」

「……わざとか、おまえ。わざとなんだな? 言い難いとか、そんな問題じゃねぇだろ。誰だ、おまえにわざわざ教えた奴は」


 どうしても呼び名が気に喰わないらしい師に、シュエオンは笑う。


「アッシュさま」

「はっ? 逢ったことあんのかよっ?」

「てんいもん? とかいうので、あったことあるよ」

「おれの呪具でなにやってんだアッシュ!」

「たのしかった」

「ぇえ使えんのかよっ?」

「う? うん」

「……末恐ろしいな、おい」


 振り返った師の顔が引き攣っている。

 シュエオンは、随分と面白い師に、恵まれたようだ。











 あれから、どれくらい経っただろう。


「シュエ!」

「! お母さん!」


 目に涙を溜め、シュエオンみて嬉しそうに駆け寄ってくる母アサリと、シュエオンは王都レンベルで再会する。


 けっきょく、アサリが王都へ移住してくることはなかった。幾度も父イチカに誘われ、シュエオンも誘ったというのに、アサリはレウィンの村を離れたがらなかったのだ。その理由は、やはりアサリを引き取り育てた祖父母だ。ラッカとアンリの夫妻のそばを、アサリは選んだのである。イチカはそれを苦笑しながら理解した。自分の都合に、アサリを振り回すのはどうかと、そう思ったらしい。


「ああ? 瞬花いねぇじゃん」

「今日は殿下のそばを離れられないとかで、だからローザさまについてきてもらったんだ」

「おれはおまえらの保護者かなんかかよ」

「似たようなものだよ」


 シュエオンと一緒にアサリを出迎えたのは、呆れ顔のロザヴィンだ。暇そうにしていたから声をかけた。まあいいか、とついてきてくれたロザヴィンは、師としてはどうかと思うところもあるが、いろいろと教えられていくうちに自分は随分とすごい人を師にしているらしいと、シュエオンは思うようになった。


「にしても、それならおまえの母ちゃんはひとりでここまで来たってことか?」

「ううん。シゼさまが門まで送ってくれたと思う。用事があるから、ついでにお母さんを王都に連れていくね、って連絡あったから」

「……おまえそれ、瞬花に言ったか?」

「言ってない」


 にか、と笑って師を見上げれば、顔を引き攣らせた師がいつものように空笑いする。


「誰に似たんだ、こいつの性格……いい性格だよ」

「んー?」

「瞬花が不憫だ」

「ああ、お父さんの反応は面白いよね。この前、守護石を修理したら、すっごく驚いてた。あれくらいなら僕も直せるのにね」

「……相も変わらず末恐ろしいな、おい」

「そうかな?」

「おまえの母ちゃん、おまえの渾名聞いたら、泣くんじゃね?」

「あ、お父さんは泣いてた」

「おれも泣きてぇよ」

「心を強く持って、お師さま!」

「なんでおまえにおれがそう言われんだよ!」


 なんでこいつを弟子にしちまったんだ、とロザヴィンがぼやいているうちに、腕を伸ばせば届くところまで来ていたアサリに、シュエオンは飛びついた。


「久しぶり、お母さん!」


 久しぶりの母は、温かくて柔らかい太陽の匂いがした。


「逢いたかったわ、シュエ。元気そうでなによりよ」

「お母さんも元気そうだね。おばあちゃんとおじいちゃんも元気?」

「もちろん。シュエに逢いたがってたから、今度はシュエが帰ってくるのよ」

「転移門が使えるようになったら、行ったり来たりできるよ。それまでもう少し待ってね」

「早くしてね?」

「もちろん。僕は久しぶりの神童らしいから、あっというまだよ」


 母の手を離れて五年、ついた師がよかったのか、それとも見極められて教えられ始めるのが早かったからなのか、シュエオンの魔導師の力は目覚ましい成長を遂げている。もう少しで訪れる十歳の誕生日を目前に、魔導師として名乗ることを先日、師たるロザヴィンに許された。誕生日を迎えたら、正式に魔導師として扱われることになる。とはいえ、年齢的にも経験的にも他の魔導師には劣るため、成人するまでは師の命令には絶対、その保護下に置かれ続ける。もどかしいな、と思わなくもないが、魔導師になると決めた日にロザヴィンから言われた言葉を、シュエオンは忘れていない。

 魔導師は世界と共に在り、緑と共に在る。この力は天地のために使われ、しかし使い方を見誤ってはならない。過信してはならない。限界があるのだと、知らなければならない。それは護りたいものを護るために、必要なことだ。


「久しぶりね、ローザ」

「……、ついにあんたまでそれかよ」

「それ?」

「おれはロザだ」

「あ……ごめんなさい。みんなローザって呼ぶから」

「ロザだっつの。伸ばすな。おれは男だ」

「可愛い名前だもの、いいじゃない」

「あのなぁ……」


 いつまで経ってもその呼び名は不服であるらしいロザヴィンに笑って、シュエオンはアサリの手を引く。


「いつまでいられる? 僕ね、誕生日にお祝いしてもらえるんだ。正式に魔導師を名乗っていいって」

「あら、もう魔導師って名乗れるの?」

「そう。だから誕生日までいて欲しいんだけど」

「いるわよ。そのつもりで来たから」

「やった! でも、荷物少ないね?」

「届けてもらうように頼んだの」

「宿に? やだなぁ、せっかく来たんだから、僕のところに泊ってよ。お父さんだっているよ?」

「魔導師団棟? でも……いいのかしら?」

「だいじょうぶ。ねえローザさま、だいじょうぶだよね?」


 今から申請すれば客室は貸してもらえる、というロザヴィンの話を聞いて、シュエオンは笑みを深めるとアサリをさらに引っ張り、道を促した。


「じゃあ今から師団棟に行こう。申請して、部屋を借りて、それから宿にいって荷物を引き取ってこよう?」

「……そうね、そうしようかしら」

「うん。行こう、お母さん」


 久しぶりの母は温かい。けれども、少し痩せた。家に祖父母はいても、シュエオンやイチカはいない。その寂しさがどれほどのものか、想像には難くない。シュエオンだって、今では漸く慣れたが、離れたばかりの頃は寂しくてならなかったのだ。母には逢えないし、父にだって自由には逢えない、師は厳しく、レウィンの村と王都では生活に差があった。寂しくてつらくて、帰りたいと思ったことはいくらでもある。それを頑張れたのは、魔導師になりたいという、その気持ちだ。

 だから、晴れて魔導師と名乗れるようになることが、嬉しくてたまらない。


「ねえ、シュエの渾名はなぁに?」


 それを待っていましたとばかりに、シュエオンはにんまりする。横ではロザヴィンがまたも顔を引き攣らせている。


寂静(せきせい)の魔導師」


 口にしたのは、シュエオンではなく、師たるロザヴィンだ。


「あんたの息子は、寂静の魔導師と呼ばれる」

「せきせい……?」

「末恐ろしい餓鬼だよ、まったく……」


 誰に似たんだか、と肩を竦めたロザヴィンのそれに、アサリはきょとんとしていた。悪い意味も、好い意味も、すべてを含めてつけられるその渾名の、真の意味を測りかねたのだろう。しかしながら、シュエオンにもそれはわからない。ただ、そうつけられた。


「寂静の魔導師」


 父は泣いていた。いや、あれは本当には泣いていない。けれども、複雑そうなその顔は確かに、泣きそうに歪められていた。イチカがなにを思ったのか、シュエオンにはわからないことだ。


「寂静の、と呼ばれるようになるのね、シュエは」

「今は雷雲の弟子、だけどね」

「……可愛くないわ」

「ん?」

「イチカは瞬花って、可愛いのに」


 可愛くないわ、と繰り返したアサリに、ロザヴィンがこけた。


「思うことはそれかよっ?」

「え? なにかおかしいの?」


 真面目なアサリに、師はいつもの空笑いをし、すっくと立ち直ると「もういい」とばかりにさっさとひとりで歩き出した。


「ローザさま、待ってよ」

「おまえらもう勝手にしろ。心配したおれがあほみてぇだ」

「え? なに言ってるの、ローザさま」

「おまえらの能天気さにはつき合えねえ!」


 どうもなにやら心配していたらしいが、本当に心配していたとは吃驚だ。アサリが泣くと言ったのは冗談のつもりではなかったらしい。


「……魔導師っていろいろとあるのね」

「そうみたい。僕はあんまり考えないけど」

「あんたも魔導師でしょ」

「うーん……僕はお父さんみたいに、力を使えるようになりたかったから……そもそも僕、周りってあんまり関係ないんだよね」

「周り?」

「僕は、自分がそうなりたいって思うから、ほかのことに寛大じゃないんだよ」

「……あんた、難しいこと言うようになったわね」

「成長してるからね」


 師の反応はともかく、とシュエオンは笑って、アサリの手を引っ張るとロザヴィンの背を追いかけた。


「それより、お父さんの反応が楽しみだよ」

「イチカ?」

「お母さんが来るって、教えてないんだよね」

「あら……あんたもやるわねえ」

「吃驚すると思うから、吃驚させてやってね」


 あはは、と声を出して笑いながら、シュエオンはアサリを案内した。







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