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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたに面映ゆく。】
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45 : その姿がいとしくて。4

イチカ視点です。





 夕食を作るアサリの後ろ姿を眺めていたときだった。

 イチカのために食事を用意するアサリの姿がいとしくて、もうそれだけでにこにことしていたイチカだったが、いきなり背後から拘束された挙句に引っ張られて、声を上げる暇もなく口を塞がれた。


「ちょ……っ」


 さすがに焦った。

 シゼの別宅でなに者かに襲われる想定などしていない。ましてそんな危険などイチカの身に起こるわけもない。そう思っていたので、油断していた。

 おまけに、イチカは防御に特化した魔導師である。襲われて反撃できる、抵抗できる力など持っていない。頼れるのは師に教わった体術だけだが、残念なことにそれはイチカには不向きで、これまで師によい顔をされた例がなかった。

 つまるところ、イチカは戦闘において役に立たない魔導師だった。


「おまえちゃんと堅氷に武術習ってんのか?」


 座った椅子ごと後ろに転がされて、その拍子に後頭部を少しぶつけて痛みに顔をしかめていたら、そんな声が降ってきた。


「なにごとっ?」


 音だけはやけに大きく響いたので、料理をしていたアサリが吃驚して振り向く。

 イチカを背後から襲った人物が、なんでもない、とアサリに手を振った。


「なにしてるの、ロザ。イチカは?」

「ここ」

「……なにしてるの」

「いやあんまりにも無警戒で」


 思いつきで襲われてはたまったものではない。

 が、しかし、ロザヴィンは飄々としている。


「痛いのですが、雷雲さま……」

「無警戒なおまえが悪ぃな」


 襲ったほうは悪くないというのだろうか、と思いながら、イチカは情けなく転んだ体勢をどうにかしようとロザヴィンの手から逃れる。


「お戻りになられたのですね」

「おまえに使い方教えようと思ってたからな」

「ああ……それですが、お返ししますよ。僕には使えませんから」

「おい、アサリ嬢。こいつちょっと借りるぞ」


 いや話を聞いてください、と師でもないのにロザヴィンに思う。話を聞け、と思うのはいつも師に対してであるのに、ロザヴィンにもその傾向があるとは残念なことだ。


「もうすぐ夕食だから、早く返してね」

「努力する」


 ああそんな簡単に僕を貸したりしないでください、とアサリに思ったが、イチカの視線が気になっていなかったわけではなかったらしいアサリは、これで料理に専念できるとばかりに笑顔でロザヴィンにイチカを託してしまう。

 イチカは後ろ首の襟をロザヴィンに掴まれ、引き摺られるようにして厨房から連れ出された。


「拉致……」

「言葉悪ぃな、おい。ちゃんとアサリ嬢から借りたじゃねぇか」

「僕は承諾していません」

「……おまえ、ほんとに堅氷の弟子か?」

「どういう意味ですか」

「もっとおとなしいかと思ってた」


 居間なのだろう部屋に入ると、イチカを長椅子に放り投げたロザヴィンに、しみじみと観察された。


「実際はあんまり似てねぇのな」

「僕と師ですか?」

「似てんなぁと思ってたんだけど」

「……根本的に似ていないと思いますが」


 師のような行方不明癖も放浪癖もない、と言えば、片眉を上げたロザヴィンは「そうだったな」と言った。


「雰囲気だけか。昔の堅氷にはそっくりだけど」

「……昔の?」

「ああ。まあでも、おまえより好戦的だったな。けっこう容赦ねぇんだ、あいつ」


 ロザヴィンの口から語られる師の過去に、そういえば、とイチカも昔を思い出す。


「あのとき……雷雲さまもおられたのでしたか」

「あ? いつだよ」

「ヴィセック孤児院の……あれは事件というのでしょうか。僕はその孤児院にいたわけではありませんが、あの事件があったときに師に拾われたので」


 もう七年か八年も経つのか、とのんびり考えていたら、ロザヴィンに少し驚かれていた。


「なんですか?」

「憶えてたのか」

「……、忘れませんよ」


 忘れられるわけがない、とイチカは唇を歪める。

 あのとき、師に拾われたあの日、イチカは強く願ったのだ。

 生きたい、と。

 わけもわからず、ただ死んでいくのはいやだった。もっと世界を見たかった。もっとなにかを知りたかった。もっとなにかを、感じていたかった。


「あんとき、おまえかなり衰弱してただろ。堅氷はともかく、おれもそこにいたなんて、よく憶えてたな」

「……いろいろと、憶えていますよ。僕の記憶はそこから始まっているようなものです」

「……そっか」


 なにを思ったのか、ニッと笑ったロザヴィンに、頭をくしゃくしゃに撫でられた。アサリに結えられた髪が少し乱れたが、不快ではないその手のひらは擽ったい。


「街でやった銀塊、出せ。使い方教えてやるよ」

「そのことですが、僕は使えませんよ。そもそも加工の仕方も知りません」

「だから教えてやるって言ってんだよ」


 あくまでも使い方を教えると言ってきかないロザヴィンは、返すと言っても頷かず、どこから出てくるのか懐からさまざまな道具を取り出して卓に並べた。


「……なにをする気ですか?」


 この道具はなんだろう。

 なにに使う道具なのかもわからないイチカに、ロザヴィンは特に説明することもない。


「気休め程度にしかなんねぇが、堅氷の弟子やってられるくらいだ、効力は充分だろ」

「はい?」

「アリヤ殿下に言われて、花、摘んでねぇか?」

「……フューネでしたら、アサリさんに渡しましたが」


 アサリみたいだと思っていた白い花は、アサリに渡してある。押し花にすると言って喜んでいた姿が、今でも眩しい。


「フューネか……そんなに難しくねぇな」

「? 難しい?」

「初心者のおまえでも作れるってことだ」

「……作る?」


 銀塊をそのままなにかに使うと思ってはいなかったが、だからといって自分が加工できるわけでもないと思っていたイチカにとって、「作る」というのは予想外な言葉だった。

 首を傾げていたら、ロザヴィンは、珍しいとも言えるやんわりとした笑みを浮かべた。


「おまえ、呪具を媒介にしたことはあるか?」


 その楽しそうな顔に、イチカは目を丸くした。







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