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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
18/77

16 : 逃げていたのは。2





 イチカがレウィンの村に留まることを決めて数週間、なにもないことのほうがおかしいと言えただろう。

そもそもイチカは、村に留まり続けることを諾としていない。おそらく考えている。ずるずると、答えを引き延ばすかのように。


「出てけよ。おまえみたいな貴族が、いつまでもいる場所じゃねえ」


 アサリの休日は、イチカも休日になる。店主の計らいで本日、休みをいただいたふたりは、祖父母に頼まれて食糧の調達に来ていた。それを、どうやらそちらも休みであるらしいダンテに邪魔された。しかもハイネが今にも喜びそうな場面に、遭遇している。


 いったいこのことでいくつため息をつけばいいだろうか。


「値の張りそうな外套なんか着やがって、平民に対するいやがらせかよ? 上等なものを着られるのは貴族だけだってよ」


 ダンテの言葉に目が据わる。

 イチカは魔導師の官服の一つである外套を、そのままでは目立つので、裏返して羽織っていた。理由はもちろん、冬が近いので寒いからだ。アサリだって外套を羽織っているし、ダンテだって外套を着こんでいる。色は黒で、そう目立たないものなのに、ダンテはイチカの外套の生地に難癖をつけてきた。


「……これは値が張りそうなのですか、アサリさん」


 呆けてくれてありがとう、とアサリはイチカに心の中で突っ込む。

 しかし、おそらくは支給品だろう外套の価値は、イチカにはわからないものなのだろうが、アサリにだってわかるものではない。なにせ、魔導師の外套だ。裏返しているから誰も気づかないだけで、魔導師の外套にどれほど価値があるのかなど、たとえ気づいた人がいたとしてもわかるものではないだろう。ある意味では、難癖をつけられるダンテの目は素晴らしい。


「値が張りそうって……だってそれ、支給品でしょ?」

「昨年から身長が止まりましたので、その際に採寸して、師に作っていただきました」

「作ってもらった? 本来なら自分で用意するものなの?」

「はい。一度用意されたらそれをずっと使用します。もちろん破れたら繕います。繕うこともできなくなったら、採寸して新しく作ってもらえるのです」

「へえ……いいわね。支給品だけど、ちゃんと作ってもらえるんだ」


 そういう仕組みかぁ、などと感心していたら、話に置いていかれたダンテが地面を思い切り蹴って、存在感を知らせてきた。


「あら、まだいたの」


 と言ってやったら、顔を真っ赤にしていた。


「アサリ! おまえ、そんなやつのどこがいいんだよ!」

「は?」

「いい暮らしさせてやるとか、そんなこと言われたのかよ! 女みたいな顔した男に!」

「……イチカ、あなた女みたいって言われたわよ」


 ダンテの意味不明な文句を半分以上かっ飛ばして、アサリはイチカを見やる。表現し難い、なんとも微妙な顔をしたイチカがいた。


「アサリさんの背が高いだけで、僕は一般的だと思うのですが」

「なにそれ、わたしが男みたいだって言いたいの?」

「女性のようだというのは、そういうことではないのですか?」

「……わたし、イチカの思考回路がわからないわ」

「? 僕はなにか間違えましたか?」


 イチカは相変わらずだ。人の話をきちんと聞いているのだろうに、聞き過ぎて思考がぶっ飛んでいる。


「おまえら、いい加減にしろ!」


 ダンテが切れた。まあ頷ける。イチカの思考回路は迷路だ。

 しかし、イチカの迷路はダンテが抜けられるほど容易いものではない。


「すいませんが、買いものを頼まれています。かなりの量を買い込まなければなりません」

「……は?」

「アンリさんには、日暮れまでには帰るようにと言われました。僕はアサリさんを無事に家まで帰さなければなりません。その責任があります」

「おまえ、なに言ってんだ?」

「アサリさんを護らなければならないお話を」


 なにを言うのだろうと思って聞いていたアサリも、「護らなければ」という言葉には目を丸くした。


「この命に代えても、アサリさんに無事買いものを済ませていただき、そしてお帰りいただかねばなりません」


 話が飛躍した。

 ただ買いものに来ただけなのに、命に関わってしまった。


「イチカ、なに言うのよっ」


 アサリは真っ赤になってイチカに言ったが、イチカのほうといえば相も変わらず無表情だ。羞恥を煽る言葉を並べていると、気づいているのだろうか。


「僕の力は攻撃に特化していませんが、防御には特化しています。そのことを踏まえての、アンリさんの頼みです。僕は引き受けました」

「ばあさま、イチカになに言ったのよぅ!」

「アサリさんをすべてから護るように、と」


 なんでもないかのように言うイチカが恨めしい。イチカにおかしなことを吹き込んだ祖母にも、恨めしさを感じてしまう。


「官服を着てきて正解でした。アサリさん、ゆっくりしていたら日暮れを迎えてしまいます」


 そう言いながら、イチカが外套を押さえている襟首の留め具を外し、脱いでしまう。


「イチカ?」


 裏返していた外套を、イチカは表に返して着直す。それは魔導師の官服であると、衆目に知らせる行為だった。

 だが、イチカの目的は違う。


「ではダンテさん、失礼いたします」


 外套の帽子まですぽっと被ったイチカは、アサリの手を取ると、呆気に取られているダンテに軽く頭を下げる。


 その瞬間、ふっと頬を風がきって、瞬きの間に景色が変わっていた。


「え……ええっ?」


 ダンテに足止めされていた市場の入り口ではなく、市場の中心にほど近い場所に来ていた。唐突に現われたアサリたちに、皆が驚いている。アサリももちろん驚いた。


「な、なに? なにが起きたの?」

「移動しました」

「移動っ?」


 平然と答えたイチカは、衆目など気にもせず「さあ買いものです」とアサリを促してくる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。移動って、イチカ、あなた」


 空間転移の話を、思い出した。かなりの力が必要で、そんなことができるのはイチカの師だけだと聞いたあれだ。


「これくらいの移動は、転移ではありません。超加速、とでも言うのでしょうか。師を捜すために身につけたもので、この外套に常に付加させているものです」

「意味わかんない」

「……空間を転移したわけではありません」

「じゃあなに?」

「歩きました」

「歩い……え?」


 一歩も動いていないが、とアサリは足許を確認してしまう。


「踏み出す一歩に、加速をつけたのです。ですから、それほど距離は進んでいません。ほら、あそこにダンテさんが見えますでしょう?」


 イチカが言った先には、確かにダンテの後ろ姿がある。ダンテは硬直していた。


「師の先回りをするには、この距離がちょうどよいのです。少し難しいので外套に力を練り込んでいますが、すぐに発動させられる状態にあります」

「……すごいわね」


 出てくる賛辞はそれくらいだ。それ以外に言葉が見つからない。


「買いものを済ませましょう、アサリさん。本当に日暮れを迎えてしまいます」

「そ、そうね……」


 これが魔導師というものなのかもしれない。アサリには不可解な力を、平然と使い、操り、わがものとするのが、魔導師なのだ。


「あ、そうだ。その力は、使ってもだいじょうぶなの?」

「だいじょうぶ、とは?」

「空間転移は、大魔導師の称号を得ても、そう簡単に使える力じゃないってお師さまから聞いたわ。それに、イチカがその力を使ったから、あのとき……」


 最後まで言えずに黙ってしまうと、イチカの手のひらがぽんと、アサリの肩を撫でた。


「ふだんから使っている力です。問題はありません」


 イチカの問題はないという言葉は、あまり信じられたものではない。だが顔色は悪くないし、具合が悪そうでもない。

 これなら、信じてもいいのかもしれない。


「行きましょう、アサリさん」


 すっと、手を差し伸べられる。なんだか当然のようになっているそれは、仕事が終わって帰るときも、こうして歩いているときも、畑を見て歩いているときも、ふつうになっていた。


 だから、アサリは気を取り直して、イチカの手を取った。


「まずは調味料ね。研ぎに頼んだ包丁は最後に取りにいくわ」

「わかりました。足許に気をつけてください」


 楽しくなりそうだ、と思いながら、アサリはイチカと手を繋いで歩いた。







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