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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたに面映ゆく。】
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40 : 中至の祭りで遊ばれました。4

イチカ視点です。





 これだと思う白い花を一輪選ぶといい。

 アリヤの言葉で、イチカは小振りの白い花を一輪、魔導師団棟の近くで摘んだ。以前からアサリみたいだと思っていた白い花だ。それをアリヤに見せたら、「フューネですね」と言われた。


「フューネならちょうどいいです。胸に差しておいてください」

「胸に?」

「今夜の宴にはたくさんの人が来ますし、虫避けには抜群の効力を発します。ふふっ」

「むしよけ……?」


 むしよけ、とはなんだろう。そう首を傾げたイチカを無視して、機嫌をよくしたアリヤは中至の祭りの開始を告げる昼の式典に参列した。


 王都中のすべての人々が歓声を上げる中で、女王ユゥリア陛下が高らかに祭りの開催宣言をし、式辞を述べ、次いで第一王子たるアリヤも式辞を述べる。ふたりの姿は輝かしく、また荘厳だった。

 王の象徴ともいえる三対の白い翼を広げた女王陛下の姿には特に、たくさんの人々が魅了されていた。


 それからはわりと忙しかった。

 アリヤの侍従でもあるイチカは、とかくアリヤのそばにいなければならず、また警護の任もある魔導師としてアリヤを護らなければならない。動き回るアリヤの後ろをついて歩き、周りの気配を警戒しながらも、視界にはそれ以外のものが入らない。

 早く、アサリに謝りたい。

 アサリに逢って謝りたい。

 そう思いはしても、思うこと自体がアリヤの警護を疎かにすることに繋がるのかと考えてしまう。けれどもアサリのことが気になる。泣いてはいまいか、悲しんではいまいか、怒って帰ってはいまいか、さまざまなことが胸中を複雑にする。

 悪循環だ、と考えるのをやめるには、イチカはこの手のことにあまりにも不慣れだった。


「イチカくん」


 呼ばれて、ハッとする。呼ばれた当人たるイチカより早く、アリヤがその声に駆け寄っていった。


「叔父上!」

「やあアリヤ、半日ぶり。まぁた可愛らしい礼装だこと」

「母上の趣味ですよ」

「男の子だよって言っているのにねえ」


 駆け寄ったアリヤをひょいと抱き上げたのは、王弟シィゼイユ殿下、愛称をシゼと呼ばれるその人だった。


「お久しぶりにございます、シィゼイユ殿下」

「今日のわたしはホーン公爵だよ。久しぶり、イチカくん」


 昼の式典には、襲爵したホーン公として参列していたシゼは、その最中は貴族席のほうにいたのだが、終わる頃には気づいたらいなくなっていた。どこかに行っていたのか、その衣装は所属している医務局の制服に変わっている。挨拶回りでもしてきたのだろう。

 思わず、シゼの近くに魔導師を捜してしまう。襲爵して公爵となっているとはいえ、シゼは王弟だ。その近くには必ず、魔導師がいるものである。その魔導師とは、大抵が幼馴染たる雷雲の魔導師ロザヴィンだ。


「ん? ああ、ロザならいないよ。用事を言いつけているからね」


 まさかまだアサリのそばにいるのだろうか。そう考えて、胸に去来するもやもやとしたものに首を軽く振った。


「……代わりの魔導師を従えてください。祭りの熱気は危険です」

「だいじょうぶだよ。宴には間に合わせるからね。それよりイチカくん、アリヤとお茶でもしたいんだけど、その時間はあるかい?」


 お茶をしたい、と言ったシゼに、歩き疲れていたのだろうアリヤが目を輝かせた。まだ幼いアリヤには、いくら祭りで王族の役目を果たさなければならないとはいえ、きつい日程だったのだ。このくらいで休憩を挟んでも誰も文句は言わない。


「これより宴の時刻まででしたら、ございます」

「そう。じゃあお茶にしようか、アリヤ」


 にこ、とアリヤに微笑みかけたシゼに、アリヤは「はい!」と嬉しそうに返事をする。イチカはふたりに会釈すると、部屋へと案内した。


「イチカ兄さん、イステリアの茶葉ってまだあります?」

「殿下の居室にでしたら」

「じゃあイステリア茶と、リョコの甘菓子をお願いします」

「承知いたしました。少々お待ちください」


 案内した控えの部屋にふたりを通し、アリヤの近衛騎士にその場を任せると、注文の茶葉と菓子を取りにイチカは部屋を出た。

 厨房で湯を頼んでからアリヤの居室に行き、茶葉を確認して持ってくる頃には湯は湧いていて、甘菓子は保存加工されたものなので皿に綺麗に盛りつけしてもらう。配膳台にそれらを乗せて再び控えの間に戻れば、アリヤとシゼは朗らかに談笑していた。


「お待たせいたしました」

「わぁ、ありがとうございます、兄さん」


 お茶を淹れることには慣れているので、適温のお茶をふたりに淹れて卓に置く。シゼは先にお茶を飲んだが、アリヤは真っ先に甘菓子へと手を伸ばし、頬張っていた。


「では、僕は少々この場を離れますが、なにかありましたらお呼びください」

「え、兄さんも一緒にお茶しましょうよ」

「いいえ、これから宴の警備について最終確認もありますので、少しの間この場を近衛の方々にお任せいたします。お許しください」


 一緒にお茶をしたかったのに、と残念がるアリヤに苦笑して、イチカは再び近衛の騎士たちにアリヤを頼むと部屋をあとにした。


 今夜の宴を警備する魔導師は、王都近辺にいた者たちも呼んでいるので、魔導師団棟に集まった魔導師はいつにも増して多い。とはいえ十数人程度なのだが、こういう祭りでもない限り、一堂に会すのは滅多にないことだ。互いに顔は見知っているが、生憎と名前まではわからない。だが、つけられた渾名はわかる。

 渾名で呼び合いながら警備の最終確認をすると、意外にも綿密なそれに少々時間がかかり、宴が始まる一時間前になってからそれぞれが持ち場へと移動した。

 少し時間が空いたらアサリのところにでも行こうと思っていたイチカだが、もう宴が始まる時間だ。アリヤのもとへ戻らなければならない。

 残念に思いながらアリヤのところへ戻ると、シゼはすでにおらず、アリヤがひとりで寛いでいた。


「おかえりなさい、兄さん」

「ただいま戻りました。シィゼイユ殿下……ホーン公爵は先に行かれたのですか?」

「さっさと顔を出して、さっさと帰りたいそうです」


 シゼらしいことだ。


「では、殿下も移動しましょう」

「気が早いですよ、兄さん。僕は叔父上のようにはいかないんですから、もっとぎりぎりでいいです」


 王族としての義務がある、と頬を膨らませたアリヤは、だらしなくもごろりと、寝椅子に転がる。疲れているのだろうから見逃したいところだが、それではせっかくの愛らしい礼装が皺だらけになってしまう。


「殿下、せめて上着だけでもお脱ぎください」

「はぁい」


 ぽーい、と寝転がったまま脱いだ上着を放ったアリヤに苦笑しながら、投げられた上着が床に落ちる前に拾った。


「ねえイチカ兄さん」

「はい」

「楽しみにしていてくださいね」

「はい?」


 上着を綺麗に畳んでいたら、満面笑顔のアリヤにそう言われた。意味がわからなかった。


「ぼくは人間らしい兄さんをたくさん見られそうで、今日はとても楽しいです」

「……そうですか」

「きっとカヤも楽しみだと思います。母上も。だから兄さん、今日は遠慮なんて要りませんからね」


 なんのことだろう、とイチカには理解ができない。しかしアリヤはとても楽しそうだ。シゼとの休憩は充実したものになったのだろう。


 宴が始まる時間までその部屋で過ごすと、陽も暮れ始めて城内に明りが灯された。


「もう始まっちゃうんですか……ですけど、楽しみなこともありますし、そろそろ行きますか」


 イチカが「行きましょう」と口にする前に、アリヤは自ら動き出してくれた。









 宴でのアリヤは忙しい。たくさんの人が声をかけてくる。

 ゆったりした音楽が流れて始まった宴は、ふだん王城に詰めている官吏たちの懇親会のようなものにもなっているので、多くの人がいるわけではない。どの人もアリヤ殿下には身近で、その家族が連れられているからアリヤは忙しいのだ。

 イチカはアリヤのそばに控えているだけなので特に忙しいわけではないが、気配を探る感覚だけは鋭くなっていた。


「ああ……イチカ、見てください」


 公の場で、アリヤはイチカを「兄さん」とは呼ばない。そのアリヤが、会場の中央にいたホーン公爵ことシゼを見ていた。


「叔父上はいつまで結婚されないつもりでしょうねえ」


 それはアリヤのひとり言だった。イチカに返事を求めているわけでもない。それなのにわざわざイチカにシゼを見ろと言ってきたことを不思議に思いながら、その姿を視線で追う。


 そうして、見つけた。


「……っ!」


 思わず息を呑み、頭が真っ白になる。

 視界に映るのは、濃紺の礼装。

 シゼではない。シゼは王立医務局の礼装を着ている。

 あれは。

 公の場で魔導師の身内を表わすこともある濃紺色。

 そして。

 目にも艶やかな濃紺色の礼装を美しくまとっているのは。


「アサリ……」


 誰よりも、いとしい人。

 いとしくて、いとしくて、愛してやまない人。


 思わず身体が、いとしい人のもとへ行こうとした。


 けれども。


 瞬間的に見えたその人の笑みに、イチカは愕然とする。


「……なぜ、公と……」


 アサリはシゼの隣に並んでいた。その腕を組んで、親しげに話していた。


 とたんに全身を襲う虚ろなものに、イチカの思考は停止した。


「イチカ、姉さんですよ。叔父上が連れてきて……、イチカ?」


 アリヤに話しかけられている。それはわかる。わかるのに、返事ができない。


 指先が震え、脚が震え、立っているのにその力の感覚が遠い。

 動けない。

 なにも考えられない。


 けれども。


 いやだ、という感情が。

 僕のだ、という独占欲が。

 胸の奥底から湧き上がってくる。


「イチカ……、兄さん。ねえ、兄さん。聞こえていますか? アサリ姉さん、連れてきちゃったんですけど……イチカ兄さんったら」


 アリヤが、なにも反応しないイチカを怪訝に思って、その手を伸ばしてきたとき。


 ずどん、と。


「え?」


 イチカの周りの空気が冷える。


「に、にいさん……? まさ、か……っ」


 アリヤの切羽詰まったような声など、イチカにはすでに聞こえていない。いや、なにも聞こえていない。今イチカは、見ているだけだ。目の前の、全身を苦しめるものに囚われて、そこから視線を外せずにいる。


「アサリ……」


 イチカは手を伸ばす。

 いとしい人を、この腕に捕まえるために。


 しかし。


「暴れるな」


 視界が真っ黒なものに遮られる。

 伸ばした腕は強い力で抑え込まれる。


「アサリ! アサ…っ…、ふぐっ」


 いとしい人を呼ぼうとした口は、手袋をはめた大きな手のひらに塞がれる。

 放せ、と暴れた。

 アサリのところへ行かせろと、暴れた。

 僕のものを返せと、暴れた。

 アサリは僕のものだ。


「暴れるな。おまえを縛るそれが、おまえを攻撃する。やめろ、イチカ」


 自分を抑えつけるそれに、イチカは必死に抗う。


「アサ、リ…っ…アサリ…っ…あ、さりっ」

「イチカ」

「あさ、りぃ……っ」


 放せ、放せ、放せ。

 アサリは僕のものだ。

 僕が見つけた、僕のいとしい人。

 この腕に捕えて、この腕に包んで、すべてを愛する人。

 僕の美しいアサリがそこにいる。


「あさり……っ」


 目が痛い。

 腕が痛い。

 胸が苦しい。

 ああどうして。

 どうしてこんなに、苦しいのだろう。


「あさりぃ……っ」


 助けて、アサリ。

 あなたがそばにいないと、こんなにも、僕は苦しい。


「落ちつけ、イチカ。だいじょうぶだ」


 抑えつけないで。

 僕の、アサリへの想いを。

 助けて、アサリ。

 あなたがいとし過ぎで、僕は、狂ってしまう。


「あさりぃ……っ!」


 助けて、アサリ。







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