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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたに面映ゆく。】
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44 : その姿がいとしくて。3

イチカ視点です。





 これでもかというほどに賑わっている祭りは、昼も夜も関係ない。これを純粋に楽しむ者もいれば、稼ぎどきだと商売に励む者もいる。

 たくさんの人が、たくさんの感情や思考でもって、祭りの中にある。

 アサリとはぐれないようにと手を繋いで、イチカはアサリの楽しそうな表情を飽きることなく眺め、祭りなどそっちのけだ。

 イチカのような若者は、ちらほらといる。アサリのような少女も、あちこちにいる。

 たくさんの人で、祭りは賑わっている。


 だからこそ、魔導師は警戒する。

 その熱気を、その喧騒を、利用する者たちから国民を護るために。


「あ? なんだ、来てたのか」


 祭り騒ぎで喧嘩が起きても、実はそれほど目立つことはない。誰もが祭りの熱気に中てられているせいで、余興の一つにされてしまうことが多いのだ。


「……お忙しそうですね、雷雲さま」


 偶然にも、食糧の調達を終えて帰路につこうとしたところで、イチカはアサリと共にロザヴィンと出くわした。その足許には、過ぎた喧嘩でもしたのだろう男がふたり、踏みつけられている。


「これがおれの仕事だからな」


 がつ、と乱暴に男ふたりを蹴り飛ばしたロザヴィンは、さらに強く踏みつけて彼らを気絶させる。


「乱暴ね、ロザ……これが仕事って、やり過ぎじゃないの?」


 呆気に取られていた様子のアサリが、痛ましそうな目で気絶した男たちを見やる。あまりよい現場ではないので、イチカはその視界を、荷物を持っていないほうの手のひらで覆い隠した。


「イチカ?」

「僕だけを見ていてください」

「……恥ずかしいこと言わないでよ」


 ちょっと頬を赤く染めたアサリは、それでもイチカの言葉は嬉しかったのか、立ち位置を移動してイチカの背中にぴったりとくっついてくれる。

 ふっとアサリに笑んでから、イチカはロザヴィンに視線を合わせた。


「手伝いましょうか?」

「おまえの邪魔はしねぇよ。と、言いてぇが、頼む。ひとり取り逃がしちまったんだわ。捕まえてくっから、こいつら見ててくんね? そんなに時間取らせねえから」

「かまいませんよ」

「悪いな」


 とん、と軽い足取りで取り逃がしたという者を追って走り去ったロザヴィンの代わりに、イチカは気絶した男ふたりを逃がさないよう見張りつつ、近くで露店を開いている人に警邏隊を呼ぶよう頼む。ロザヴィンの行動を終始見ていたらしいその人は、慌てた様子で警邏隊を呼びに走った。


「ね、ねえイチカ」

「はい」

「ロザの仕事って、魔導師じゃないの?」

「魔導師ですよ」

「これも、魔導師の仕事なの?」


 見ないで、と遠回しに言ったので、アサリはイチカの背中に張りついたままの状態でそれを問うてくる。


「盗みでも働いたのでしょう。そこを雷雲さまに捕縛されたのです」

「魔導師って、そういうこともするの? その、犯罪者を捕まえたりとか」

「ときと場合によっては。祭りで魔導師が警備に回るのは、騒ぎに乗じる者たちが多く出るので、警邏隊だけでは手に負えないからです」

「……魔導師って、なんでもやるのね」

「力の系統でだいたいの配置を振り分けますからね」

「力の系統?」

「僕は防御に特化していると、以前教えましたね? 逆の魔導師もいるのです」

「逆……というと、攻撃?」

「はい。同様に、防御も攻撃も均衡な魔導師がいます。その系統で、与えられる任務は分けられるのです」


 とはいえ、そう極端に防御だ攻撃だと、はっきりとした系統が現われるわけではないので、どちらかというと防御だ、とか、どちらかというと攻撃だ、とか、曖昧な振り分けで魔導師は任務を与えられる。

 そう説明すると、アサリは感心したように「へぇ」と言った。


「ロザは攻撃系、ということになるのかしら。盗人を捕まえたわけだし、仕事っていうことは」

「はい。雷雲さまほど攻撃に特化した魔導師はいなかったと思います」

「イチカも、こういうことするの?」

「防御に特化している僕にはできません。威嚇するくらいのことはできますが」

「威嚇?」

「逃げた者の前に回り込んで、逃げられないことを覚らせるのです」

「あ……そういえば、足が速いんだったわね」

「はい。ゆえに、瞬花と」


 イチカの渾名は、足の速さというよりも、力を遣っての俊足移動を由来にしてつけられている。今のところは、イチカのその速度に追いつける者はイチカの師以外にはいない。

 なので、警備に回っても、イチカの役目はその速度を使って状況報告に走り回ることが多かった。


「瞬花……魔導師の渾名って、適当らしいわね?」

「そうですよ」

「……ふふ」

「? どうしました?」


 笑ったアサリに、イチカは首を傾げる。


「イチカの渾名、可愛いなって」

「……そうですか?」

「だって、瞬きの花……やっぱり女の子みたいだからかしら」

「僕は男の子です」


 ちょっとムッとして言ったら、アサリは小さく肩を震わせてさらに笑った。


「イチカっぽいわ。似合ってる」

「可愛いと言われたあとでは……あまり嬉しくないですね」

「お師さまはなんて言うの?」

「カヤさまは堅氷の魔導師と。堅牢な氷だという、少し嫌味な渾名です」

「嫌味?」

「魔導師の渾名は、そういう意味合いも含まれるのです」


 好い意味も悪い意味も含めて、魔導師は渾名される。そう言うと、アサリはよりいっそう身を寄せてきた。


「イチカが可愛らしい渾名でよかった」


 イチカの渾名には、嫌味らしいところはない。


「幸いにも僕は、それほど力を持っていませんからね」


 嫌味をもらうほどではなかった、というのもあるだろう。イチカの場合、皮肉れるほどの力はなく、また無理に皮肉ろうとしても背後にいる師を恐れて口にできないということもある。幸いなことにイチカは、好戦的な同僚にも恵まれていなかった。


「シゼが言うには、守護石の代替えなんてしたイチカの力はそんなに弱いわけじゃないってことらしいけど?」

「守護石は師が改良したものなので、扱えただけですよ」

「と、いうと?」

「原理を知っていただけです。もし改良したのが師ではなかったら、できませんでしたよ」

「ふぅん……そっか」


 力がない、というイチカの言葉にアサリが納得した様子はないが、これ以上それを突きつめられても出せる答えは決まっている。


 アサリがふんふんと頷いていたとき、駆けつけた警邏隊で人垣が左右に開いた。先頭を走ってきたのは隊長と思しき人物で、イチカを視界に捉えるなり首を傾げていた。


「灰色、じゃないな……おまえは?」

「魔導師です。イチカと言います」

「……雷雲の魔導師はどうした?」

「すぐに戻られます。僕は彼らの見張りを雷雲さまに頼まれました。お願いできますか?」


 今は魔導師だとわかるものを身につけていないために、警邏隊長は怪訝そうな顔をしてイチカに警戒を見せたが、伸びている男たちを見咎めるとすぐ、背後に続いていた部下たちに連行するよう命令した。

 ロザヴィンが戻って来たのは、そのすぐあとのことになる。

 気絶した男の片足を引っ張って引き摺りながら、ロザヴィンは新たに人垣を左右に分けて戻って来た。


「雷雲さま」

「おお。悪ぃな、瞬花。警邏も呼んでくれたか……バニシュ隊長、これも頼むわ」


 ロザヴィンは、顔見知りであるらしい警邏隊長に向かって、引き摺っていた男を無造作に放り投げる。


「おっと……相変わらず乱暴だな」

「さっさと行け。次くるぞ」

「そうだな……御助力感謝する」

「ああ」


 イチカのことを訝っていた警邏隊長だが、ロザヴィンのその態度でイチカが魔導師であると信じたらしく、疑いなく素直に捕縛した男たちを連行していく。

 そのやり取りを見終えてから、イチカはアサリの手を引っ張って隣に戻した。


「本当に、魔導師ってなんでもやるわね」


 アサリがそう呟くと、聞こえていたらしいロザヴィンがこちらを振り向いて首を傾げた。


「なんのことだ?」

「雷雲さまの仕事について、説明していました」

「おれの仕事って……ああそうか、それくらいは知ってんのか、おまえでも」

「はい。雷雲さまを知らぬ魔導師はいませんから」

「は、おれも有名になったもんだねえ」


 肩を竦めて自嘲したロザヴィンだったが、ふっと視線を逸らした次にはなにごともなかったかのように懐を探り、袂から出したものをイチカに投げて寄越した。


「やるよ。手伝ってくれた礼だ」


 いきなりのことに落としそうになったが、かろうじてそれを免れて受け取ったものは、小さな銀塊だった。


「礼をされるほどのことはしていません。ここに立ち止まっていただけです」

「いいからもらっとけ。あとで使い方教えてやる」

「? 使い方、ですか?」


 銀塊はそれほど高価なものではないが、だからといって安価なものでもない。ロザヴィンが寄越した銀塊は手のひらに収まるほどだが、これくらいの塊になるとそれなりの値がする。それをぽんと寄越して、使い方を教えてやるからもらっておけと言われても、なにもしていないイチカとしては受け取れない。

 銀塊を返そうとして、しかし使い方とはなんだろうと手許に目線を落とし、次に顔を上げたらロザヴィンは消えていた。


「……雷雲さま?」

「もう行っちゃったわよ。ばいばいって」


 アサリにはしっかりと手を振って立ち去ったらしい。


「なにもらったの?」

「……銀塊です」

「銀? へぇ……見せて」


 手のひらの収まっている銀塊をアサリに見せると、アサリはじっくりと見つめてから首を傾げた。


「綺麗じゃないのね?」

「まだ鉱物の状態ですから」

「ふぅん? そんなのイチカにあげて、どうする気かしら?」

「さあ……?」


 手許の銀塊に再び視線を落とし、イチカは考えてみる。銀塊は加工して装飾具にしたり、硬貨になったり、いろいろと使い道はある。しかしそれらの作業をイチカができるわけではないので、持っていても仕方がないのが実情だ。

 使い方を教えてやる、とロザヴィンは言ったが、さてどういうことだろう。


「まあいいわ。イチカ、帰りましょ? 夕食作らないと」

「そうですね」


 まあ教えてやると言った限りまた逢うわけであるから、というかシゼの別宅に滞在するようであるから、帰ったら返せばいいかとイチカは銀塊を袂にしまい、アサリと共に帰路についた。







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