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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
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01 : 淡々とした。





 アサリは、村の外れで祖父母と暮らしている。仕事場は村の中心にある食堂で、それなりに繁盛している店だ。そこでの給仕と、たまに厨房での下準備を手伝っている。ちなみに大衆食堂なので、常連客は役所の下っ端の人だったり、工事職人だったり、近くに店をかまえている店員だったりと、さまざまではあるが貴族階級の人が来るような場所ではなく、庶民専用の単価が安い店である。


 この日は、出勤時間がぎりぎりだったことと、店が開いても今朝の魔導師のことで気も漫ろになっていたことから、昼の忙しい時間を過ぎると店主にもう帰れと言われてしまった。


「朝に拾ったっつう行き倒れが気になるんだろ? もう今日はいい、帰れ。このところ休みなしで働いてもらってたから、ついでに明日も休んでいい。ほら、持って帰れ」


 と、気前のいい店主は手土産まで持たせてくれる。

 顔は怖いのに、その手から作り出される料理はいつだって絶品だ。顔が怖くて愛想が悪くても常連客がいるのは、この味に魅了されているからである。けして、単価が安いからでも、食堂が一件しかないからでもない。


 店主の逸品をありがたく頂戴し、ついでに休みもいただくと、アサリは足早に帰宅した。


「あらアサリ、早いわね」

「休みをもらったの。あの魔導師さん、どう?」


 祖父は家の裏にある畑に行っているようで、家には祖母だけだった。少し遅い昼食の用意をしていたらしく、空腹にはそそられる香りが家中に漂っている。


「わたしが見たときはまだ眠っていたわねえ。匂いに誘われて起きてくれたらいいんだけど……アサリ、見てきてくれるかしら」


 魔導師はまだ意識を取り戻していないらしい。

 本当は風邪ではなく、大変な病気なのではと少し医師の彼の言葉を疑いながら、アサリは魔導師を眠らせている部屋に向かった。


 一応、扉を開ける前には軽く叩いて、入りますよ、と合図する。もちろん返事はなく、まだ意識が戻らないのだろうと、アサリは扉を開けた。


「あ……起きてたの?」


 魔導師は起きていた。

 それも、身体も起こして、ぱっちりと目を開けて、その綺麗な顔を、透き通るような黄緑色の双眸をアサリに向けて、目覚めていた。


「起きているかどうかは、見ればわかると思いますが」


 淡々とした無機質な声も、綺麗だ。この村にはないものだ。

 けれども、その言葉にはカチンときた。


「身体を起こして平気なの? 今朝、すごい熱だったんだけど」

「熱? ああ……だから身体が思うように動かないのですね」

「え?」

「ここはどこですか?」

「ちょっと待って。あなた、無理して身体起こしてるなら、寝なさいよ。治りが遅くなるわよ」


 駆け寄って魔導師の額に触れると、まだ熱い。アサリは慌てて魔導師を布団に戻した。


「平気ですが」

「どこが平気なのよ。こんなに熱が高いのに」

「熱で身体が動かなくなることは、これまでにもありました。とくに問題はありません」

「あのね……問題大有りよ」


 高熱の意味をきちんと理解しているのだろうか。

 いや、この様子では理解していない。

 だとすると、起きていたことに対するあの言葉も、魔導師は皮肉って言ったわけではないのかもしれない。

 変な魔導師だ。


「あなた、名前は? わたしはアサリ、アサリ・ベルテというの」


 なんだか庇護欲を煽られる魔導師は、アサリの自己紹介に少し黙してから口を開いた。


「イチカです」

「イチカ? へえ、可愛い名前の魔導師さんね」

「? なぜ僕が魔導師だと……ああ、官服ですか」


 この国、ユシュベル王国には魔導師がいる。天災が多いせいで被害も多く大きいこの国で、それらから民を護ってくれているのが魔導師だ。そして魔導師は王立の魔導師団に所属しているので、官服の着用が義務づけられる。一目で魔導師だとわかる恰好をし、衆目に関知させているから、アサリも官服が魔導師のものだとわかったのだ。


「びしょ濡れだったから、じいさまに着替えさせてもらったわよ。ちゃんと洗って乾かすから、心配しないで」

「お手数をかけます」


 きちんとした教育を受けたのだろう、丁寧な魔導師くんだ。そういった雰囲気も感じられる。


「先ほどもお訊ねしましたが、ここはどこですか?」

「ああ、そうね。ここはレウィンの村よ。王都から東に、丸二日かしら」

「レウィン……ですか」

「あなた……イチカは王都から来たの? それとも王都に帰る途中? それにしたって、大嵐の中をよく歩いたわね」


 今思い返すと、魔導師、イチカは身一つで、荷物のようなものはなに一つ持っていなかった。イチカを魔導師だと証明する官服だけが、今のところイチカの身を保証している。


「べつに、嵐の中を歩きたくて歩いていたわけではありません。気づいたら嵐の中にいただけです。王都から出るときは、晴れていました」


 どうも言葉一つ一つにカチンとくるが、たぶんそれはイチカの淡々とした言葉のせいだ。というより、まるで自分を見失っている子どものような言い方で、カチンとくるが同時にかまってやりたい庇護欲がむくむくと育つ。アサリはわりと世話好きなのだ。


「どこかに行く途中だったのね。急ぎ? 急ぎじゃないなら、今はゆっくり休みなさい。なにもないところだけど、病人を放り出すほど貧乏でもないから安心して」


 ぽんぽん、と頭を撫でてやると、イチカは少し吃驚していた。男の子に失礼だったかな、とアサリはすぐに手を引っ込めたが、イチカはすぐに表情を消してしまう。恥ずかしがり屋というより人を拒絶しているかのような態度だ。接触が苦手なのだろうか。


「お昼にしようか? そろそろなにか食べておかないと、薬も飲めないものね」

「くすり?」

「すごい熱だったから、イチカを見つけてすぐに医師に診てもらったの。風邪だそうよ。安静にしていればすぐに治るって、腕は確かだから信じていいわ。持ってくるわね」

「……手間をかけさせて申し訳ありません」


 丁寧だ。

 やはり言葉は、自分を見失っているがゆえの真っ直ぐなもの、或いは本質が真っ直ぐで一途だから、言葉の裏など一切考えていないのだろう。


 アサリは小さく笑って、イチカの昼食を用意するために部屋を出た。


「ばあさま、あの子、目を覚ましたわ」


 台所では、祖母が昼食を作り終えて待っていた。


「そう、よかったわ。これで薬を飲んでもらえるわね。意識はどれくらい?」

「ふつうに話せる。熱があること、だから身体が思うように動かないのか、なんて言ってるわ」

「あらあら、随分と自分の身体を粗末に扱う子ね」

「ほんと。でも、なんだか放っておけないわ。あ、名前はイチカっていうらしいの。王都から来たみたい」

「ほう、そうかい。嵐の中を歩くなんて、よく無茶をしたねえ。ほら、持って行っておやり」


 イチカ用に病人食をきちんと用意してくれていた祖母から、食事が載せられた盆を受け取る。

 夕飯はわたしが作るから、とアサリが言うと、それなら甘えるわと言った祖母は、畑に出ている祖父を呼びに行った。


「イチカ」


 昼食を持ってくることは言ってあるので、扉を叩かずに部屋に入ったら、イチカはまた身体を起こしていた。その視線は、側面にある窓から見える裏の畑にある。


「祖父のラッカと……今来たのは祖母のアンリよ」

「……あなたの祖父母ですか?」

「アサリよ。そう、わたしの祖父母。一緒に暮らしているのはあのふたりだけ」

「……そうですか」


 イチカはそれ以上なにかアサリに問うことはなく、昼食をすべてとはいかなくとも食べると素直に薬も飲んでくれて、すぐにまた意識を手放した。

 アサリは呼吸を確認して、今夜一晩は付き添っていようと決めると、祖母が用意していた熱冷まし用の水桶の中身を変えるため、食事の盆を下げるのと一緒にそれも部屋から持ち出した。

 祖父母と一緒に遅い昼食を摂ったあとは、死んだように眠るイチカを見守りながら、そばで過ごした。







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