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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたに面映ゆく。】
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34 : 追いかけて。





 ふとした瞬間に、生々しく鮮明に思い出してしまう。だから、努めてそれを思い出さないように、仕事に励む。

 けれども、どうしても思い出してしまって、アサリは顔を真っ赤にした。


「アサリ、あんた今日、ずっと百面相してるけど……」


 仕事の終わり、帰り支度をしていると、同僚のハイネが同じように帰り支度を整えてすり寄ってきた。


「イチカくんと上手くいってるみたいね」

「ちょ、ハイネ!」

「きゃあ、アサリが真っ赤だわあ!」


 ハイネは嬉しそうに声を上げ、アサリの羞恥を煽る。大声でああだこうだと言うので、その口を閉じさせるために逃げたハイネを追いかけ回した。


「口! 閉じて、ハイネ!」

「あんもう……面白いのにぃ」


 漸く捕まえて黙らせたはいいものの、言い足らないだろうハイネを野放しにするのは危険だ。妄想を膨らませて、それを現実にあったかのように村中に伝えかねない。ハイネはそういう女性だ。


「お願いだから、黙って、ハイネ」

「なによぅ……あたしだって場所とかいろいろ考えてるわよ。第一、イチカくんがいないじゃない。どこに行ったのよ、あんたの旦那は」

「だっ……まだ結婚してないわよっ」

「え、まだなの? なにやってんのよ、あんたたち。というか、イチカくんの甲斐性? 意外と甲斐性ないのねえ、イチカくん」


 魔導師なら給料もいいだろうに、なんてことを言ってくれたハイネに、アサリは肩を落とす。

 イチカの甲斐性とか、そういう問題ではないと思うのだが。


「イチカは魔導師なのよ? 王城に詰めてるのがふつうなんだから」

「でも、あんたの恋人でしょ?」

「そ……そうだけど」

「ちなみに、最後に逢ったのはいつ?」

「……い、五日前」

「ぼやぼやしてると王都の女にイチカくんを取られちゃうわよ?」

「まさか!」


 そんなことはないはずだ、と言ったら、ハイネに呆気なく「そうかしら」と一蹴されてしまった。


「あの子、外見だけはまあいいほうじゃない? けっこうもてると思うのよね。それに魔導師ならそういう話も上司からされるでしょ。断るに断れない場合もあるんじゃないかしら?」

「……でも、イチカは」


 アサリのいとしい人は、いつでもアサリと一緒にいたいと言って、休みをもらってはアサリのところにやってくる。五日前もそうだった。いてくれたのは二日間だけだったが、のんびりとふたりで過ごし、王都に戻る前日はひどく求められたものだ。その翌朝、王都へ戻ることを渋るいとしい人を、アサリも寂しく思いながら送りだした。


「あんた、あの子を追いかけなくていいの?」

「追いかけるって……だって、わたしにはじいさまとばあさまがいるし」

「離れたくない気持ちはわかるけど、でも、あんたイチカくんが好きなんでしょ?」


 イチカが好きだ。それはもう、出逢ったときから始まっていた想いだ。


「休みのたびにイチカくんが王都から来てるみたいだけど、たまにはあんたから逢いに行くっていうだけでもいいんじゃない? イチカくんが今度くるのはいつなの?」

「しばらくは来られないって……祭りがあるから、王子さまの警護を強化しなくちゃいけないみたいで」

「祭り! ちょうどいいわ、あんたからイチカくんに逢いに行きなさいよ」

「でもイチカは仕事が」

「祭りを楽しむのはいつでもいいのよ。大事なのは、あんたのほうから逢いに行くこと。喜ぶわよ、イチカくん」

「そ……そうかしら」


 ハイネにのせられている気がするも、言われて悪い気はしない。確かにアサリのほうから逢いに行くことはなく、イチカのほうから来てくれることばかりだったので、たまにはアサリが王都へ、イチカに逢いに行ってもいいかもしれない。


「よし、そうと決まればまずは旅行の手配ね。王都の祭りって……ああ、ちょうど二日後じゃない。明日出れば、祭りの初日に間に合うわね」

「そんないきなり行け」

「行けるわよ。ついでだから、あたしも行くわ。ゼレクスンに手配を頼むわね。あんたは休みの都合をどうにかしなさい。ま、ほとんど休みなしで働いてるあんたなら、だいじょうぶでしょ」


 行動が素早かったハイネは、厨房にいる店主ボルトルに明日から一週間の休みを宣言すると、文句を言われる前にさっさと帰ってしまった。あまりの素早さにアサリはうっかり断り損ね、怒鳴り込んできたボルトルに睨まれる。


「まさか、おまえもか」

「え、いや、あの……」

「王都の祭りに行くのか」


 この時期、王都だけで開催される祭り、一年の中心に残りの半年を無事に過ごせるよう祈る祭りを見に行く者は多い。今年は特に、三日間のその祭りの間の天候が快晴だという予報が魔導師から出されているので、最終日には滅多に上がらない花火が企画され、それを見るためにこぞって出かける者たちで街道は溢れているらしい。さらに一月後には豊穣祭もあり、豊作である今年を祝う行事は久しぶりに派手だと言われていた。


「……気をつけて行ってこい」

「え?」


 ボルトルの思いのほか優しい言葉に、アサリの目は丸くなる。


「小僧がいるんだろ、王都に」

「う……うん」

「しっかり捕まえてこい」


 ボルトルはそう言うと、厨房に戻っていった。どうやら一週間の休みを、アサリは獲得できたらしい。

 ちょっと、ハイネにのせられてよかったかも、と思った。


 その日の夜、出かける旨を祖父母に伝えて準備をしながら、アサリの胸はじわじわと「イチカに逢いに行く」のだということに楽しみを感じ、うきうきしながら支度を整えた。







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