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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
16/77

14 : ひと、として。2

イチカ視点です。





 アリヤ曰く、なんとなくその気配がわかるのだとか。

 あ、あそこにいる。ここにいるかも。ああ、この辺りかな。

 そういう具合に、イチカの師をあっさりと見つけてしまう。地図を見せると、正確な位置で「ここです」と指さすこともできる。


 そういうわけで、今回はイチカが施した力もあるので、アリヤにはその適当な感覚だけで場所を特定してもらい、力の目覚めを促した。

 そうして。


「……カヤ、生きてますか?」


 と、アリヤが、地に仰向けに倒れてぴくともしない魔導師に問う。


「律義に外套を捨てずにおられたようですね、わが師よ」


 というイチカの声には、魔導師も反応した。


「おまえの力だったのか……」


 むくりと起きた魔導師は、ぱらぱらと落ちる砂を払いもせず、アリヤとイチカを振り返る。深い森色の瞳は据わっていた。

 どうやら発動した陣の力で吹き飛んでいたらしい。怪我らしい怪我はなさそうなので、試作の力は成功と見なしてよさそうだ。


「生きてましたね、カヤ。迎えにきましたよ」

「……アリヤ」

「今回はイチカ兄さんのお手柄です。カヤの外套に、試作の力を付与させていたそうですよ」


 にこやかなアリヤに、魔導師は顔を引き攣らせる。

 頭に被っていた外套の帽子がふわりと落ち、現われた老人のような真っ白な髪は、深い森色の双眸と併せて、魔導師が確かにアリヤの父でイチカの師であることを証明した。


「さあカヤ、帰りましょう? 母上が待っておられます」


 起きはしても立ち上がらない魔導師カヤに、アリヤは手を伸ばす。わが子の手を取ってしぶしぶ立ち上がったイチカの師は、文句を言いたげにわが子を見ている。しかし、わが子の笑みを前にそれもできないでいる様子だ。


「カヤが行方不明になって一月(ひとつき)、今回はちょっと短い期間ですけど、いいでしょう? 母上はなにか心配があるようなんです」

「……ユゥリアになにかあったのか」

「ぼくはまだ子どもなので、そこまではわかりません。だからカヤを迎えにきたんですよ。カヤはおとなでしょう?」


 今回もまた説教されているなと、師を見て思う。


「子どものぼくには、母上のうれいを取ってさしあげることができません。でもカヤなら、できるでしょう?」


 投げかける言葉は、べつに師を責めているものではない。アリヤは純粋に問うているだけだ。しかし賢い。


「母上のそばにいてください。母上のうれいを晴らしてください。できるのはカヤだけなんです」


 アリヤの説教、いや説得に、師は無言だ。目を細め、じっと息子を見つめている。たぶん言葉が見つからないのだろう。父親歴十二年であっても、齢二十七の魔導師、この国の女王に見初められ結婚したときの逸話を考えれば、わが子の言葉に負けてしまうのもわからなくはない。

 わが師は口下手で、不器用だ。


「……帰る」


 しばらく黙していた師は、たった一言そう口にすると、随分と大きく成長したアリヤを軽々と抱きあげた。


「わぁあ、カヤが見る世界は広いですねえ……ぼくもカヤくらい大きくなれるかな」

「……おれの子だ」

「そうですね! さあ、帰りましょう? あ、帰ったらサキヤとタトゥヤも、抱っこしてあげてくださいね?」


 背の高さにきゃっきゃとはしゃぐアリヤを、師は宥めるように撫でる。その手つきや顔つきはもう父親で、見ていてとても穏やかだ。心が温まる。


「イチカ」


 ふと、親子を眺めていたら呼ばれた。


「はい、カヤさま」

「……だいじょうぶか?」


 瞬間的に黙したが、イチカは頭を下げる。


「今しばらくは、もちます。どうかご帰城を」

「……帰ったら話がある」

「承知いたしました」


 怒られるのだろうかと思いながらも、師がイチカに伸ばした手のひらは優しく、ぽんぽんと頭を撫でてくる。

 冷たい印象の強い師だが、実はとても温かな人なのだと、イチカは知っていた。

 だから、もうそんなに幼くはないのに、師の優しさが嬉しかった。


「カヤ、帰りましょう!」

「……ああ」


 帰りは師の力に頼ることになる。もともとそのつもりで師の外套に力を付与させていたが、念のために魔導師団棟に帰還用の力を眠らせていた。どうやら使わずに済みそうである。

 師は、詠唱や練成陣をまったく必要としない。その力は考えるだけで発動され、あっというまに師がいた場所から王城へと、外出から一時間もしないで戻ることになった。


「書斎で待て」

「はい」


 着いた場所は王宮の奥、女王ユゥリア陛下が師のために建立した質素な邸の大広間だった。


「イチカ兄さん、カヤとのお話が終わったら、またぼくにつき合ってくださいね。研究室で待ってますから」

「はい、殿下」

「じゃあ、ちょっと母上のところにカヤを連れて行きますね」


 わが子に手を引っ張られる師を見送って、イチカは言われたとおり邸の書斎、師が研究室にしている部屋に向かう。

 出入りを制限される邸だが、師の弟子という立場からイチカには自由に出入りでき、おまけに部屋まで用意されている。アリヤを含めた王子らと同列の部屋を与えるという女王陛下の気遣いもあったが、丁重にお断りして侍従の部屋をもらっていた。とはいえ、魔導師団棟にいることが多いため、数える程度にしか使ったことがない。

 逆に師は、魔導師団棟の部屋をろくに使わず年中国を放浪し、結婚してからはこの邸を帰る場所とした。そのためイチカは、師に多くのことを教えられたが、魔導師団棟ではなくこの邸の研究室でさまざまなことを教えられた。放浪する師につき合ったこともある。

 それでも、イチカが過ごした場所は、魔導師団の中が多い。


 つらつらと詮無いことを考えながら師の書斎に入り、一月前と変わらない様子に息をつくと、掃除用具に手を伸ばした。

 片づけてはあるが、侍従も少ないこの邸で、持ち主の不在が多い部屋に掃除は入らない。イチカが一週間ほど前に掃除に入ったきり、それでも僅かに埃があったので、窓を開けて空気の入れ替えをする。


「僕は、魔導師よりこちらのほうが、似合っていそうですね……」


 古い魔導書を片手にひたすら研究するのもいいが、こうしてのんびり部屋を掃除したり、散らかった書物を整頓したり、そちらのほうが性格的には合っているような気がしてくるのは、部屋を散らかすのがなによりも得意だという師と弟弟子がいるからだろうか。


 目ぼしい埃を払い、その埃に噎せたとき、書斎の扉が開いて師が入ってきた。


「イチカ……」

「けほ……はい、カヤさま」

「休め」


 いきなり休めとはなんだ、とイチカは首を傾げ、しかし自分が咳をしていたから師はそう言ったのだと、すぐに気づく。


「だいじょうぶです。今しばらくはもつと、言いましたでしょう」

「……おまえが空間転移を使えるとは知らなかった」

「奇遇ですね、僕も」

「なぜ使った」


 試作の力がちゃんと起動することに不安がなかったわけではないイチカは、それを口にしようとして師に遮られた。


「なぜ、と言われても……カヤさまを捜さねばなりませんでしたから」

「二度と使うな」


 急な命令に、イチカは眉間に皺を寄せる。


「僕には無謀な力だとわかっています。ですが、必要となれば使います」

「それでおまえに危険があっては、意味がない」

「……師よ、僕は」

「二度と空間転移はするな」


 ひとの話は最後まで聞いてください、と思わず師に言いたくなる。

 一つ息をついて、イチカは師を見つめる。


「王子殿下を身の危険に曝しましたことは、謝罪いたします。喜んで罰も受けます。ですが師よ、僕は王子殿下に請われて、否とは申せません。ましてそれが師に関係することならば、なおのこと」

「そういう意味ではない。おまえの身体だ。あまり無茶をしてくれるな」


 純粋に心配してくれているらしい師に、イチカはこの日、始めて人間らしい苦笑を浮かべた。


「……この身は生を受けたときから、道具なのです」


 師は、苦々しく顔を歪め、握った拳を震わせていた。


「罰を、受けると言うなら……」

「はい」

「人であることを思い出せ。それが罰だ、イチカ」


 イチカ。

 それは師が最初に呼び始めた名前で、それまで名無しだったイチカに個を与えた言葉だ。イチカを存在させた言葉だ。


「僕は充分、人であること理解しています」


 師に拾われたその瞬間、イチカは人になった。ただの道具から、人という道具になった。それだけ変われたのに、どうして師は、それをわかってくれないのだろう。


「イチカ……ユゥリアの憂いは、おまえが原因だ」

「はい? なぜ陛下の憂いが、僕なのでしょう?」


 首を傾げたら、師の腕が伸びてきた。引っ張られるようにして、抱擁を受ける。

 師の優しく温かな手のひらは、こういうとき、本当に意味がわからなくなる。


「カヤさま?」

「どうしてわかってくれない」


 その声は、少し呆れていた。


 もしかして、重荷になっているのだろうか。

 それならアリヤの部下はやめなくてはならない。用意してもらった邸の部屋はお返しして、魔導師団棟の部屋に引き篭もろう。いや、いっそ幽閉されたほうがいいかもしれない。そのほうが、師はきっと安心できるだろう。


 イチカは師の抱擁から逃れた。


「イチカ……?」

「この身は、王子殿下の力の負荷制御装置。役目を終えるそのときまでのことを、もっと深く考えるべきでした」


 申し訳ありません、と頭を下げたら、師のため息が聞こえた。


「おまえがそれだから、ユゥリアが落ち込む……おれたちは純粋におまえを心配しているのに」

「道具である僕に、そのような手間は不要にございます」


 さっさと荷を片づけよう。

 それから魔導師団長に頼んで、どこか力を封じ込めることができる場所を用意してもらって、役目を終えるそのときまでそこで暮らそう。


 イチカは、師の強大な力を受け継いでしまったアリヤ殿下の、力の負荷制御装置だ。幼いアリヤが力に負けないよう、師がイチカにその呪いを施した。今のアリヤは、イチカに本来の力の半分を流している状態である。

 だからイチカは、空間転移などという高度な力を使うことができ、また師がいながらも王子殿下であるアリヤの直属部下なのだ。


「すぐに出て行きます。もっと早くに気づくべきでした。申し訳ありません」

「イチカ、こら、待て、なにか勘違いしている」

「申し訳ありません」

「イチカ」


 追ってくる師の腕から逃れ、イチカは部屋を出る。


 ずうずうしくも居座り続けていたことを、師を師と仰ぎ続けて王子殿下の部下になったことを、さまざまなことを恥ずかしく思いながら、廊下を駆けた。


「イチカ兄さん?」


 廊下を駆け抜けたとき、アリヤの声を聞いた気がしたが、それにかまわずイチカは邸を飛び出した。









 魔導師団棟の一階、高齢だからという理由で魔導師団長の部屋がそこの南端にあり、イチカは邸を飛び出したあとは一目散にそこへ駆け込んだ。


「イチカ……?」


 休憩でもしていたらしい魔導師団長ロルガルーンは、イチカの突然の来訪に目を丸くしたが、咎めるようなことはしなかった。


「なんじゃ、どうした、イチカよ。冷静なおまえが息を切らせるとは……まさかアリヤ殿下になにかあったのか?」

「いいえ、殿下は息災で、あられます」


 少し乱れた息を整えながら、イチカはゆっくりと姿勢を正し、師団長に礼をする。


「無礼をお許しください」

「いや、殿下が息災であられるならかまわぬ。どうしたのじゃ」

「お願いしたいことがあるのです」

「ふむ? ガディアンの名を継ぐおまえが、わしに願いとな?」

「僕がガディアンの名を継ぐことはありません」

「ほう。それは初めて聞くな。堅氷のからは、おまえにもガディアンの名を継がせると聞いておるが。して、願いとな?」


 魔導師の官服さえ着ていなければ、いや着ていても、師団長は飄々とした老爺だ。しかし老獪でもある。皺だらけの顔の奥でなにを考えているのか、イチカはいつだって読めない。だが今は、それも関係ない。


「僕という存在を封じられる場所を、作っていただけないでしょうか。生憎と僕は、殿下から流れてくる力があっても、己れの意思でそれを使うことはできません。殿下が望まれる力ではないからです」

「……おまえは、殿下の制御装置だものな」

「はい。ですから、自分で自分を封じられる場所を作れません。もともとの力がないからです。師団長、どうか作っていただけないでしょうか」


 イチカの真っ直ぐな願いに、師団長は少しばかり目じりに皺を増やした。


「堅氷のには、頼まぬのか?」

「師には願えません。師は僕を、重荷に思っておられる」

「……そうは見えぬがのう」

「師団長、お願いです。僕を封じてください」

「なぜそれを願う?」

「僕は殿下の力の負荷制御装置。その役目を終えるまで、人として生きたいのです。僕は……殿下がおられなければ、人にもなれず死んでいた身ですから」


 師にも、アリヤにも、恩がある。

 生きたいという本能のままに、生かしてくれたことを。そして、アリヤという王子殿下の、力の負荷制御装置にしてくれたことを。

 だから、本当は重荷に思っているなら、せめてその肩が少しでも軽くなるよう、煩わしさが減るように、イチカは生きたい。

 人として、生きられる今を、生きたいと思う。


「おまえはそれでよいのか?」

「かまいません。僕は、師と出逢い、殿下の制御装置(どうぐ)であれるこの身を得られ、幸せであると感じています」

「……おまえがかまわぬなら、わしは願いを聞き入れよう。だがな」


 師団長の細い目が、イチカを見つめてくる。


「今しばらく、冷静になって考えよ。市井に降りてもかまわぬ。堅氷のが放浪するように、旅をしてもよい。暇をやるから、ちぃと考えてみよ。それでも封じて欲しいと思うなら、わしのところに来るがよい」

「それでは遅いのです。僕は今すぐにでも」

「落ち着け。わしはな、師団長じゃが、堅氷のほど力があるわけではないのじゃ。おまえを封じるにしても、準備という時間が必要じゃ。その間だけでもよい、冷静になって考えてみよ」

「僕は、冷静です」

「息せききってわしのところに来た時点で、おまえは冷静さを失っておるよ」


 そうだろうか、とイチカは考える。

 感情に任せた行動に出たことは、これまで一度だってない。道具に感情は必要ないからだ。師の外套に力を付与させたときは、そうしておかないと困る人たちがいるから、必要性を感じただけだった。だから、イチカひとりの感情でそういったことをしたわけではない。いつだって冷静に、必要性を考えて行動していた。


「イチカよ、瞬花の魔導師よ、今少し世界を見てくるがよい」


 師団長の言葉に、いやでも、無言で頷くことしかできなかった。


 この日イチカは、逃げ出した。







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