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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
21/77

19 : 言葉の先に。2





「シゼっ!」

「! うぅわびっくりした……なんだ、アサリちゃんか」


 イチカを捜して村の目ぼしい場所を走り回ったアサリは、どこにもその姿が確認できないと知ると、シゼのところに走った。

 ちょうど家にいてくれたシゼは、以前お邪魔した薬の調合室のような部屋にいた。


「お願い、シゼ、イチカを捜して!」

「うん? イチカくんがなんだって?」

「いないの! いきなりわたしの前から消えたのよ! あれは市で移動したときみたいなものじゃなくて…っ…とにかく、どこにもいないのよ!」

「……うん、わかりました。とりあえずアサリちゃん、落ち着きなさい」

「落ち着いてなんか」

「うん、落ち着きなさい」


 にっこりと、シゼが強く笑う。威圧的な笑みに、アサリはグッと言葉を詰まらせた。


「はい、息を吐いて。肩の力を抜いて」


 言われたとおりにしてしまうのは、シゼの目が笑っていなかったから。

 射竦められるというのは、こういうことだ。


「イチカくんが、いなくなったというのは?」

「き、急に、胸を押さえて、殿下がって言いながら……それで、行かなくちゃって言うから、どうやって行くのかと思ったら、もうそこに、いなかったの」

「……それは空間転移なのかな」

「やっぱり負担がくるやつなのっ?」


 ただ移動するものではなく、やはりあの空間転移だったから、イチカの姿がどこにもなかったのだ。


「イチカくんのあの外套ね、実はいろいろな力が施されているんだよ。見たときはわたしも吃驚したけどね。その中に、空間転移の陣があったのだと思うよ」

「そんな……」

「だいじょうぶ、殿下って言ったんでしょ? アリヤのところに行っただけだよ」

「でも、負担が……それにイチカ、殿下が力を求めてるって」

「アリヤが力を? 珍しいな……あの子はそんなに貪欲な子でもないけど」


 はて、と首を傾げたシゼが、暢気だと思うのはアサリだけだろうか。

 アサリだって、イチカがただ王子殿下のところへ行っただけなら、ここまで焦らない。イチカは王子殿下あってこそだ。その愛から逃げないで向き合ってくれるなら、喜ばしいとさえ思う。だが、イチカは胸を押さえながら苦しげな息をつき、その状態で空間転移した。それは急いでいるとか、慌てているとか、そういった段階を飛ばしたものだ。

 なにかあったとしか思えない。

 心配に思って、なにが悪いとさえ思う。


「師団長からの返事は届いていたかな……一応、あれから魔導師団の師団長にわたし個人で連絡を入れたんだけどね」


 言いながら、シゼは机に乱雑に置かれた紙の束を片づけ始める。その中から、「これだ」と言って数枚の紙を引っ張り出した。


「それ……」

「わたし専用の手紙だよ。といっても、わざわざ配達してもらうような代物ではないけれど。この紙に書いたものが、同じ紙を持っている人に伝達される仕組みだよ。あんまり使わないんだけどね」


 そう言って、シゼは椅子に座り直した。アサリにも座るよう促してくる。おとなしく座る気にはなれなかったが、シゼの威圧的な笑みには勝てなくて、ぎくしゃくしながら腰かけた。


「さてイチカくんだけどね、どうやら師団長に言われて王都を出たようだよ。顛末を師団長に聞いた。イチカくんを捜していたのは、あのあほだけだったみたいだよ」

「え……どういうこと?」

「つまりイチカくんは、あのあほ意外には、王都を出て放浪することを伝えていたわけ。もちろんその申請書類もある。ちゃんと手続きをして王都を出たんだよ」

「じゃあ、逃げたのはお師さまからだけっていうこと?」

「いや、あのあほに関わる人から、かな。アリヤも、イチカくんが出て行ったことを知らなかったみたいでね」

「王子さまも……」


 師から、というよりも、師と王子殿下から、イチカは逃げていた。その愛を理解できなくて、重荷だと勘違いして、イチカは王都を飛びだした。それなら、イチカを捜していたのは師だけでなく、王子殿下もそうだっただろう。恋しがっている、とあの魔導師は言っていたのだ。


「アリヤが師団長のところに来たときには、イチカくんはもう王都を出ていた。顛末を話したら怒ったそうだ。アリヤはイチカくんを、兄さん、と呼び慕っているようだからね。まあ怒るのも当然かな」

「王子さまがイチカを、兄さんって……」

「かなり仲がいいね。というより、師が同じだから、必然的にいつも一緒にいることになったんだろうけど」

「……それで?」

「師団長はイチカくんに王都を出てもいいって言ったけど、どこに行くかは聞いてなかったから、けっきょくのところイチカくんは行方不明だったわけだ。それであのあほ……ああ面倒になってきた、カヤって呼ぶよ? わかる?」

「王公さまね。イチカのお師さま。というか、そんなにあほって連呼していいの?」

「いいんだよ。わたしはカヤがあまり好きではないからね」


 好き嫌いの問題以前に、シゼが一方的にあの魔導師を敵視しているように思えるのはアサリだけだろうか。

 アサリは話の続きを促した。


「行方不明になっちゃったイチカを、お師さまが捜したのね?」

「そう。アリヤは王子サマだし、まだ十二歳だし、カヤならあいつはしょっちゅう失踪するあほだから、誰にも咎められないし間抜けだし」

「お師さまを貶すのはいいから……」


 シゼにあの魔導師のことを語らせたら、ひたすら悪口しか出てこなさそうだ。


「師団長から聞けたのはここまで。とはいえわたしの憶測も混じっているけどね。ここからはわたしの完璧な憶測……アリヤは、カヤに頼らずイチカくんを捜していたんだろうね」

「なら……」

「でもね、アリヤはその力をまだ制御できなくて、つまりそれくらい力が強大でもう身体に負担しかかからないものだから、使えなくて、イチカくんを捜そうにも捜せなかったと思うんだよ」

「王子さまの力って、そんなに……?」

「カヤの子どもだからね。まあ当然だよ。堅氷の魔導師カヤ・ガディアン……知ってる? あのあほは、稀代の魔導師なんだよ。その力は国史上最強、大魔導師を遥かに凌ぐ」


 思わず、目を丸くする。

 女王陛下に口説かれたあの魔導師が、噂される国最強の魔導師で、イチカの師であるとは驚きだ。


「守護石を発動させたのも、カヤ。改良したのもカヤだ。発案者の大魔導師イーヴェ・ガディアンの遺児、まあ養子だけど。だからイーヴェは守護石を発案できて、カヤも改良ができたわけ」

「守護石はもう十年以上も前に作られたものよ? あの人、まだ二十七か八なんでしょ?」

「発案は十五年前、そのときカヤは十二歳。カヤが守護石を発動させたのはそれから二年後、十四歳のときだよ。改良したのはまたさらに一年半後、十六歳を迎える少し前だったかな」


 とんでもない魔導師だ。アサリが口で説明できることではない。


「そんなカヤの息子だから、アリヤもかなり力が強くてね。おかげで王族の異能が使えない。あの子は空を飛べないんだ」

「空を、飛べない……?」

「王族や貴族の半数が翼種族だっていうのは、聞いたことある?」

「あるわ。常識よ。でも……本当に空が飛べるの?」


 飛べるよ、とシゼは笑みを深めた。


 この国の王族は、翼種族だ。だから貴族の半数も、翼種族だと言われている。通貨の金や銀、銅には、背に翼を持った女王陛下が描かれているので、それはアサリも常識として知っていることだ。しかし、なにせ本物の王族や貴族など、シゼは別だが、見かけたことがないので、空を人が飛んでいる姿も見たことがなかった。


「もうほとんど飛べる人はいないけどね。それでも王族はまだふつうに飛べるんだよ。わたしもね」

「……飛べたんだ」

「今度見せてあげる。わたしの翼は綺麗なんだそうだよ。姉上は三対翼で、もっと荘厳だけどね」


 見てみたい、と興味心を擽られたが、今はそれどころでなはないので、気持ちを抑える。


「王子さまは、飛べないの?」

「翼は綺麗なんだけどね。あんなに綺麗なのに、あの子は飛べない。半翼種族だからだって、そう言う声も貴族からあるけど、下の弟たちはふつうに飛べる。だからそれは関係ない。むしろ魔導師の力は、王族の異能に近いんだ。派生したと言ってもいい。でも、アリヤの場合は力が強過ぎて、翼が重くなってしまったんだろうね」


 可哀想なことだね、とシゼは言う。アサリにその感覚はわからないが、身内としてものを考えるなら、当然とされたそれができない、使えないというのは、つらいものだと思う。

 いつか「無闇に力を求めてはいけません」と言った、イチカのその言葉を思い出した。魔導師の力が、あまりよいものではないと言っていたことも。それは、王子殿下のことを想っての言葉だったのだと、今ならわかる。


「イチカは、殿下をとても大切にしてるわ」

「そうだね。だからアリヤは、イチカくんを捜したんだよ」

「捜したって……でも力は」

「そう、カヤが握っている。そしてイチカくんに、その負荷を担わせた。だからアリヤは安定して力を使える。半ばの力をね」

「どういうこと?」

「難しく考える必要はないよ。アリヤの力を半分、イチカくんが持っていると思えばいい。イチカくんは器なんだよ」

「器って……」


 そんな道具みたいに、と思ったが、その瞬間にイチカの言動が蘇る。

 イチカは、自分を道具だと言い、だが人だと言ったのだ。道具であることを享受していた。むしろ人でありながらそうであれることを、幸せに思っているようだった。

 生かしてもらっているというのは、そういう意味だったらしい。


「だから、問題はなくて、害もない……幸せなのね」


 生きたいと望んだことがあったのだろう。その望みを、人として、器になることで、叶えられた。それがイチカの幸せだ。


「幸せ、ね……他人の力の器になるというのは、それほど優しいものではないと思うのだけど」

「え……?」

「質が似ているか、或いは同じ、そうでないと器にはなれないはずだよ。人というのはそれぞれ個々があって、違う存在だからね。それがふつうに考えられることだ。まあそんな原理、魔導師でもないわたしには説明できないね。カヤがイチカくんにしかできないことだと言ったのは、そういうことかなとは思うけど」


 それでもイチカくんの幸せはわたしにはわからない、とシゼは言った。アサリも同じだ。けれども、それがイチカの幸せで、誰にも侵されないものだ。


「だからアリヤがイチカくんを捜すために力を求める、というのは不思議ではあるのだけど、あの子は力に貪欲ではないからね、それ以外に力を求める理由が思い浮かばない」

「イチカは、王子さまは知らないって言ってたわ」

「知らない? 自分の力の器が誰かを?」

「うん……イチカから、そう聞いた」

「となると……アリヤはカヤに握られているとばかり思っているのかな。あのあほにも器が必要なくらい力があるから、それはできないんだけどな……アリヤにはわからないのかな」

「力が制限されてるなら、わからなくて当然じゃない?」

「確かに」


 そうだね、とシゼは頷く。


「やっぱり、アリヤはイチカくんを捜そうと、力を求めたんだろうね」

「どうなるの?」

「うーん……魔導師の領分はわたしの範疇外だからねえ……ただ、ちょっと危ないかなとは思うよ」

「危ない?」

「アリヤは、自分が子どもだということしっかり認識している、そんな子だ。無闇に力は求めない」


 それなら危険なんてない、とアサリは顔をしかめるが、シゼは少し唸ったあと、はあっと息をついて苦笑した。


「かなり恋しかったんだろうね」

「え?」

「子どもだから、無謀はするものだよ。あと無茶とか、無理とか」


 それではまるでイチカと同じではないか。

 と、思って、そういえば自分もそういうことはあるなと、思い直す。


「危ない、わね……」

「そうだねえ」


 やはりシゼは暢気だ、とアサリは思った。


「止めなさいよ、シゼ!」

「え、わたし? 一介の薬師であるわたしに、なにをしろと?」

「アリヤ殿下よ。王子さまを止めないと……だって、力を求めるって、イチカがあんなに苦しそうにしてたってことは、大変なことになるかもしれないじゃない」

「そうは思うけど……カヤがいるからねえ。王城なら、魔導師も揃っているだろうし、わたしが別段なにかする必要は」

「あるわよ」

「そうかなあ?」

「あんた、薬師でしょ。イチカに興味があるんでしょ。それに王子さまは、シゼの甥ってことじゃない。心配じゃないの?」

「甥たちは可愛いけど……でもねえ?」


 カヤがいるんだし、と言って動こうともしないシゼに、アサリのほうが切れてしまいそうだ。


「わたしはイチカが心配なのよ!」


 苦しそうにしていたイチカが、急ぐといった段階を飛ばして、負担がかかる空間転移までしたのだ。イチカが健康そうにしている姿をあまり見ていないアサリとしては、というより出逢いが介抱からだったので、無理をするイチカが心配でならない。自分の身体を粗末に扱うわりには、道具であることを享受し、まるで自分という存在を大切にしないイチカが、たまらなく。


 そう、たまらなく。

 たまらなく。


 なんだと、いうのか。


「きゃーっ!」

「うわ吃驚した……急に叫んでなに、アサリちゃん」


 アサリは、愕然とした。

 まさか、と思った。

 だがしかし、自分が今なにを思ったのか、否定できない。


 頬が、熱くなった。


「わ、わたし……」

「うん? どうしたの?」

「どうしよう……」

「え、わたしに訊くの? 意味がわらないのだけど」

「わたし、イチカが心配……なの」

「ああはい、見ればわかるよ?」


 だからなに、と首を傾げるシゼに、アサリは頬を朱に染めて、涙を浮かべる。


「ええっ? アサリちゃんっ?」

「どうしよう、シゼ……わたし、イチカが好きみたい」

「……、へ?」


 どうして今まで気づかなかったのだろう。それが不思議なくらい、アサリの心はイチカのことでいっぱいになっていた。


 しかしながら。


「今さらそれ言うの?」


 とシゼに言われた。


「え?」


 と思わず訊き返したら。


「え、って……え? だってアサリちゃん、イチカくんに一目惚れしたでしょ」


 と、返された。


「だから、やたらとかまってたんじゃないの?」


 無自覚だったそれをシゼに指摘されて、アサリは顔を真っ赤にすると、悲鳴を上げながら頭を抱えた。


 たまらなく。

 その言葉の先にあった想いは、いとしさ。

 アサリはたまらなく、イチカがいとしかった。







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