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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
24/77

22 : 僕は生きたい。1

流血描写があります。ご注意ください。


前半イチカ視点、後半アサリ視点です。






 とても強い力に引き寄せられている。抗いようのない引力は、イチカをその領域へと誘う。

 駄目だ、と言い聞かせても。

 いけない、と呼びかけても。

 力はイチカの意思を裏切る。


「おやめください……殿下」


 イチカが持っている力は、紛いものだ。

 その力のほとんどは、器として、道具としての役割しか持たない。

 本来は自分の力ではないそれを、イチカの意思で使うことはできない。


「殿下……アリヤ殿下」


 やめてください、と祈った。

 どうかお治めください、と願った。

 アリヤの力は、まだ幼い王子には負担にしかならない。その負荷に耐えられる年齢に達していない。そもそも、そんなに優しい力ではない。

 この強大な力は、アリヤを苦しめるだけだ。

 今、イチカが苦しいように。


「どうか、おやめください、アリヤ殿下……っ」


 半ば身体を引き摺るようにして、イチカは壁を支えに前へと進む。空間転移で体力が削られたせいで、足が泥沼に取られたかのように重く、感覚が遠い。それでも、吸い取られていくような引力には抗えず、またそれを阻止するためにも進まなくてはならない。

 導かれるように僅かずつ歩を進めて、空間転移した場所から漸く外に出た。

 そうして、その光景に、瞠目する。


「殿下……っ」


 イチカは叫んだ。


「アリヤ殿下…っ…おやめください!」


 間に合わなかったのか、と後悔しても、もう遅い。

 中庭に大きく描かれた光りの陣、その中央に佇む弟弟子は、発光する大きな陣に戸惑っていた。


「イチカ兄さん……!」


 イチカに気づいた弟弟子、アリヤは、泣き顔で振り向いた。その小さな身体には幾つもの傷がつき、愛らしい頬にも鮮血が滲んでいる。


 なんてことだ。


「どうしよう、兄さん! 力が…っ…力が!」


 こぼれた涙に血が滲む。

 傷つけられた身体に、またさらに傷が増え、血が流れる。

 ぼたぼたと、アリヤを血塗れにしていく。


 力の暴走が、宿主を蝕み、傷つけていた。


「ぼく、兄さんに逢いたくて、でも、カヤを捜すときみたいに兄さんを捜せなくて…っ…だから、なにか媒体があればいいのかと思って……っ」


 力を求めた、とアリヤ殿下が言ったとたん、その口からは鮮血がこぼれ、アリヤが倒れた。


「殿下っ!」


 イチカは震える身体を叱咤し、よろめきながらアリヤのそばへ行こうとした。だが、発光し続ける陣の障壁がイチカの行く先を阻み、倒れたアリヤのもとへ行くことができない。


「殿下…っ…殿下!」

「イ、チカ……兄さ……っ」


 アリヤの小さな呻き声に、全身が引き裂かれそうになった。


「アリヤ殿下ぁ!」


 進行を阻む陣の障壁に爪を立てながら、イチカは叫ぶ。

 この幼き子を助けてください、と。

 このお方がおられたから自分は生きられたのだと。

 この小さき御子が、生きたいと願った己れを救ってくれたのだと。

 だからどんなことをしてでも、失うわけにはいかないのだと。

 イチカは祈り、願った。

 そして抗った。

 自身も力を欲した。


 僕は生きたい。


「わが身の力よ、器よ…っ…己が役割を心得よ!」


 イチカは狂ったように叫ぶ。

 その手を光りの陣に傷つけられながら、阻まれながら、アリヤに流れようとする力に抗った。

 こちらにこい。

 流れてこい。

 器はここにある。

 この力は、器たるものの中に、あるべきだ。


「アリヤ! イチカ!」


 その声が聞こえた瞬間だった。

 イチカは、胸に強い衝撃を感じる。次いですぐ、吸い取られていた力が、逆に己れが吸い取っているような感覚に襲われた。

 発光し、進行を阻んでいた陣の障壁に触れていた手のひらから、その感覚が消えていく。


「カヤ、さ……ま……っ」


 ああ、師が来てくれた。

 わかったとたん、イチカの身体は衝撃に耐えられなくなり、苦痛から意識が遠退いていった。朧な視界には、アリヤを抱えて叫ぶ師の姿がある。師がアリヤになにかしらの力を施している。

 ああ、殿下は助かる。救われる。

 そう思うとほっとした。


 そうして、完全に意識を手放す直前に脳裏を掠めたのは、微笑むアサリの、その温かな姿だった。


 どうしてだろう。

 こんなときなのに。

 逢いたい、と思った。




   *   *




 シャンテ、と呼ばれていた人が、シゼにことの顛末を説明した。アサリはそれを、身体を強張らせながら、黙って聞いていた。

 曰く、イチカを捜して王子殿下が魔導師の力を使った。媒体として練成陣を描いたが、それが王子殿下の力を増幅させることになり、巨大化した陣が王子殿下の制御を離れた。それはイチカに施された呪いを引き寄せることになり、しかし王子殿下が暴発させた力は、なにをしたのかイチカが収束をつけたらしい。ただ最悪なことに、王子殿下は力の暴発により重傷を負った。それを、駆けつけたイチカの師たる魔導師カヤが、わが子のその傷を自分に移したという。

 結果的にいえば、意識不明の重傷をカヤは負い、そんな父の姿に錯乱した王子殿下は、あとから駆けつけた魔導師が眠らせたという。

 そして女王陛下もまた、夫とわが子の姿に、取り乱しているという。


「イチカくんはどうしている」


 アサリが気になったことを、シゼが代弁するようにシャンテに問うてくれた。


「隔離しております」

「隔離っ?」


 なぜそんなことを、とアサリが思ったように、シゼもまた顔をしかめた。


「イチカくんはアリヤの暴走を止めただろうが。それをなぜ」

「お言葉ですが、瞬花の魔導師はアリヤ殿下の力の器。このような事態を起こさぬようにするため、その役割を負った者です」

「だが、イチカくんは悪くないだろう」

「その判断は、われわれが今ここで下すものではありません」


 シャンテはイチカの行いを、悪くは捉えないが善くも捉えないといった様子だった。


 アサリは蒼褪め、愕然とする。

 イチカは護られない立場にあった。王子殿下の力の器であるがゆえに、国には、完璧な道具として扱われている。

 イチカを人として見てくれているのは、真に、師たる魔導師カヤと王子殿下だけだったのはないか。


「イチカ……イチカのそばに、いかせて」


 アサリは震える指先で、シゼの胸元を握った。


「どうして……どうしてイチカを……イチカは」


 イチカは悪くない。いや、善いとか悪いとかの問題ではない。イチカは己れに課せられた役目を、果たしているだけだ。


「わかってるよ、アサリちゃん。とにかく僕はカヤの治療をするけど、きみはイチカくんのところへ行きなさい」


 だいじょうぶだから、とシゼは言ってくれる。けれども、胸中をざわめかせる気持ちは、それだけでは落ち着かせられなかった。


「シィゼイユ殿下、その女性は……」

「口出しは無用だよ、シャンテ」


 アサリを訝しんだシャンテを黙らせると、シゼは眼下に広がった王城に降下を始める。こんな事態でもなければ興味津々で見渡しただろう王城も、そして王都も、アサリはまったく楽しめなかった。


「シャンテ、イチカくんの隔離場所は?」

「魔導師団棟の自室に」

「ロザ、アサリちゃんをそこへ。見張りにはわたしからの厳命だと言いなさい。カヤの口添えもある、とね」


 王城のどの辺りなのか、衝撃もなく着地したシゼの腕から下ろされると、アサリはその身柄をロザヴィンに委ねられた。


「シゼ……っ」

「だいじょうぶ。まずはカヤを叩き起こさないと、イチカくんへの対処を決められない。それだけのことだから」


 心配は要らない、とシゼは微笑み、シャンテと行ってしまった。


「こちらです、アサリ嬢。おれについて来てください」


 ロザヴィンに促され、アサリは不安を抱えつつも、その背に続いた。







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