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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
13/77

11 : どこか、遠くへ。4





 アサリは咄嗟に、眠りに落ちてしまったイチカを腕に抱き寄せ、警戒も露わに長身の魔導師を見やる。すると魔導師は、不思議そうに小首を傾げた。


「イチカはどうした?」

「……眠ったの。走って、疲れたから。病み上がりだったし」

「病み上がり?」

「守護石の代替えなんてことをしたからよ」


 言うと、魔導師はちょっと吃驚したように目を瞬かせ、そして眉間に皺を寄せた。


「なんて無茶を……」


 と、魔導師が呟いた瞬間だった。


「無茶はおまえだこのあほ魔導師!」


 声が増えた。

 魔導師の後ろから、出かけたはずのシゼが現われ、魔導師の後頭部に拳を入れる。ちょっと吃驚した。

 悲鳴も上げず前につんのめった魔導師は、体勢を取り戻したあとシゼの姿を見、また目を丸くした。


「シィゼイユ?」

「ほんっと無茶苦茶な力だな、おまえのソレは! わたし専用の結界をあっさり壊して侵入するとは、いい度胸だ!」

「結界……あんたがいるからロルガルーンの気配がしたのか」

「師団長はわたしの友だちだからね!」


 怒りを露わにしたシゼと、それをもろともしない魔導師のやりとりに、アサリは呆気に取られる。

 なるほど、ふたりは喧嘩とは言えないがそういう口論はする、というかシゼが一方的に吹っかける間柄であるらしい。


「なぜここにいる、シィゼイユ」

「今っさら! ここはわたしの今の家だよ。結界を壊しておいて、気づかなかったのか」

「結界を壊しては……壊れているな」

「直せ! ここには貴重な薬草たちがいっぱいあるんだよ!」

「……すまない」

「さあ直せ、とっとと直せ、そして説明しろ」

「説明?」

「イチカくんのことだよ。あれは、なんの呪いだ」


 シゼが、魔導師を睨む。

 柄の間沈黙した魔導師は、小さく息をつき、アサリのほうへと歩を進めてきた。

 思わず警戒心から強くイチカを抱きしめたアサリだったが、魔導師は特に気にも留めず、寝台の手前で立ち止まるとその手をイチカの頭部に乗せ、さらりと撫ぜた。その手つきは思いのほか優しい。いや、この魔導師は実際に優しいのだろう。


「呪いではない。それに近しいものではあるが」

「弟子なんてものを持つからおかしいとは思った。おまえはついに人体実験にまで手を出したわけか?」

「違う。これは……イチカにしかできないことだ」


 魔導師はそう言って、少しだけ眉間に皺を寄せた。


「アリヤが持つ力の、負荷制御の役割を担ってもらっている」


 負荷制御、という言葉に、アサリは瞠目する。もしかしてとは思ったことだが、それがイチカの受けた呪いの正体らしい。しかしそれだけでは、アサリには理解ができない。イチカは、殿下の負荷制御装置だからと、眠る前に言っていたのだ。


「アリヤの、ね……なるほど。おまえはほんと、百害あって一利なし的存在だね」

「そんなことはわかっている」


 憮然とした魔導師は、幾度かイチカの頭を撫でたあと、ふとその双眸をアサリに向けてくる。深い森色の瞳は、アサリの当惑を読み取るがごとく、じっと見つめてくる。


「きみの名は?」

「……アサリ、よ」

「おれはカヤ。魔導師団に所属している、イチカの師だ」

「き、聞いてるわ」

「……そうか。きみがイチカを見つけてくれたそうだな。世話になった、礼を言う。ありがとう」

「え……あ、どういたしまして」


 カヤと名乗った魔導師は、白い髪のせいで老人を彷彿させるが、よく見るとその顔はとても若い。アサリやイチカより、僅かに歳上だろうかというくらいに見える。師弟関係にあるというよりも、兄弟弟子ではないかと思われた。


「これまで世話をしてくれた礼はする。ああ、守護石はここに来る前に直してきた。安心するといい」

「守護石を……」


 なんて仕事の早い魔導師だろう。

 いや、魔導師とはそういうものなのだ。国を、民を、天災の被害が多いこの国土から護るために、彼らは惜しみなくその力を揮い、人々を助けてくれる。その力の分なのだろう、数が少なく、また多くなることもないのは。


 けれど、とアサリは思う。


「それはありがたいことだけど、あの、それがイチカにとってわたしたちへの礼なの。だからもう礼は要らないわ」

「それとは別だ。イチカを、きみは護ってくれていたようだから」

「え……?」


 なんのことだ、とアサリは首を傾げる。


「これまでになく呪いが安定している。漸く、だ」


 それは、負荷制御がどうこうとかいう、その安定という意味なのか。


「カヤ、その子はなにも知らないよ。かくいうわたしも、きっちりと理解したわけではないけどね。ちゃんと説明しろ」


 シゼにそう言われた魔導師、カヤと名乗ったその人は、撫でていたイチカの頭から手を離すと身を起こし、目を細めてシゼをじっと見つめる。


「……言葉がわからない」


 と、魔導師が言った瞬間、シゼはがっくりと肩を落として顔を引き攣らせた。アサリも同じく、である。

 なんとなく、なんとなくだが、この白い魔導師がイチカの師である確証が持てた。なんというか、イチカに似ている。いや、イチカがこの魔導師に似たのだ。この師あってこの弟子ありき、というやつである。


「なにを説明すればいいんだ?」


 それを訊くのか、と思ったのは、アサリだけではなかった。


「はぁぁ……そうだね、まずはその子が一番に気になっているだろう、イチカくんの素性かな。イチカくんはね、嵐の翌日にその子が見つけたんだよ。わたしは、イチカくんが力の枯渇に近い状態だと、診立てた。さて、そんなことになったのはどうしてかな?」


 シゼは初めから、イチカがこのレウィンの村に現われたところから、順を追って説明させるつもりのようだ。


「……いなくなる前に、空間転移法の陣を発動させていた。そのせいだろう」

「空間転移? とんでもないことをさせるね、おまえ」

「おれも知らなかった。イチカができるとは」

「ふぅん? いなくなる前っていうのは、おまえがなにかしたの?」

「その理由はおれにもわからない。ただ、いきなりいなくなった。だから捜していたんだ」

「いつも捜されるのはおまえのほうだろうに……ああ、もしかして空間転移なんて力を使わせたのは、おまえがまた失踪してたから?」


 失踪していた、とアサリはちょっと驚く。イチカも師から逃げたと言っていたが、師のほうは「また失踪」していたという。


「……外套に仕掛けられていた」

「ああそう、また失踪してたの、おまえ。それでイチカくんが空間転移の力でおまえを見つけたわけね」


 なんて師弟だろう、と思った。今回はその立場が逆転しているが、いつもはこの師たる魔導師のほうが「いなくなる」ようだ。

 シゼが呆れ過ぎて顔を歪めている。

 アサリも顔を引き攣らせたくなった。イチカが受けた教育を微妙に間違えたのは、この師が原因だ、絶対にそうだ。この魔導師が間違えたのだ。


「おまえなんかを師に持ったイチカくんが可哀想だ」


 ずばりと言ったシゼに、魔導師は少しだけ顎を引いた。自分でもそう思ったのかもしれない。


「それにしても、イチカくんの力の枯渇は、呪いを受けた身で空間転移なんて力を働かせたからだというのは、なるほど、理解できるよ。きみはどうですか、アサリちゃん」

「気持ち悪いから呼び捨てにして。それと、わたしとその人で口調を改める必要はないわよ」

「相変わらずわたしにはキツイ……なんでだろうね」

「頭を整理するから少し黙って」

「ああもう可愛いなぁ」


 シゼが雰囲気を一転させてくれたので、アサリは魔導師への警戒を緩め、話を聞いて理解するための思考を働かせる。


「言っていることはなんとか理解できるけど、わからないことがあるわ」


 くいと視線を上げ、アサリは魔導師を見上げる。


「空間転移って、なに? そんなに力が必要なの?」

「……空間転移は、例えば王都からこのレウィンの村に来る、その距離を力で移動する方法だ。大魔導師の称号を得ても、そう易々と発動させられるものではない」


 魔導師の説明に、シゼが「このあほだけですよ、できるのは」と言い加える。


「なら……あなたは、その力でここに?」

「ああ」

「……とんでもない魔導師なのね、あなた」

「そうらしい」


 魔導師は淡々と答える。その淡々とした姿は、やはりイチカのそれと重なる。この人は、本当にイチカの師であるらしい。


「イチカはその力を使って、あなたを捜して、見つけた……それで合ってる?」

「間違いはない」

「そのあと、いなくなった?」

「ああ」

「どうして?」


 イチカは、師から逃げた。どこかへ行きたかったと、言った。つまりイチカのそれは、衝動的なものだったのだ。


「おれにはその理由がわからない」


 どうやら魔導師は、イチカが衝動的に逃げ出したその理由に、見当もつかないらしい。


「……イチカは、あなたが重荷に思うそのことから、逃げたと言ったわ」


 言うと、魔導師は僅かばかり目を見開いた。


「重荷、だと?」

「ええ」

「おれがイチカを、重荷に思う? まさか、あり得ない」

「イチカはそう思わなかった。だから、逃げたの」


 イチカが逃げ出す前、この魔導師となにがあったのか、それはアサリにはわからない。聞いてもたぶんわからない。これは師弟の問題だ。だからきっと、イチカがそう思ってしまったのはなぜか、この魔導師が気づかなければならない。

 アサリが今ここでできることは、イチカがどう思って逃げ出したかを、魔導師に伝えることだけだ。そうして、時間を作ってやることだ。イチカは師を見ただけで動揺していたのだ。イチカには、時間が必要だ。考える時間と、冷静になる時間と、そして答えを見つける時間が必要だと思うのだ。それはおそらく、この魔導師にも言えることだろう。


「あなたがここに来て、イチカはその姿を見ただけで、また逃げたわ。怯えていたわ。それはどうしてだと思う? まだあなたに逢えないからよ。それだけよ。でもね、あなたもなにか、気づく必要があるとわたしは思うの。それがわかってからでも、遅くはないわ」

「……おれに、イチカを捜すなと? 見つけ出すなと?」


 目を細め、その印象のせいか肌寒くさえ感じる魔導師の剣呑さに、アサリは少し怖気づく。なにも知らないのに言い過ぎただろうかと思ったが、もう口にしてしまったことだ。なかったことにはできない。


「イチカの姿が見えなくなるのが不安だというなら、わたしが預かるわ。イチカと一緒にここにいる。どこかへ行くときは、わたしも一緒に行くわ。そして必ずあなたに連絡を入れる。それでは駄目?」

「……きみになんの利益がある」

「わたしの勝手よ。逃げたイチカを拾ったのはわたし、その責任とも言うかしら。それに、村の畑や守護石のことで、イチカには礼をもらい過ぎたと思ってるの。あとは……そうね、縁よ。わたしは名無しだったから」


 名無しだった、と過去を明かすと、魔導師はぴくりと眉を震わせた。イチカがその過去を明かしているのだと、わかったのだろう。


「それは、イチカが自分から口にしたのか」

「名無しだったこと? そうよ。わたしが名無しだったと話したら、自分もそうだって教えてくれたわ」

「……そうか」


 僅かに俯いた魔導師は、なにか迷っているように感じられた。きっと、このままイチカを連れ帰ろうと思っていたがどうしようかと、迷ってくれているのだろう。

 長い沈黙が続いた。


「……あまり時間はやれない」


 そう、魔導師は言った。


「アリヤがイチカを恋しがっている」

「誰のこと?」

「おれの息子だ。イチカとは、兄弟のように育った」


 若い見目をしているのに、すでに結婚して父となっているらしい。いったい歳は幾つだ、とアサリは目を丸くした。


「その子の……負荷制御、なんとかって……呪いが、イチカに?」

「ああ。力が強くて、まだ自分では制御できない。できるようになったとしても、力が大き過ぎて身体に負担がかかる。そのために、イチカには器になってもらっている」


 その話は難しくて、アサリにはよくわからなかった。けれども、イチカが呪いについて「問題ない」と言っていた理由はわかった。兄弟のように育った魔導師の子どものために施された、呪いだったからなのだ。


「あまりいいものではないって、シゼが言ってたけど」

「今はそうかもしれない。だが安定してきた」

「……だいじょうぶなの?」

「きみが見張ってくれ」


 それは、とアサリは腕に抱いたイチカを強く引き寄せる。


「しばらくきみに預ける。おれがなにかに気づく必要もあるようだからな」


 魔導師は苦笑した。アサリの言うとおりだと、思ってくれたらしい。

 笑い方が、少し、イチカに似ていた。


「ありがとう、イチカを想ってくれて」

「……大切な弟子だ」


 名無しは道具扱いされる。運が悪ければ、引き取られた先でもそういう扱いを受けることさえある。

 そんな中で、イチカはこの魔導師に引き取られ、少し間違った教育は受けてしまったようだが、ひどい扱いはされていない。

 そう思える、魔導師の優しい声だった。


「なにかあったらすぐに連絡をくれ。イチカが帰ってきてくれるまでは、王都にいる」

「わかったわ。どこに連絡を?」

「魔導師団に。おれは、カヤ・ガディアン・ユシュベルだ。すぐに話は通るだろう。少しの間、イチカを頼む」


 魔導師はそう言うと、外套の裾を捌き、ゆっくりと部屋を出て行く。


 アサリは、とんでもない名前を聞いたせいで、声も出せず見送ってしまった。







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