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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
28/77

26 : あなたがいてくれる。2

イチカ視点です。





「変わったな、瞬花」


 ロザヴィンにそう言われて、イチカはちらりと視線を向ける。ロザヴィンの瞳は、べつにイチカをばかにしているわけでも、揶揄しているわけでもなかった。


「あの子が、大事か」


 ロザヴィンは、シャンテに連れて行かれたアサリの残影を追うように、開けられたままの扉の向こうを見ながら言った。

 イチカはふっと息をつく。

 そんなのは当たり前だ、と思った。


「そのようです」

「なんだ、その言い方……まさか気づいたばっかりか?」

「彼女に出逢うまで、僕にはアリヤ殿下とカヤさま以外のことでなにか感じるような、そんなものがありませんでした」

「……知ってる。だっておまえ、おれの名前も知らねぇだろ」

「雷雲の魔導師、と」


 知っているのはそれくらいだが、と答えれば、ロザヴィンはにっと唇を歪めた。


「雷雲の魔導師ロザヴィン・バルセクト。魔導師団長ロルガルーン・ゼク・レクトに代わり、おまえに刑を処す」


 一見すれば楽しそうな顔をしているロザヴィンだが、その目は笑っていない。灰褐色の双眸が、イチカの黄緑に渦巻く双眸を捉え、なにかを訴えようとしている。

 なにを訴えられているのか、イチカにはわからなかった。


「僕に鎖を埋め込みますか」

「……よくわかったな」

「この戒めの鎖……師が作った呪具ではありません」

「正解。おれが創った」


 やはりそうか、とイチカは冷静に、己れの両手首を縛る鎖を見つめる。

 重いと感じるのは、アリヤの力。

 苦しいと感じるのは、戒めの鎖の力。

 魔導師団長ロルガルーンが準備期間を設けただけはある、イチカを封じるための呪具の効力は、アリヤの力を重いとイチカに感じさせる。こんなに精密な呪具を創れるのは、雷雲の魔導師ロザヴィン・バルセクトをおいて外にはいない。


「さすがは、師団長の弟子です」

「呪具創造以外はでき損ないの弟子だがな」


 皮肉げに笑っては見せても、ロザヴィンの双眸が変わることはない。どこか寂しげにも見えるのは、アサリが去り際に見せた不安そうな顔が脳裏を横切るからだろうか。


「なぜ、そのような顔をするのですか」

「……わからねぇのか」

「わかりません」

「不本意だ」


 吐き捨てるように言うと、ロザヴィンは乱暴にイチカの手を、正確には手首を拘束する鎖を手に取り、ぐいと引っ張った。


()は誓約、其は契約、其は呪縛、其は戒めの鎖にて其を(ほう)ず」


 ロザヴィンの唐突な詠唱は、イチカの手首を戒めの鎖からするすると解放し、しかし右腕全体に蛇が這うがごとく流れさせる。


「其は永久に、其を、其に縛す」


 緩やかにイチカの右腕を這った鎖は、詠唱が閉じられたとたん、ぎゅっとイチカの右腕を強く締めつける。その痛みに顔をしかめたイチカだが、腕を浸食していく鎖から目を離さなかった。


「……なんで抵抗しない」


 鎖がイチカの腕を浸食し、その姿を消すと、ロザヴィンが忌々しそうに言った。


「その必要が、ありますか」


 しばしの痛みにイチカは耐え、そう答える。


「今のおまえなら、おれの力を上回る。師団長すらも。いやだと思えば、鎖は弾かれたのに」


 刑を執行した者が言うことか、と思ったが、なにかを「不本意だ」と言ったロザヴィンは、この刑を執行することが相当いやだったようだ。ずかずかと部屋に入ってきて、狭い台所の備蓄庫から果実水の瓶を取り、小さな白い紙包みと一緒にイチカに押しつけてくる。


「飲め。痛み止めだ」


 ロザヴィンの、同胞を思いやる気持ちだった。

 薬など必要ないと思ったイチカも、アサリとの触れ合いで人の見方が随分と変わったようで、ロザヴィンのその厚意を素直に受け取ることができる。これがアサリと出逢う前であったなら、痩せ我慢を貫き通していたところだ。


「ありがとうございます」

「文句は言われても礼を言われる筋合いはねえ」


 言い捨てたロザヴィンは、イチカの襟首を引っ掴むと、強引に寝台へと放り投げた。


「鎖が身体に馴染むまで時間がかかる。痛みも伴う。おとなしくしてろ。あの子に、その姿を見られたくねぇんだろ」


 ロザヴィンの気遣いには、感謝だ。

 確かに、この姿はアサリに見られたくない。


 おとなしく寝台に転がり、痛む右腕を抱えるようにして丸くなると、端のほうで軋んだ音がした。


「……雷雲さま?」

「ロザヴィンだ。憶えろ」

「……はい。すいません」


 優しい人だな、と思った。

 アサリみたいだな、と思った。

 そう感じるのは、すべて、アサリと出逢えたから芽生えることができたものだろう。


「喋れるなら、答えろ。おまえ、なんで封じられたいなんて、師団長に言ったんだ」

「……僕がそばに在ることは、アリヤ殿下のためにはならないからです」

「それで師団長に時間を取らせるために、王都を出た?」

「はい。結果、あなたが僕を封じてくれたわけですが」

「……あほか」


 それまでのイチカを一蹴するかのようなロザヴィンのため息は、しかしイチカには意味がわからない。


「殿下の懐きようが異常だって、なんで気づかねぇんだ……ばかじゃねぇの」

「……意味がわかりません」

「わかんねぇならべつにいい。おれはそう思うだけだ」

「はあ……」


 イチカに理解を求めることなく、ロザヴィンはぶつくさと文句を言う。大抵はイチカが師に拾われる前までよく聞いていた言葉だったので、意味合い的には理解できる言葉だったのだが、なぜそんな言葉を並べられているのかは不思議だった。


「……そういえばアサリさんをどこへ?」

「王宮の客間。シィゼイユ殿下が用意した」

「そうですか……僕が言うのもおかしいですが、アサリさんを丁重にもてなしてください。お願いします」

「あの子はシィゼイユ殿下の賓客だ」

「シィゼイユさまの、賓客?」

「殿下が連れてきたからな」

「……ああ、それで」


 王佐シャンテに従うようアサリに言ってしまったイチカだが、果たしてそれでよかったのかはわからなかったので、王弟シィゼイユの賓客として扱われると聞いてほっとする。


「……おまえ、さ」

「はい?」

「……いや、なんでもね。少し寝ろ。おれはおまえの見張りだからここにいる。煙草吸うけど、いいよな」

「灰皿はあちらです。お好きにどうぞ」


 眠くはないが、腕に痛みはある。痛覚を遮断できたらいいのに、と想いながら、イチカは瞼をぎゅっと強く閉じた。

 少しして、ロザヴィンが師と同じ煙草を吸い始め、紫煙が部屋を漂う。


 脳裏には、アリヤが叫ぶ姿や、見てもいないのに師が血塗れで倒れている姿、アサリの心配そうな顔が、ふっと浮かんでは消えていく。

 思い出すたび、胸が苦しくなった。

 叫びたい衝動に駆られた。

 どうしようもなく、全身が軋んだ。


 それでも。


「アサリ……」


 あなたがいてくれる。

 それだけで、ほっと安堵して、強張りが解けていく。

 あなたがいてくれるから、僕はまだ、生きたいと願っている。

 ああそうか、とイチカは長く息をついた。

 自分の中で、いつのまにかアサリという存在が、根づいて離れられなくなっているのだ。

 この感情は、なんと呼べば、いいだろう。







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