47 : あなたに面映ゆく。2
みんなで朝食をいただいたあと、昨夜はロザヴィンだったが、今度はアリヤがイチカを引っ張ってどこかに行った。
「なんなの……?」
隠しごとでもされているような気がしてならないのだが、呟きにも近いそれが聞こえたであろうロザヴィンの表情は変わらない。素ぶりさえも、なにかを隠しているようには見えない。
「ねえ、ロザ」
「ああ?」
「なにか隠してない?」
「なにを隠しゃいんだよ」
わけがわからない、とロザヴィンは怪訝そうな顔までする。
隠しごとされているわけではないのだろうか。
ほどなくして、イチカがひとりで戻ってきた。
「あれ、アリヤ殿下はどうしたの?」
「戻られました。城を抜け出すのはよくないことですからね」
本当になんだったのだろう、とアサリは首を傾げる。真似るようにイチカも「ん?」と首を傾げた。
「なに話したの?」
「師のことで少し」
「お師さま?」
「はい」
それ以外はなにも、とイチカはやんわり笑む。誤魔化されているような気もしなくはないが、イチカが嘘を言うとも思えない。
なんだか腑に落ちない感じは拭えないながらも、とりあえずアサリは頷いておいた。
「今日はどうしますか? 祭りを冷やかしに行きましょうか?」
「あ、そうね。昨日ちらっと見たけど、それだけだったし」
そうだった、とアサリは思い出す。
なんだかんだで、けっきょく祭りの祭りらしいところを見たのはほんの一瞬だ。少ししか祭りの気分を味わっていない。それは王都くんだりまで来て、勿体ないことだと思う。せっかくイチカと長く一緒にいられるのだから、その分を思い切り楽しみたい。
「昼から夜まで、街中で芝居やるぞ」
と、ロザヴィンが教えてくれる。
「街中で、芝居?」
「なんつったかな……シェスカ一座? とかいう旅団が、陛下と堅氷の物語を街中動き回って演じるらしい。一夜物語みたいな」
「壮大ねえ」
祭りで賑わう街中が舞台になる、という芝居に、ちょっと驚く。さすが王都、というべきだろうか。
「去年も同じ演目で芝居やったんだが、舞台が狭かったらしい。今年は派手に、街中を舞台にしてやるってんで、けっこう騒いでんぞ」
「なんか面白そう……ね、それの始まる場所ってどのあたり?」
「決まってんだろ」
「え?」
ニヤッと、ロザヴィンが笑う。
「王城の門前だ」
太陽が中天に移動しようという頃、王城の門前は人で溢れていた。どこを見渡しても人、人、人ばかりで、まるで街中の人が詰め込まれているみたいだ。そんな中でも門前のすぐは開けていて、芝居がそこで始められる様子だった。
「師が言うには、好かれているというよりも懐かれているという感覚のほうが強かったそうです。今でもそうだと思いますよ」
「女王さまに口説かれたのに?」
「見てわかると思いますが、師はどこまでも鈍いといいますか、無頓着といいますか……人からの好意を素直に受け取らない人なので」
「……アリヤ殿下が産まれたのも知らなかったって、聞いたけど」
「なぜ自分と同じ力を持っているのか不思議だったそうです」
「……それって鈍感の域を超えてると思うわ」
はぐれないよう、しっかりイチカと腕を組んで、門前に集まった人だかりに紛れながら、アサリは芝居の題目たる女王陛下と魔導師の物語を、イチカに掻い摘んで教えてもらう。
イチカの師は、物語にされるほど有名な逸話を作ったわけだが、アサリがイチカから聞いた話とはちょっと違う物語が、芝居にされているらしい。
「師はひどく天の邪鬼ですからね」
「女王さまの愛を信じてないの?」
「そういうわけではないと思います。ただ師は、僕もそうであるように、名無しでしたからね。そう簡単に人の好意を受け入れられないと思います。僕よりひどい生活をしていたでしょうし」
「イチカより?」
「なまじ力が強大であると、厄介者扱いされますからね」
「あ……そ、そっか」
芝居で語られるものと、現実とは、やはり雲泥の差があるのだろう。芝居を楽しみに出かけてきたが、果たして楽しめるかどうか不安だ。
「美化、してるわよね」
「そうかもしれませんが……」
「なに?」
「以前、師が言っていました。芝居にするほどのものか、と」
「女王さまが口説いたっていうのは、国民が周知していることだもの。その恋に憧れたり、想いを貫いた女王さまを尊敬したり、ちょっと幸せを感じるわ。いいなって、思うのよ。わたしだって、ちょっとは思う。だから芝居になるんじゃないかしら」
「陛下の味方なのですね」
ふふ、とイチカが笑う。そうよ、とアサリも笑った。
「事実はどうあれ、現に女王さまはお師さまを口説き落としたわけだし?」
「想われる師は幸せ者ですよ」
「羨ましいくらいね」
「……、僕の想いは足りませんか?」
え、と思ったときには、イチカの顔がとても近くにあって、驚いた。吃驚しているうちに、頬に柔らかい唇が触れる。
「イ、イチカっ」
こんな往来で、とアサリは羞恥から真っ赤になったが、イチカは淡く笑むばかりで、気にした様子はない。もともと人間との関わりを持とうとしない分、心を開いたその反動がこれだと思う。意外にもイチカは人目を憚らないところがあるのだ。それだけアサリしか見ていないということで、それは嬉しい悲鳴ではあるのだが、ちょっとくらい恥じらいを持って欲しいと思う。
「ああ、そろそろ始まるみたいですよ」
アサリの気を逸らすかのようにイチカがそう言ったとき、わあっとたくさんの人の歓声が響いた。
門前のちょっとした空間に現われたのは、豪奢な礼装を着た綺麗な女性、そして痩身痩躯の美男子。女王ユゥリア陛下の役者と、魔導師カヤの役者だ。
その物語は、ふたりの出逢いから始まる。
「わたくしが愛してあげる」
女王役の女性が高らかに言った。
「退け。おれは、イーヴェを殺しにきただけだ」
魔導師役の男性が低い声で言った。
「わたくしが愛してあげる。だから、恐れないで」
女王役が、再び高らかに声を発し、その両腕を広げる。
ふたりの役者が演じ始めると観客はほどなく鎮まり、食い入るように見つめ、息を潜めるようにさえなっていた。
*女王ユゥリアと魔導師カヤの物語があります(メインの物語だったりします)。短編【夢を見てもいいですか。】【そばにいてもいいですか。】です。
そちらも是非、読んでいただけると嬉しいです。
このたびも読んでくださりありがとうございます。