33 : いとしきひと。
【イチカ成長?編】始まります。
イチカ視点で始まります。
恋愛要素が濃く(たぶん)出ていますので、ご注意ください。
イチカはある人を捜して、家の中を歩き回っていた。
王城にいるときのように家出が好きな師を捜しているのではなく、この世界で誰よりも大切でいとしい人を捜して、その黄緑色の双眸をあちこちに彷徨わせている。
「ラッカさん、アサリさんを見ませんでしたか?」
「いつまでわしを名前で呼ぶ気じゃ、イチ坊。じいさまと呼べと言っとるだろうが」
「イチカです……じいさま」
「アサリなら森じゃよ」
家の裏にある畑にいたいとしい人の祖父ラッカに、いとしい人の居場所を聞いてほっとする。台所で食事の用意をしているいとしい人の祖母アンリに、いとしい人を追いかけることを伝え、イチカは家を出た。
晴れた空を見上げて目を細める。
今日は晴れてくれたらしい。昨夜は風が強くて、今日の天候が荒れまいかと心配だったが、杞憂に終わったようだ。
いとしい人が向かったという森は、家から東に少し歩いた先にある。高台になっているので、森の手前からは村全体が一望できた。イチカのいとしい人は、なにかあるとその丘に向かう癖がある。
空の様子や外気温、風圧、湿気を肌で感じて今後の天候を予想しながら森へ向かうと、次第に道が登り坂になった。
足許に注意しながら歩き続け、ふと顔を上げたとき、イチカはいとしい人を見つけた。
「アサリさん」
声をかけると、いとしい人、アサリは振り向いた。
「早いわね、イチカ。おはよう」
溢れんばかりの眩しい笑みに、イチカは知らずほっと息をつく。そばまで行くと自然に手が伸びた。
「僕を置いて行かないでください」
そっと触れた頬は、少し冷たい。随分と長くこの場にいたようだ。温めてあげたくて、イチカは両手でアサリの頬を包んだ。アサリはそんなイチカに、抵抗もせず身を任せてくれる。
「置いてくなんて大袈裟ね。起こすのが可哀想だから、声をかけなかっただけよ」
イチカより一つだけ歳上のアサリは、やはりその分だけ少しお姉さんで、イチカを子ども扱いすることがある。くすくすと笑っている今もそうだ。
「僕はいつでもアサリさんと一緒にいたいのです」
「ふふ、わたしもよ」
「だから、置いて行かないで」
イチカは覚えた。
アサリがイチカを子ども扱いするなら、それに甘んじてしまおうと。自分から離れられなくなってしまうくらい、たくさんの心配をかけようと。
だから、イチカは微笑むアサリの額に、己れの額をこつんとくっつける。この距離を許してもらえたら、口づけができる。少し窺っていると、アサリが頬を赤らめたので、イチカは素早くその唇を奪った。触れていた頬を解放して腰に腕を回し、抱き寄せる。
「イチ…っ…カ」
「はい、アサリさん」
「だ、だめ、今日は城に行くって」
「ああ、そうでしたね。残念です」
離れて、と言ういとしい人の言葉を無視して、イチカは抱き寄せる腕に力を込める。
本当に、この人が自分なしでは生きられなくなってしまえばいいのに、と思った。
自分はもう、この人なしでは、生きられないから。