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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
29/77

27 : 魔導師の領分。1





 シャンテに案内された場所は、アサリにはよくわからない。ただ、通された部屋はとても華美で、到底アサリのような平民が当然のように使える部屋ではなかった。

 アサリをひとりその部屋に置き、シャンテが去ったあと、そわそわとしていたら扉が軽く叩かれて、半日ぶりのシゼが姿を見せた。


「シゼ!」

「おはよう、アサリちゃん」


 やや疲れていそうな顔をしたシゼは、全体的になんとなくくたびれていて、だいじょうぶかと訊いたら「徹夜したからね」と返された。


「魔導師としてはバケモノでも、奴は人間だったよ。失血が多かったから、さすがに今はまだ起き上がれやしない」

「お師さまはもうだいじょうぶ?」

「わたしが治療したんだから当然」


 イチカの師は、本当に命の危機から脱したようだ。今はまだ起きないが、遅くとも今日の昼には目覚めるだろうとシゼは言った。王子殿下のほうはどうかと訊ねれば、こちらは精神的に疲れ果ててはいるが、身体的な問題はないという。このことを当人がどう乗り越えるか、そこだけは注視する必要があるらしい。


「イチカくんのほうはどうだった? 逢えたんだろう?」

「あ……うん」

「なに?」

「鎖……腕に、つけられていて」

「くさり? 戒めの鎖?」


 イチカの様子を話すと、シゼは幾分か面白くなさそうな顔をして、大きくため息をついた。


「アリヤが悪いって言っているのに……こういうとき王族とか貴族は面倒だな」

「でも、宰相さまからいやな感じはしなかったわ。シャンテ? とかいう人からも」

「宰相も王佐も、基本的に姉上贔屓で悪い人じゃない。話せばわかる人たちだ。だから、体面だけの処置を取ったんだよ」

「体面、だけ?」

「そう。だからいやな感じがしない。でもね、アサリちゃん。イチカくんは必ず罰せられるんだよ」


 采配した人たちに悪い人はいない。だから悪いようにはしないと思わせぶりな態度に見える。けれども、イチカに刑罰があることだけは変えられないのだと、シゼは言う。


「姉上も……王陛下も、イチカくんを罰することに異を唱えられないんだよ」

「イチカは悪くないのに?」

「そうだよ。もちろん、アリヤかイチカくん、どちらか一方が悪いというわけでもない。これは事故みたいなものだからね」

「じゃあ、なんで?」


 イチカは、呪いを施されている。それはイチカの師が、アリヤのために施した呪いであり、確かに今回のような暴走を起こさぬために施した力かもしれない。

 それでも、だからといって、今回のことでイチカだけが罰せられるのはおかしい。罰するなら、アリヤも同じく罰せられなければならないはずだ。


「王族と魔導師は、対等ではないんだよ、アサリちゃん」

「イチカが名無しだったから? 貴族じゃなくて、平民だから?」

「そうじゃない。問題なのは、イチカくんが、アリヤの力の器だということにあるんだよ」

「だってそれはお師さまが……」

「そう、カヤの責任だ。今回のことで一番に罰を受けるべきは、判断を誤ったカヤにある。けれどね、カヤは、王公なんだ」


 けっきょく、身分がものを言うのか。


「イチカがなにをしたって言うのよ!」


 気づくとアサリは怒鳴っていた。

 アサリの怒りももっともだと言わんばかりに、シゼは渋面を浮かべて押し黙る。


「確かにイチカは願ったかもしれないわ、生きたいって。その代償が王子さまの力の器かもしれないわ。でも、だからって、どうしてイチカだけが罰を受けるの? 強い力を欲したのは王子さまじゃない!」

「アサリちゃん……」

「イチカは王子さまの暴走を止めたじゃないの! なにも悪いことなんてしてないのに、どうして罰せられる必要があるのよ!」


 どうしても、納得できない。イチカが王子殿下の所有物扱いされることが、どうしても、いやでたまらない。

 イチカは人だ。

 道具じゃない。

 もう名無しでもない。

 人として生きたいと願った、ひとりの人間だ。


「どうしてイチカを人として見てくれないの……っ」


 こんなに悲しいことはない。寂しいことはない。

 ぼろぼろと、涙がこぼれてくる。

 いくらイチカが人としての道具であることを享受していても、アサリは、やはりそれを理解することができない。それはけっきょくのところ、道具であることに変わりはないのだ。


「イチカは、道具じゃないのよ……心のある、人なのよ……っ」


 寂しい。

 悲しい。

 名無しは、どうしてここまで、人権を奪われるのだろう。奪われ尽くされるのだろう。名無しというだけで、どれだけのものを奪われなければならないのだ。


「アリヤ王子殿下にも、力を封じる呪いを施させてもらいました」


 ふと、そんな声が割って入ってきた。


「これ以後、アリヤ殿下が力を暴走させることはありますまい。多くの力を求めた際、瞬花の魔導師が苦しむことになるゆえに」


 姿を見せたのは老人だった。魔導師の官服を、イチカが着ているそれとは少し形は違うが、確かに魔導師だとわかる恰好をした老人が、王子殿下もイチカと同じように罰を受けたと言った。


「ロルガルーン、それはどういう意味だ」


 老いた魔導師をロルガルーンと呼んだシゼが、その説明を求める。


「魔導師ではないあなたさまには、理解できかねるものでございますよ」

「わたしは当事者だよ」

「さようですか」

「ロルガルーン」


 老魔導師は、シゼに睨まれても、皺の奥に隠れた瞳を揺るがすことはなかった。


「はぁぁ……師団長、教えてくれないかな」


 なんと、老魔導師は、魔導師団長であるらしい。言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。


「師団長さま、教えてください。わたしも知りたいです」

「そなたはまるで関係がない」

「それでも! それでも……わたしは」


 アサリは勇気を出して老魔導師、師団長ロルガルーンに教えて欲しいと頼むが、ロルガルーンは首を縦に振らない。


「これは魔導師の領分であり、アリヤ殿下は魔導師であられる。いかな人間も踏み込むことまかりならぬ」

「そんな……」

「そなたに魔導師の責務は負えぬ」


 なんでもかんでも話すわけにはいかないのだと、そういうことだ。言うなれば、アリヤ殿下も同じように罰を受けたのだと教えた、そのことだけでもよしとしなければならない。


「なれど、そなたには感謝しよう。あれは漸く認めた」

「え?」

「己れが違えようなく人という生きものであることを」


 イチカのことだろうか。ロルガルーンは、感謝する、と述べると、にっこりと笑って目じりに皺を増やした。


「殿下や堅氷のことばかりであった瞬花は、今、漸くその視野に世界を捉えた。じゃからわしは、殿下を魔導師として扱った」


 それはつまり、アリヤ殿下への処罰は、魔導師団長ロルガルーンの一存だということになる。そのことに、アサリはなにかしら関係しているようだ。


「瞬花を変えた娘に、わしは感謝しよう。あれは漸く人らしく、堅氷が望むように、生きられるであろうからの」


 ロルガルーンの言葉は、イチカを名無しではなく、ひとりの魔導師として、見ていた。


「人が悪いな、ロルガルーン。最初からそう言ってくれればいいのに」

「わしは公平に述べただけにございます」


 ほほ、と笑ったロルガルーンに、シゼが苦笑する。アサリも身体から力を抜いた。

 それでも、けっきょくのところ、イチカが道具として扱われ続けることに変わりはない。それを思うと、気が重い。


「イチカは、道具ではないわ……」


 呟くと、ロルガルーンは目を細めた。


「そなたがそれをわかっておれば、それでよいのではないか?」

「でも……」

「王族と魔導師は対等ではない」


 ロルガルーンも、シゼと同じことを言う。


 しかし。


「われら魔導師の領分に、王族は踏み込めぬ。逆も然り。わしらは対等だなどとは思っておらぬ」

「え……どういうこと?」


 身分のことを言っているわけではなさそうだった。


「魔導師の力は王族の異能から派生したと言われておる。じゃが、力の本質は違う。わしらは対等ではない。異なる者同士じゃ」

「異なる、者?」

「魔導師のあるじは、緑じゃ」


 はっと、アサリは目を見開いた。


「魔導師は支配されぬ。じゃが従う。緑の法則に」


 ロザヴィンが言っていた。魔導師は、自分たちのやりたいようにやる、と。王命があるときだけ、従うのだと。女王陛下の命令のみが、彼らが動く言葉となる。

 アサリはそれを、自由な人たちだと思った。


「魔導師は従うものが違う。わしらは対等にあるのではなく、対極にあるのじゃよ」


 時限が違うのだと、ロルガルーンは言う。

 だからいくらイチカが道具だなんだと、この国の人間に扱われようとも、魔導師たちはまったく気にしない。なぜならイチカは魔導師で、彼らもまた魔導師であるからだ。魔導師が関心を向けるのは王族でも、まして人間でもない。緑の自然だ。彼らはいつだって自然に目を向けている。世界に目を向けている。彼らの関心は人間に留まることを知らない。

 だからこそ魔導師は、身分やそういった柵に縛られない。

 そういう者たちの集まりが、魔導師団。


「娘よ、そなたがあれをわかっておれば、それでよいではないか?」


 ロルガルーンの再度の問いかけに、アサリは、呆然としながらも頷いた。


 アサリは知っている。イチカが、どんな人間で、どんな魔導師か。

 イチカは、アサリに拾われて介抱されたとき、淡々としていたが恩義には忠実だった。その後も、それには誠実にあった。自分のことよりも、天災が人々にもたらすそれを気にかけ、そしてアサリを気にかけていた。


 一所に留まらぬが魔導師だとしても、一所に留まらぬからこそ魔導師だと言える。魔導師は天災が、自然がもたらすものが人々にどれだけの苦難を強いるか、それをよく知っている。

 魔導師が見ているものは、アサリには想像できないほど、あまりにも壮大だ。


「人がなにを言おうと、なにを思おうと、魔導師は変わらぬ」


 見ているものが違うのだから、向き合っているものが違うのだから、誰がなにを言おうが思おうが、魔導師は魔導師で在り続ける。


 ずっと心に蟠ったまま解れなかった気持ちが、するすると音もなく形を失っていき、アサリはロルガルーンの言葉に静かに感激した。







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