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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたに面映ゆく。】
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52 : あなたに面映ゆく。7





 たった三日、されど三日。

 思い返せばたくさんのことがあったと、しみじみ思う。一番の思い出は、イチカが嫉妬してくれた日のことになりそうだ。


 あとは。


「まあカヤ、なんて顔。可愛くないわよ?」

「……自分のしたことに罪悪も感じないのか」

「なんのことかしら?」

「勝手に城を抜け出して、皆に迷惑をかけたことだ。いったいどれだけの人間に罰がくだると思っている」

「責任は上の者が取るのよ? この国の最高権力者、つまりわたくしが責任を取ればいいだけのことだわ」


 無表情の師と、強気な女王陛下に、アサリは自分がこの場にいることの不思議を感じる。

 いや、祭りでイチカとはぐれてしまったことで、それを助けてくれた人がたまたま女王陛下だったという、偶然にしては少し違和感の残ることに遭遇しただけか。

 いやいやいや、とアサリは首を左右に振る。

 イチカと出逢い、想い合うようになってからというもの、その日々はこれまで想像もしたことのない事態に溢れていた。だから、自国の女王の夫たる師に出逢い、王子に「姉」と呼び慕われるようになった今、いつか自国の女王陛下への拝顔も叶うだろうということは想定済みだ。

 こんな形でそれが叶うとは、考えていなかっただけで。


「おれが言っているのは、王としての態度だ。国主が、ひとりで、勝手に、出歩くものではない」

「自国を自由に歩いて、なにが悪いのかしら? この国は、わたくしの国よ」

「上に立つ者としての責任だ。玉座は軽いものではない」

「そうね、できれば座りたくない場所だわ」

「ユゥリア」

「あなたが隣にいてくれないのだもの」


 女王陛下と、その夫たる王公閣下の言い争い、いや痴話喧嘩か、それとも場所の関係ない会議か。

 気不味いその場に、アサリは小さく息をつく。

 女王に助けられた身の上としては、女王を擁護する言葉を述べたいところではあるが、アサリが口を挟める雰囲気にはない。

 どうしたらいいのだろう。

 どうすればいいのだろう。

 考えたところで、アサリにできることはない。


「アサリさん」


 くん、と手を引っ張られた。そのまま、アサリはそれまでいた場所を離れ、部屋から廊下に出た。

 はぐれてしまって悲しく思っていたイチカとの再会、それを喜ぶまもなく助けてくれた女性が女王であると知り、彼女を捜していたという師やアリヤ、ロザヴィンと顔を合わせ、慌てるように場所を街中から王城に移したのは少し前のことだ。移動の際には師の術式が使われた。そこから女王と師の喧嘩が始まってしまったので、アサリは漸く再会できたイチカとの抱擁もしていない。

 祭りの最中にはぐれてしまったことを詫びるように、そして再会してからの時間を詫びるように、イチカはことさら優しくアサリを抱きしめてきた。


「無事でよかったです」

「彼女が……女王さまが助けてくれたの。でも、わたしもごめんなさい。気をつけてたのに」


 イチカの肩口に顔を押しつけると、同じようにアサリの肩口でイチカはほっと吐息をこぼしていた。


「アサリさんが無事なら、それでいいです。陛下には感謝しなくては……師は怒っていますが、陛下がいてくださらなかったらどうなっていたことか」


 本当によかった、とこぼすイチカに、アサリも安堵する。

 女王陛下だった彼女に、捜してもらうといいと言われてなんだか薄れた不安も、やはり薄れただけで寂しく悲しい気持ちは消えなかった。だからこうしてイチカに再会できて、ふと心が緩む。よかった、と安心させられる。


「もう、離しませんから」

「うん……ごめんね、イチカ」


 ふたり寄り添って、しばらくそうしていた。ここがどこかとか、人目がどうとか、そういうことは考えなかった。やっぱり心に余裕なんてなかったんだな、とあとから思った。


「手を。アサリさん、手を出してください」

「ん?」


 気持ちが落ち着いた頃になって寄せあっていた身体を離すと、イチカがアサリの手を取った。

 なんだろうと見ていたら、両方の手首に銀の腕環をつけられた。


「これ……?」


 綺麗な銀の腕環。その細工は質素だが、フューネの花を形取った模様がぐるりと全体に彫られている。


「其に、守護を」


 イチカがそう言った。それが詠唱であると気づいたのは、銀の腕環から伝わってくる仄かなぬくもりを感じてからだ。


「イチカ、これなに……」

「其に与うる。其は風、其の刃。其は水、其の癒し。其は光り、其の盾となりて守護の壁となる。其は導き、方陣の守護ある者の塔であれ。これにより其は守護の鐶とならしむ」


 これまでに聞いたことのない長い詠唱だった。

 詠唱が終わると、感じていた柔らかなぬくもりが徐々に一点に収束していき、中心だろう花の細工がふわりと白く光る。全身をなにかに包まれたような気がしたあとは、白く光っていた花の細工から光りが散った。

 はあ、とイチカが長く息をつく。


「……イチカ?」

「すみません、慣れないことをしたもので……少し疲れました」


 とす、とイチカがアサリに寄りかかる。疲れるほどのなにをしたのだとアサリは慌てたが、腕を動かした拍子にちらりと、銀の腕環が目に入った。


「……イチカ、この腕環」

「アサリさんを護ってくれるものです」

「え?」

「僕の力を付加させました」


 それはまさか、魔導師の力を付加させた守護の呪具だと、そういうことだろうか。


「そ……それをわたしにつけて、だいじょうぶなのっ?」

「? 喜んでくれないのですか?」

「喜ぶって……」


 イチカからの贈りもの、それは嬉しい。けれども、それには魔導師の力が付加されていて、アサリを護るものとなっている。そんな大層なものを、庶民たるアサリが所持していいものかわからない。


「イチカからの贈りものなら、嬉しいけど……でも、イチカはだいじょうぶなの? 今だって疲れたみたいなのに」


 これがイチカに負担をかけるものなら、それは恐ろしくて怖い。

 焦ったアサリに、イチカは微笑んだ。


「僕の力で、アサリさんを護れるのです。それはとても嬉しいことですよ」


 アサリを護れることが、嬉しい。そう言いながら笑むイチカに、アサリは切なくなる。


「わたしだって、イチカを護りたいのよ……?」

「はい。僕はいつでも、アサリさんに護られています」

「そういうことじゃなくてっ」

「アサリさん」


 ずい、とイチカが顔を近づけてくる。緑の渦を巻く琥珀色の瞳が、とても柔らかにアサリの姿を映していた。


「僕は強くなりました。アサリさんに護られているからです。だから……僕にもアサリさんを護らせてください」


 額と瞼に、口づけの雨が降る。そのあまりにも優しい触れ方に、涙が薄っすらと滲む。


「イチカ……」

「はい、アサリさん」

「……ありがとう」


 護られているから、護りたい。それはアサリも同じだ。


「ありがとう、イチカ」

「どういたしまして」

「ずっと大切にする。これ、わたしの宝ものよ」

「はい。ありがとうございます」

「あのね、わたしからも贈りたいものがあるの」

「アサリさんから?」


 ごそごそと懐を探り、用意していたものを取り出すと、首を傾げるイチカの後頭部に腕を回し、さっと髪を束ねる。用意していた銀の髪飾りを、イチカを護って、と祈りを込めながら、ぱちんとはめる。


「? なんですか?」

「イチカに似合いそうな髪飾り。ちょっと後ろを向いて」

「ああ、はい」


 くるりとイチカに後ろを向かせて、その様相にアサリは満足する。やはりイチカに似合う髪飾りだ。


「あの……アサリさん?」

「うん、よく似合うわ」

「ありがとうございます? なんだか複雑ですが」

「どうして複雑なのよ」

「僕は男なので」

「似合うからいいじゃない」

「そんなものですか?」

「そんなものよ」

「そうですか……似合いますか?」

「似合うわ」

「ありがとうございます」


 振り向いてふっと笑んだイチカに、アサリも微笑む。綺麗なうなじが、男だと言い張るイチカを少しだけ女の子っぽくさせていたが、言うと怒るので言わないでおく。とにかく似合うのだから、それでいい。

 どうかイチカを護って、と再び祈りを込めながら、アサリはイチカの頬に口づけした。


 そうして。


「いちゃついてっとこ悪ぃんだけどよー」

「ちょ、ロザヴィン、せっかく好い感じなのに駄目ですよ!」

「いやそうですけどこっちにも事情ってもんがあるでしょ、殿下」


 ロザヴィンとアリヤがいた。

 見られていたことに、アサリはぼっと頬に熱を集中させたが、周りの目など気にしないイチカが淡々とふたりに「なんですか」と問う。


「カヤさまになにか? それとも陛下ですか?」

「おまえに関係あるっていったら堅氷のことに決まってんだろ」


 はぁあ、と疲れたようにため息をついたロザヴィンが、アリヤをおもちゃのように抱えると背後を振り返る。

 僅かに開いた扉の向こうに、大泣きしている女王陛下と、それから顔を背けて押し黙っている師の姿が見えた。


「あれ、どうにかしてくれ」


 ロザヴィンはげんなりし、アリヤは苦笑していた。

 イチカが即答したのは言うまでもない。


「無理ですよ」







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