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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたに面映ゆく。】
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48 : あなたに面映ゆく。3

イチカ視点です。





 街中を舞台とした芝居は、女王側の物語と、魔導師側の物語と、二手に別れてまでも演じられ続けた。

 魔導師側、イチカの師たるカヤの物語も気になるが女王を見たいとアサリが言うので、イチカたちは移動しながらも演じ続ける役者たちと一緒に、女王の物語を見るために移動する。


「来年はお師さまの物語を見ましょ」

「……そうですね」


 門前に集まっていた観客は、女王側と魔導師側と、それぞれ半々に散って芝居を見るため移動を開始する。突発的な芝居を見るために、役者を追わない観客もいた。


 イチカは、アサリが楽しそうに芝居を見ているのとは逆に、ぼんやりと芝居を眺める。芝居に詳しいわけではないが、女王と魔導師の物語の実を多少なりとも知っているので、なんとなく真剣に見られないのだ。


「ねえイチカ、もしかしてお師さまの側について歩けば、イチカ役も見られた?」

「さて……どうでしょうね」

「合流したときにいるかしら……ちょっと見てみたいわ」

「僕は遠慮しておきます」

「どうして? 面白そうじゃない」


 魔導師の弟子役、つまりイチカの役もあるだろうが、あまり見たくない。アサリは面白そうだと言うが、本人としては、面白いなどと思うところは一つもないのだ。


「僕の役が出るとは限りませんよ」

「出てきたら面白いのになぁ……あ、シゼ役だ!」


 王弟殿下役が出てくると、アサリはきゃらきゃらと笑い、「似てない」とシゼとの違いをいくつか並べた。


 そうして進む物語は、数年分のことを一気に演じるためか、随分と展開が早かった。


「なんだか展開が早いわね」

「半日で語れるほど、陛下と師のお話は短くありませんよ」

「それもそうねえ……せっかくだからもうちょっと詳しく知りたいかも。ねえ、次に女王さまがお師さまと合流したら、お師さまのほうを追いかけていい?」

「師の物語のほうは人気がないようですが」

「休憩がてら、ちょっと気になることを確かめたいの」

「気になること、ですか?」


 よくできた物語は、しかし展開が早い分、初めてそれを見るアサリには解釈に時間を要するらしい。イチカも初めてこの芝居を見るわけだが、実を知っているためか気になるところは特になかった。


「あ、合流した。うーん……」


 芝居を楽しんでいるようではあるが、今のアサリは眉間に皺を寄せている。そんなになにか引っかかるような、物語に違和感のようなものがあっただろうか。


「アサリさん」


 そんなに気になるなら解説しますよと、そう言おうとしたときだ。

 人混みの中にあったイチカは、ふと誰かと肩がぶつかり、よろめいた。勢いに負けて後退すると、アサリと繋いでいた手が離れてしまう。


「アサリさん……っ」


 するりと、アサリの姿が消えた。

 まずいと思ったときには、もう遅い。


「アサリさん!」


 慌てて体勢を取り戻し、アサリの姿を捜すが、見当たらない。


「アサリさ……アサリ!」


 こうならないように気をつけていたのに、とイチカは後悔する。もっとしっかり、アサリと手を繋いでいればよかった。

 自分に叱咤しながら急いでアサリを捜し、しかし急に増えた人混みで思うように前へは進めない。アサリは魔導師側の物語を見たいと言っていたので、捜せばいい方向はわかるが、この人混みではアサリも不安だろう。


「アサリ…っ…アサリ」


 イチカはあちこちに視線を投げ、特徴とも言うべきアサリの赤茶色の長い髪と、その長身を捜す。どうにか人混みを、込み具合が疎らな露店側へと抜けるも、そちら側にアサリの姿はない。


「アサリ……」


 どうしよう。

 力を使って捜そうか。

 喧嘩や事件が起きたわけでもないのにここで力を使って、だいじょうぶだろうか。

 いや、迷っている暇はない。

 イチカにとって王都は庭のようなものだが、アサリにとってはそうではない。イチカとはぐれて、きっと不安になっている。イチカだって、アサリがいなくて不安だ。


 右手に、力を込める。


「待て阿呆が」

「え……?」


 力を込めていた右手を、誰かに抑えられた。


「こんな人混みで、力を解放すんな。おれならともかく」


 魔導師の外套を羽織り、頭巾を目深に被ったロザヴィンだ。


「……雷雲さま」

「アサリ嬢はどうした。はぐれたのか」

「あ……はい」


 今日も仕事だというロザヴィンは、イチカたちが出かける前に邸を出て行ってそれきりだったが、今日もまた街で出くわすとは思っていなかった。


「雷雲さま、なぜここに……」

「よく見ろ」

「はい?」


 なにを見ろと言うのか。


「力、使わなくてもわかるだろ」

「わかる?」


 なにがわかるというのか。


「……、ん? おまえ……」

「はい?」

「……意味ねぇしぃ」


 イチカが首を傾げていると、ロザヴィンがとたんに呆れた顔をして、肩を落とした。


「なんの意味ですか?」

「渡してねぇのかよ」

「渡す……、あ」


 そういえば、とイチカは思い出した。ぽん、と手のひらで懐を叩き、その所在を確認する。


「そうでした……渡そうと思っていたのですが」

「頃合いを見計らい過ぎて忘れたとか言うなよ」

「いえ……まったくその通りです」

「あほっ」


 ばしん、と後頭部を叩かれた。「意味ねぇし!」とまた言われた。


「なんのために用意したと思ってんだ!」

「すみません……少し、緊張して」

「緊張だあ? おめぇ平時からアサリ嬢にこっぱずかしいこと言っといて、今さら緊張たぁどういうこった、ああ?」

「言葉とこれは違います」

「どこが違ぇんだよ」


 それこそ意味がまったく違う、とイチカが言い張ると、ロザヴィンは不機嫌そうな顔を引き攣らせた。


「おまえの思考回路は理解できん」

「ああ、それはアサリさんにも言われたことがあります」

「そういうことじゃねえ」


 べしん、とまた後頭部を叩かれた。これがけっこう容赦ないので、地味に痛い。


「ったく……想定しといてよかったぜ」

「は、想定?」

「おまえがそれを渡さねぇでいる可能性だよ。それがありゃアサリ嬢とはぐれてもすぐ見つけられるってのに」

「見つけられる?」


 なんのことだ、と首を傾げたら、ロザヴィンはさらにうんざりと顔を引き攣らせていた。


「ほんと意味ねぇな、あほが」

「はい?」

「もういい。変なとこばっか堅氷に似やがって……意味なくムカつく」

「僕と師は根本的に」

「もういいから黙ってろ」

「は」

「しばらくアサリ嬢と離れ離れになってやがれ」

「な……」


 なんてひどいことを言うのか、と文句を言おうとしたら、がっちり襟首を掴まれて、いきなり引っ張られた。ロザヴィンの動きはけっこう読めないから大変だ。


「らい、雷雲、さま」

「だぁまぁれ」

「そんな、わけには……アサリさんを」


 ずるずると引き摺られ、アサリが歩いているだろう方向とは逆のほうへと、ロザヴィンが進む。


「雷雲さまっ」

「なんでおれはおまえらの相手してんだろうな、ったく」

「僕はアサリさんをっ」

「これだから魔導師ってのは面倒でしょうがねえ」

「雷雲さま、僕はアサリさんを捜さなければっ」


 イチカはアサリを捜さなければならないのに、ロザヴィンは無視してずかずかと歩き、イチカを引き摺る。暴れて逃れようにも、体術はロザヴィンのほうが遥かに上手であるし、この人混みでは思うように手足も動かせない。


「雷雲さま!」

「黙ってろ。心配は要らねぇよ、たぶんな」

「え?」

「こっちも捜してんだ」


 ちっ、と舌打ちしたロザヴィンが、忌々しげに空を見上げる。


「おれの仕事は人捜しじゃねえっての」

「……どなたかをお捜しで?」

「おれは雷雲の、灰色の魔導師だからな」


 そう言ったとたん、ロザヴィンはするすると人垣を避けていき、物陰にイチカを引き摺り込むとイチカごと空へ、宙へと舞い上がった。


 そこでイチカは、目を丸くする。


「カヤさま?」

「と、ぼくです」

「……アリヤ殿下」


 師であるカヤと、師の背中に張りついたアリヤが、民家の屋根の上にいた。







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