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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
23/77

21 : 言葉の先に。4





「あっさり慣れられると、つまらないものだね」


 シゼに抱えられて空を飛び続けること数十分、アサリは最初こそ驚いてびくびくしていたが、その目を眼下に向けて睨むように見つめていたら、徐々にその不安も薄れて飛行に慣れることができた。

 というより、あまりの高さに恐怖もなにも呑み込まれてしまい、その度胸が据えられたとも言える。

 アサリが怖がることを予想して揶揄しようと思っていたらしいシゼは、残念そうにしていた。


「だってほら、あんなにも家が小さい……ここまで高いと、もうわけがわからないわ」

「あ、考えることを放棄したのね」

「そうとも言うわ」


 つまらないなぁ、と再びぼやいたシゼの視線は、ずっと前を向いている。夜目が効かないとかで、陽が落ちて真っ暗な空を、ほぼ感覚だけで飛んでいるためらしい。そんな状態で本当に辿り着けるのかと思ったのだが、帰巣本能があるからだいじょうぶだと言われた。それでも頼りないので、前方では翼種族の魔導師ロザヴィンが先導するように飛行している。ロザヴィンはシゼのように夜目が効かないということはないそうだ。どうやらシゼ特有のものらしい。


「話を戻すけど、ロザが王都を出たときは王城になんの異常もなかったというから、本当についさっきのことだと思うよ。イチカくんがアリヤの異変に気づいたのはね」

「だいじょうぶかしら……」

「まあ師団長は王城から離れないし、今はカヤもいるはずだから、問題が起きたとしても早急に対処できると思うけどね」

「でも、イチカの様子はおかしかったわ」

「わたしが心配するとしたら、その一点かな。イチカくんが感じた異変、というかアリヤの力の変動がどんなものなのか、まったく予想が立たないからね」


 飛行しながら、シゼとさまざまな話をした。とはいえ、シゼの家で話したことに憶測を追加させたり、関連することを話したりしているだけではあるが、それでもアサリはなにかしら喋っていないと、聞いていないと、イチカが心配でならなかった。

 それに、その想いを自覚したからこそ、そばに行きたいと思う。


「王子さまの力をシゼは見たことないの?」

「見えるものではないからねえ。アリヤは王族の異能が弱いから、それで判断するわたしには感じられないし……そもそもあの子は賢いから、カヤから受け継いだ力の使い方をよくわかっていてね。言っただろう? 魔導師はないものをあるように振る舞うことはできないって。あの子はそれを体現するような子なんだよ」


 それでも、今回ばかりは違ったのだろう、とシゼは言う。

 イチカを兄のように慕う王子殿下は、いなくなったイチカ恋しさに、その力で見つけ出そうと力を欲した。結果、なにが起こったのかは、王城に行ってみないことにはわからない。

 シゼは、王子殿下がやったことには予想をつけられるが、どの程度の力を欲し、また王子殿下自身がどれほどの力を保有しているのかがわからないため、その点ではイチカや王子殿下が心配のようだ。なんやかんや言っても、けっきょくのところ全体的に心配だということである。


「王子さま、よっぽどイチカに逢いたかったのね」

「歳も近いし、アリヤは長子だからね。兄か姉が欲しいっていうのは、わたしも聞いたことがあるよ」

「今さらだけど……わたし、行ってもいいのかしら」


 ふと、思う。

 王子殿下に慕われ、自身も王子殿下を大切に思っているイチカのもとへ、本当に行ってよいものか。

 イチカが心配でならない気持ちは変わらない。そばに行きたいという、その想いからくる気持ちも変わらない。

 だがよく考えると、アサリが行ったところでなにかが変わるわけでもなければ、手助けすることもできない。シゼが連れて行ってくれるから、というのは言い訳だ。シゼは王弟で、王族、シゼと一緒であればシゼの好意に甘えたことを、世話になった村人のひとりとして言い訳にできる。

 しかし、同時に思うのは、シゼがいなければアサリひとりでなにもできなかったということだ。王都へ、王城へ向かうことも、ひとりでその行動に出る勇気すら、アサリにはなかっただろう。

 甘えているな、とアサリはため息をつく。


「協力してくれてるのに、甘えてばっかりで、悪いわね」

「……ま、ちょっとした弱みかな」

「弱み?」

「悔しいから言わないよ。でもまあ、こういう機会でもないと、わたしは城に戻る気がしないからね。姉上に対して負い目もあるし」

「そういえば……シゼはなんで薬師を志したの?」

「植物が好きだったから、かな。ほら、この国は天災が多いでしょう? その害を一番多く被っているのは、緑の自然だ。わたしらを生かしてくれているものたちが、どうも、気になってね。力になりたかった。それがきっかけで、薬師になったわけ」

「それで……どうして負い目が?」

「押しつけたから。わたしが植物のほうへと道を決めたのは早くてね」


 王位継承権も早々に放棄したことから、シゼは姉、この国の女王陛下に負い目があるらしい。本当なら、継承権を放棄しても女王陛下の支えになれるよう、それを学ぶべきだったのだろうけれど、とシゼは苦笑する。


「そう……シゼも、いろいろと思うことはあるのね」

「なかったら今ここにいないよ。ある意味では、わたしもイチカくんと同じだね。答えを捜しているんだ。わたしは早くに見つけられたけれど、イチカくんはもう少し、時間がかかるだろうね」


 シゼがイチカに興味を示したのは、自分とどこか似ているものを感じたゆえのことのようだ。いや、なにかの答えを捜すという行動は、生きとし生けるものすべてが起こすものだろう。


「だからね、アサリちゃん、いいんだよ。きみは、きみが思うように行動しなさい。わたしの行動は、きみのそれに感化されて突き動かされた、その結果なんだからね」


 これも縁だよ、とシゼに言われて、その言葉をイチカにも使ったなと、アサリは思う。


「縁……いいのかしら」

「だって、イチカくんが好きだろう?」


 そう直に言われると、意識していなくても頬が熱くなる。

 イチカを心配するその気持ちの先にあるのは、好きという想い。

 好きという言葉の先にあるものは、いとしいという想い。

 イチカが心配なのも、そばに行きたいのも、その想いが先立っているからこそのことだ。イチカがアサリをどう思っていようとも、今はとにかく、イチカのところへ行きたい。


「イチカのところに……行きたいわ」


 胸に抱いたイチカの官服を、アサリは強く抱きしめる。イチカへの恋慕に、胸が詰まった。



「殿下、速度を緩めてください」


 ふと、前方を飛行していたロザヴィンが、その飛行速度を緩めてシゼにもそれを促した。


「どうかしたのかい、ロザ?」

「王城のほうがやけに騒がしいとは思ってたんですが……」

「騒がしい?」

「来ましたよ、その連絡っぽいのが」


 ロザヴィンの言葉に、シゼが目を細める。その視線の先を、アサリも追いかけた。


「シィゼイユ殿下!」


 ロザヴィンよりさらに前方から聞こえた大きな声は、シゼを呼んでいた。


「あれは……シャンテ?」

「知り合いが来たの?」

「ああ、ロザのお兄さんで、王佐だ」

「おうさ?」


 それなに、とアサリが首を傾げた頃には、緩めていた飛行の速度がほぼ停止となり、その場で浮いている状態になった。飛んでいるときよりこちらのほうが安定は悪く、少しぎょっとする。だいじょうぶだ、と自分に言い聞かせて、近くまで飛んできた翼種族の、ロザヴィンの兄だという貴族を見やった。


「どうしたよ、シャンテ。王佐がこんなとこまで。陛下のそばにいなくていいのか?」

「その陛下のために、わたしはここにいる」


 ロザヴィンにはその意図を伝えず、その人はすぐに、シゼに頭を下げた。


「あなたのところへ向かう途中でした、シィゼイユ殿下。奇跡的にも擦れ違うことがなかったことを考えますと、殿下はご帰城される途中であったと推測致します」

「……なにかあったようだね」


 シゼが確信めいたように言うと、その人は険しい顔を上げた。


「殿下のお力を拝借致したく、この場におります。カヤさまが重傷を負われました」

「カヤが、重傷?」


 怪訝そうにしたシゼに、その人はさらに告げる。


「アリヤ王子殿下がお力を暴発されたのです。詳しくはご移動の最中に。今は一刻も早く、わたくしとご帰城を願います」


 王子殿下が力を暴発、とアサリは心の裡で復唱する。それの理解には、数秒もかからなかった。


「イチカが王子さまのとこに戻ったのは……まさか」


 蒼褪めたアサリに、剣呑な表情を浮かべたシゼが頷く。


「そういうことのようだね……やってくれたよ、アリヤは。力を求め過ぎて、イチカくんでも制御できないほどの負荷がかかったんだ。カヤがそれの対処をして、大怪我したってところだろうね」


 これまでの憶測を整理するかのように並べた言葉は、ロザヴィンの兄を頷かせた。


「シィゼイユ殿下、疾くご帰城を!」

「わたしに出張らせるとは、なんて小生意気な魔導師だろうね」


 シゼが、「行くよ!」と荒々しく声を上げる。

 アサリは胸に抱いたイチカの官服をよりいっそう強く抱きしめ、速度を上げた飛行に震える瞼を閉じた。







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