51 : あなたに面映ゆく。6
髪留めを二つ、買った。アサリもよく使う、髪を束で挟む型の、銀の髪留めだ。値は少し張ったが、彫られた模様がとても綺麗で、どうしても目が離せなかったからそれにした。この型なら、長いのは邪魔だというイチカでも、気軽に使えるだろう。
ふふ、と笑んで袂に抱えると、一緒に並んで選んでいた彼女を振り返る。
彼女も、銀の髪留めを購入していた。一つにまとめて結える環の型をした髪留めだ。細工は細かく、真ん中に小さい蒼い石が嵌め込んである。
ふたりで顔を見合わせ、笑った。
「楽しみね」
「うん、楽しみ」
イチカが髪留めをつけている姿を想像する。とても似合いそうだ。
「女っぽいって怒るかしら?」
「ここまで細工が細かいと、男も女も関係ないと思わない?」
「そうよね。だって……カヤに似合うと思うもの」
「わたしもイチカに似合うと……、え?」
あれ、と思う。
今、彼女は「カヤ」と、口にしていなかっただろうか。
「あ、ねえ、あっちで休みましょ? ちょうど空いているわ」
「え? あ、待って」
「氷菓子でも食べない? 近くにお店があるのよ」
「氷菓子?」
「冷たいお菓子よ。食べたことない?」
冷たいというお菓子に、気がそれる。なにそれ、と首を傾げたら、先を歩き始めていた彼女が「あの店よ」とその場所を指差した。なんだか白くてふわふわしていそうな菓子を売っている露店だ。そういえばこの辺りを歩き始めてから、ちらほらとその菓子を食べている人を見かける。
「美味しいの?」
「甘くて冷たくて、とっても美味しいわ」
食べてみたいかも、とアサリが目を輝かせると、彼女は笑って「先に休んでいて」と、休憩用に置かれている即席の長椅子へ促した。
彼女の言葉に甘えて、先に休む場所を確保して戻ってくるのを待つ。
ほどなくして戻ってきた彼女は、椀のような容器に入った白いふわふわした菓子を二つ、手に持っていた。
「はい、食べて。冷たいから、ちょっと気をつけてね」
「ありがとう。お代は?」
「いいわよ。食べましょうって、わたくしのほうから誘ったのだもの」
それより早く食べてみて、と彼女に促されて、アサリは少しだけどきどきしながら、ありがたく冷たいという氷菓子を口に運んだ。
「冷たっ」
キンとくる冷たさに、目がチカチカした。
「ふふ。美味しいでしょう?」
「……うん、美味しいわっ」
冷たさのあとにきた柔らかな甘みに、頬が緩む。大袈裟なことかもしれないが、こんなに美味しいお菓子は初めてだ。
「今すごく人気のお菓子なの。魔導師が冷氷庫っていう蔵を発案してからね」
「え、じゃあこれ、魔導師の力で?」
「保存できる方法を魔導師が見つけたのよ。お菓子そのものは、保存方法が一般公開されてからのことね。それでも、その冷氷庫がないとこの氷菓子は作れないから、あまり普及してないわ」
「へえ……このお菓子を考えた人もすごいけど、それができるようにした魔導師はすごい発見をしたわね」
「ふふ、それがね……」
氷菓子を食べながら、彼女が笑う。
「せっかくその名前をつけられたのだから、それに見合った力を扱ってはどうか、と言われたことが、魔導師に冷氷庫を発案させたのよ」
「人に言われたから? え、それって思いつき?」
すごいと思う発見が、ただ人に言われたことによるもの、それも名前に関連させてはどうかという言葉で実現されただけ、というのは少し驚きだ。
「なにかを発見する、発明するというのは、意外と簡単なきっかけだったりするものよ。冷氷庫もそうだっただけ」
「だけって……そんなもの?」
「そんなものよ。あとはそうね……蓄雷器も、魔導師の渾名に由来しているわ」
「蓄雷器って、数年前から普及してきたあの?」
「そうよ。今では一般的な火器と同等価値になって、水を温めたり、それこそ料理を作るのにも使われるようになってきたけれどね」
蓄雷器は、アサリの家では使われていないが、シゼのあの別宅ではつかわれていた。なにかを熱するときに使われるもので、大抵は厨房か沐浴室にその装置がある。自然現象である雷を備蓄し、人が使える力に変換させるという優れものだ。火を起こす装置よりも安全性が高く、また雷の災害からも護られるという利点があるので、公共施設では蓄雷器の設置が義務づけられてもいた。
「蓄雷器が魔導師の渾名に由来してるってことは、もしかして発案したの……」
「雷雲の魔導師よ。灰色の、とも呼ばれるわね」
やはりロザヴィンか、と感心する。意外というかなんというか、意外だ。
「ロザがねえ……いくつのときに発明したのかしら」
「若かったわよ。そうねぇ……おちょくられて作っていたから、成人していなかったかもしれないわ」
彼女が、昔を思い出すようにそう言った。もしかしたら彼女もロザヴィンを知っているのかもしれない。
「成人前に……魔導師ってみんな賢いのね」
「系統の問題ではないかしら? 彼は自然現象の雷を、まるで自分の力のように生じさせて扱えるもの」
おや、と思う。随分とロザヴィンについて詳しい。
「ロザ……雷雲の魔導師を知ってるの?」
「友だちね。わたくしがそう言うと、彼は怒るけれど」
「と、友だち……」
それこそ意外だ。ロザヴィンに友だち、とは、ロザヴィンに失礼だが信じられない。いや、彼女がロザヴィンを友だちと言うのが信じられないと言ったほうが正しい。
「昔から顔馴染みなの。幼馴染の弟だから」
「幼馴染の、弟?」
あれ、とアサリは首を傾げる。
ロザヴィンには確かに兄がいる。王佐という、女王のもっとも近くに控えるあの人だ。名を、シャンテ、と呼ばれていた気がする。あの彼と、彼女は幼馴染だと言う。それは彼女が貴族だということだが、まあそれは上品そうな雰囲気から驚きはしない。
しかしながら。
会話中に、師の名を聞いたことを加味して考えてみる。
「……あ、れ?」
「なぁに? どうかしたかしら?」
「い、いや、なんでもない」
いやまさか、と否定しながら、アサリは少しずつ氷菓子を食し、ぐるぐると思考を巡らせる。
いやまさか、女王陛下がこんなところにいるわけがない。
自分の隣に座って、嬉しそうに菓子を食べているわけがない。
けれども。
ちらりと彼女を見て、その上品そうな雰囲気と、地味な衣装でまとめられていても人目を惹く美貌、自分のことを「わたくし」と言うその柔らかな口調、仕草、明るい金の髪と深い蒼の双眸など、一つ一つ確認するように追っていくと、否定してみたものが覆されそうになる。
「あら、芝居が再開するみたい。どちらを見ようかしらね、アサリちゃん」
「あ、できれば女王さま……って、あれ?」
「さっきからどうしたの、アサリちゃん」
「わたし、名前……教えた?」
「あら……大変」
まあ失敗、と口許を押さえて驚く彼女に、アサリは目を丸くする。
背に冷や汗が流れた。
そのとき。
「アサリさん!」
「! イチカっ?」
聞こえた確かな声に、助けられた気がする。
振り向いたそこには、アサリに向かって駆けてくるいとしい人の姿があった。
「まあイチカ、もう見つけてしまったのね。せっかくアサリちゃんと仲よくしていたのに」
横で彼女が、にこやかに微笑みながら言った。
うわあ、とアサリは、一刻も早くイチカの腕の中に逃げたくなった。いや、できることなら迷子になる前に、戻りたくなった。