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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたに面映ゆく。】
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39 : 中至の祭りで遊ばれました。3





 手足がひどく冷える。

 身体がずっと寒さに震えている。

 外は暑いくらいなのに、アサリは凍えそうになっていた。


「気晴らしに祭り、見に行かねぇか?」


 部屋に籠もったアサリを気遣ってロザヴィンはそう申し出てくれたが、今日はもう一歩も外へ出たくなかった。祭りを楽しめる気分にもなれそうにない。

 アサリは寝台の上で、両膝を抱えた。


 もう帰ろう。

 ハイネには悪いが、もうここにはいられない。

 イチカに逢いにきたのに、そのイチカに拒絶されてしまった。ここにいる意味など、祭りにきた意味など、捜してもどこにもない。アサリにとって、祭りを見ることこそが口実であり、本来はイチカに逢うことを目的としていたのだ。

 いや、ただ逢うだけなら、目的は達しているかもしれない。その視界に、数秒しか入ることはできなかったけれども。


「アぁサぁリぃちゃん」

「! シ、シゼ?」


 声が耳許でして、吃驚した。

 顔を上げると、勝手に部屋へ入ったらしいシゼが、にっこりと笑ってそこにいた。


「久しぶりだね、アサリちゃん」

「……久しぶり」

「ああやだやだ、そんな声は聞きたくないよ」


 そんな声、と言われても、こんなときにハイネのような元気な声など出せない。


「放っといて」

「それができたらいいんだけどね。生憎とわたしはきみに逢いにきたものだから」

「もう逢ったでしょ。帰って」

「ここはわたしの家だよ」

「ならわたしが出てく」

「あぁごめん、意地悪言いました。わたしにかまってください。やっと城から出られたんだよ」


 帰る、と寝台から降りようとしたら、とたんにおろおろしたシゼに引き留められる。ごめんね、と謝られたが、少々不貞腐れている自覚があるアサリはぷいっと視線を背けるだけにした。


「……荒れてるねえ?」

「べつに」

「イチカくんには逢えた?」

「……逢えたけど」


 今朝のことを思い出すと、鳩尾の辺りから冷え冷えとしたものが込み上げてくる。

 ぎゅっと強く、拳を握った。


「……嫌われた、かも……しれない」

「え、どうして?」

「だって……っ」


 イチカはアサリを見なかった。言葉も聞いてくれなかった。アリヤのことばかりで、アサリに話しかけてくれなかった。


「ロザから聞いた限りでは、そんな態度は一つも……なかったと思うけど?」

「わたしを見なかった…っ…迷惑だったのよ」

「そうかなぁ?」

「そうよ……っ」


 いつもアサリは待っているばかりだった。だから逢いにきたけれども、それはイチカの本意とするものではなかったのだ。

 来るのではなかったと、アサリは唇を噛みしめる。


「まあいいか。それなら、わたしにつき合いなさいよ」

「……シゼに?」

「今夜、祭りの宴があるんだよ。参加するつもりはなかったのだけど、姉上に無理やり、ね……いたくもない場に行くわけだから、わたしを助けてくれないかな」


 シゼの誘いはとんでもないことだ。祭りの宴なんて、それは王都中で開かれてはいるが、シゼが出席するとなるとそれは貴族たちの集まりだ。シゼは王族として、王弟殿下として参加するに違いない。そんな社交場に、アサリのような平民が出ていいわけがない。たとえそれが、王弟シィゼイユからの言葉でも。


「無理よ。わたし、貴族じゃないもの」

「だからいいんだよ。それに、最初だけでいいの。最初だけ少し顔を出したら、あとはアサリちゃんが食べたいものをご馳走するから」


 顔を見せるだけでいいのだ、とシゼは言うが、それにしてもアサリには無理だ。第一、着ていく衣装がない。身の丈に合う衣装も、そのどれも貴族のようなものなど一枚もない。


「無理ったら無理。わたし、帰るわ」

「そんなこと言わないで。ほら、アリヤからの贈りものもあるから、それを着ればだいじょうぶ。あとはただわたしの横に少しいてくれるだけでいいから」


 すぐに終わるよ、あとは食事をご馳走するから、とシゼはしつこく誘ってきて、アリヤからだという贈りものの箱をロザヴィンに運ばせて寝台に置かせた。


「王子さまが、なんでわたしに?」

「そこはほら、ね?」


 なにが「ね?」なのか。


「女の子なら一度は着てみたいでしょ? ロザ、箱を開けて」


 シゼはロザに箱を開けさせ、その中身をアサリに見せる。


「これ……」

「どう? アリヤの趣味もなかなかだと、わたしは思うんだけど」


 箱の中には、濃紺の礼装(ドレス)が入っていた。きらきらと光るのは、宝石ではなく特殊な銀糸だろう。質素ながらも華美な、思わず手を差し伸べたくなるような衣装だ。


「アリヤがね、これをアサリちゃんに着て欲しいそうだよ」

「わたしに?」


 こんな美しい礼装を、アサリのような平民が着ていいのだろうか。


「ちょっと着てみたくなってくれた?」

「着てみたい……けど」


 似合うかどうかはともかく、一度でいいからこういう衣装は着てみたいと思う。

 けれども、これを着てシゼにつき合うのは、やはり気が引けた。


「着ようよ。それで、ちょっとだけ宴に出て、あとはゆっくりわたしと夕食にしよう」

「……ちょっとだけ?」

「もちろん。わたしは宴が得意ではないからね。姉上に言われたから、まあ顔だけなら、と思っているだけだよ」


 ほんの少しだけだから、と言われれば、なら少しくらい、とアサリも思ってしまう。


「宴にはアリヤでも出るから、ちょっと緊張するかもしれないけど、知り合いがいないわけではないよ。だいじょうぶ」


 アリヤも宴に出る。

 それなら、イチカはどうなのだろう。


「……イチカは、出るの?」

「イチカくんは魔導師だからね。警備を言い渡されていれば、どこかにいるとは思うけど」


 逢うことはないのかもしれない。この礼装を着て、その姿をイチカに見せたいとも思うけれども、また無視されるのはいやだ。


「ねえアサリちゃん。せっかく王都くんだりまで来たんだし、ちょっとくらい華やかな経験をしてみてもいいんじゃない?」

「それは……思うことだけど」

「行こうよ。ね?」


 にこ、と微笑むシゼは優しい。

 そんなシゼに、どうして惚れなかったのか不思議になってくる。言ってしまえば、イチカよりも長い時間を、シゼと一緒にいる。それなのに、アサリの心を占めるのはイチカひとりだ。


「……わかった。ちょっとだけ、ね」


 いつだって優しさばかりをくれるシゼに、少しでもお礼ができるなら、宴に出てもいいかもしれない。

 そう思って、アサリは返事をする。

 シゼは笑みを深めた。


「よかった……うん、たくさん、楽しんで帰ろうね」


 シゼの優しさに触れて、寒さに震えていた手足が、ほんのりとぬくもりを取り戻した。







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