50 : あなたに面映ゆく。5
イチカ視点です。
まさか、とイチカは蒼褪める。ここに師とアリヤがいて、ロザヴィンがいて、それで人捜しをしているとしたら、彼らが捜しているという人は、いやお方は、ただひとりだろう。
「へ……陛下はいずこにおられるのですか」
声に出して問うてから、後悔した。
師の顔が恐ろしいことになっている。
予想に違わぬ現実に、師は直面しているようだ。
「シゼさまを身代わりにして、どっかに消えたんだよ」
ロザヴィンが、ため息をつきながらそれを教えてくれた。
「シィゼイユさまを身代わりに?」
「女装させるなんて面白いことまでさせて、な。うっかり笑っちまった」
思わずシゼの女王姿を連想し、シゼの性格なら面白がりこそすれそれほど協力的ではないだろうと現実的なことを思う。
「おまえは笑うなよ。堅氷が面白いことに……、っておい睨むなよ堅氷、おれは悪くねぇだろ、これがまともな反応だろ、あんたが面白過ぎんだよ」
言葉とは裏腹にロザヴィンは忌々しげだが、師もまた忌々しげだ。とても不機嫌そうで、その背中に張りついているアリヤの精神力に驚かせられる。不機嫌な父など恐れるに値しないのだろうか。
「アリヤ殿下……」
「ああ待ってください、兄さん。母上を捜しているんです」
師の背中に、父の背中に張りつきながら、アリヤは母を、女王陛下をその力で探索しているらしい。
「アリヤ、まだか」
「急かさないでください、カヤ。知っているでしょう、ぼくはあまり王族の力が使えないんですよ。カヤを捜せても、母上を捜すなんて……けっこう難しいんですから」
「……もういい、おれが捜す」
「駄目ですって。カヤが力を使ったら、なにごとかと騒ぎになります。いいからぼくに任せてください」
「……早くしろ」
「だから急かさないで」
国史上最強と謳われる魔導師の力を、祭りの最中で解放させるには些か、問題がある。いや、女王陛下が城を抜け出し城下の祭りに紛れているということ自体、すでに問題ではあるのだが、意図的に城を抜け出しているようであるから、下手に騒がれるとあとが面倒になる。城に残っている宰相や王佐にとって、どんな悪事が横行するやら、と頭を抱えたいところだろう。
「うーん……近くに気配は感じるんですけど、正確な位置がわかりませんねえ……ねえ兄さん、兄さんはどうです?」
「陛下の気配でしたら、力を使えばおそらく」
「じゃあお願いしていいですか? ぼく、カヤは簡単に見つけられるんですけど、母上はちょっと難しいです。母上ったら、力を隠すのが上手いんですよ」
暗に師は下手くそだと言いのけたアリヤに、あっさりと女王陛下探索を任される。
「王族の異能を隠しておられるのでしたら、僕が力を使っても難しいかもしれません」
「なら……ロザヴィン、なにか呪具ありません?」
人捜しができるような呪具はないか、とアリヤに問われたロザヴィンが、外套の下をごそごそと探りながら唸る。
「人捜しの呪具なんて、魔導師探索用のしか作ったことねぇし……使えるかわかりませんよ?」
人捜しは本業ではないと言いながら、それでもその手の呪具は作って持っているらしい。
「使えないかもしれないんですねえ……兄さん、使えます?」
アリヤがロザヴィンのその呪具を使ってもいいのだが、呪具という媒介を使わせるとアリヤの力が増幅され制御ができなくなってしまうだろうというのは目に見えているので、イチカは使用可能かどうかはともかく呪具を受け取る。
銀で作られた十字の、短剣のようなそれを右手に持って屈み、力を付与させながら屋根を剣先で突く。脳裏に、まず魔導師の所在地が浮かんだ。
「瞬花、力の調整をしてみろ。できるだろ」
「おそらく……今は魔導師の所在地が」
「その系統から殿下の波長を感じ取ればいい。少しずつ焦点をずらす感じで」
イチカは魔導師の力を、思うことで、想像することで使い分ける。それを知っているロザヴィンの的確な指示で、力を僅かずつ調整していくと、アリヤの所在地がわかる。王城の方角から、シゼの居場所も感じられた。
そうして。
「……アサリさん?」
僅かに感じた女王の気配の近くに、アサリを見つける。ほっと安堵すると同時に、なぜ女王のそばにいるのか疑問になる。偶然、ではないかもしれない。
「アサリ姉さんがどうかしましたか? って、あれ? そういえばアサリ姉さんが……いませんね?」
アサリの不在に今気づいたらしいアリヤに、ロザヴィンがイチカに起きたことを説明する。はぐれたのだと知ると、アリヤは苦笑した。
「すみません、邪魔しましたね」
「いえ、おかげで見つけられました。どうやら陛下と一緒にいるようです」
「母上と?」
「はい。行きましょう、カヤさま。テリアル通りにほど近い場所に陛下はおられます」
「母上ったら、アサリ姉さんがわかったんでしょうか……って、急に飛ばないでくださいよ、カヤ!」
行きましょう、と言った次には空へと飛び上がった師と、その背中に張りついているアリヤを追って、イチカは屋根から下へと降りる。師のように空を飛ぶことができないので、外套に付加させている俊足の力を使った。ロザヴィンは翼があるので空から行けるのだが、祭りの中では目立つことを考えたらしく、イチカが屋根を降りて走り出すとすぐ後ろをついてきた。
「お返しします」
人気を避けて走りながら、横に並んできたロザヴィンに呪具を返す。
「使い難かっただろうが、あれば便利だろ」
「そうですね。ですが、陛下をお捜ししたのに、なぜアサリさんが……」
「おまえの力の使い方は、堅氷とか殿下と一緒で、想像だろ。おれみたいに突発的な勢いじゃねぇから、呪具がすぐに感応したんだ。おれじゃああそこまで簡単にはできねぇな」
「簡単に見えたんですか?」
「他人が作った呪具を即座に扱えるわけねぇだろ。おれが趣味で作ってる呪具なんかは特に扱い難いもんだ。なんせ趣味だからな」
機能性や性能を重視していない、あくまでも趣味でなんとなく作った呪具など、使いものになるわけがない。ロザヴィンはそう己れの呪具創造力を卑下するが、ロザヴィンが作ったものは趣味の範囲ではないとイチカは思う。その創造個数は半端ないし、魔導師団長だけでなくほかの魔導師からも乞われるほど、ロザヴィンの作る呪具は評判がいいのだ。
ふと、そのロザヴィンが作った呪具、戒めの鎖が、己れの右腕に呪いとして埋め込まれたのだったと、思い出した。
「どうした」
「いえ……アサリさんには、言ったほうがいいのかと」
右腕に埋め込まれた呪いを、両の瞳が渦を巻いたその色になっている理由を、イチカは未だアサリに明かしていない。
「あ? ああ……鎖のことか。胸くそ悪ぃこと思い出させんな」
右腕を眺めながら口にしたので、ロザヴィンはすぐに思い当たったらしい。いやそうに顔をしかめると、見たくもないとばかりに歩調を早めイチカの先を行った。
「……待っていてくださいね、アサリさん。今、行きますから」
先ほど感じ取れたアサリの気配を思い出しながら、イチカもまた歩調を、正確には力の付加を強め、速度を上げる。
この腕にアサリを抱きしめたら、すぐにでも、袂に持っているそれを渡そうと決めた。